2026年3月8日日曜日

海の沈黙

まぁ深読みすれば途方もない考察が出来そうな映画であるからにして、

今日は、映画からちょっと外れたことを書く。

# んじゃ映画のカテゴリじゃないじゃんさ。すみません。

いつも思うこと。

美術館で企画展などで有名な画が展示されると長蛇の列ができる昨今。

「良い」と言われている絵画を観て、自分も“良いな”と思えれば無問題。

けれど、「良い」と「好き」とは一致するとは限らない。

# 先日もNHKスペシャルでもやっていたな贋作問題。

“贋作”を「良い」と言うのには抵抗があるけれど、

贋作でも“良い”と思って“好き”になってもしかたなくないか?などと。

いやニセモノは偽物だからと排除する気持ちもわからなくはないが、

たとえ騙されていても、それに美を感じ、幸せを感じるのならば、、、

ということになれば、何も絵画だけのことでもあるまい。

以前から耳にすることは、高価なキャンバスは、何度も上書きして描く。

価値を認められなければ、他人が描いた絵のキャンバスを自分の絵で描き直すことだってあろう。

ひとの価値観は、様々。

せめてお互いに批判し合うよりも、認め合う世界に住んでいたいと思うのだけれど。



P.S

大学生の頃、先輩がネコキャラの絵を描いていた。

私は、それがとても可愛かったので、真似して描くようになった。

10年も経った頃、二人共を知っている大学時代の友人から

「先輩のオリジナルの絵よりも可愛く描くね。」

と言われるようになっていた。

私も贋作者なのだろうか?






2026年3月6日金曜日

エンド・オブ・ライフ


エンド・オブ・ライフ

佐々涼子著

数多くの人の最期を看取った看護師のその情景と

その看護師自身がガンになり最期の時を迎えるまでが描かれている。

ノンフィクションである。

まず最初につくづく思うのは、人生の最期もまた百人百色であること。

そのいくつかの例が細かく描かれている。

自分はどんな最期を持ちたいのか。

いや仮にそんな最期を希望しても
いざとなるとそんな自分の思うようにはならないのだろうな。

ただ、様々な死を知らされ感じることは、
いつか来る自分の死を覚悟しなければならないこと。
その時には、冷静でいなければならないこと。

そんなことを私は思った、感じた。

出来るか出来ないかなんてのは、とりあえずとしても。



P.S

二回読み直したくなりそうにないけれど、

その覚悟を忘れないように、背表紙のタイトルが見えるように

本棚の目立つところに立てておこうと思う。







2026年3月4日水曜日

可愛いスパム


# 可愛くねぇ~よっ。

メールにこんなスパムが届いた。

なんか可愛い。

今どきのAIに頼ってしまえば、もうちょっと日本語らしくなるんだろうか。

この文面製作者は、日本語の辞書を見ながら訳したのかな。

しかし、この文面に微笑ましさも感じながらも、思うことがある。

遥か昔、初めて社会に出て働き出した頃、米国人に英会話を習い始めた。

それまでは、所詮学校で習っていた英語のみ。
英会話なんて程遠い存在だった。

初めて先生に会った時、挨拶のあとに、最初に聞かれた文は、

“What is your first name?”

緊張してたこともあって思った。
“ファーストネームって、どっちだったっけ?”

私の英語レベルはそんな程度でありました。

# ちなみに先生とは同い歳でありました。

けど、先生は日本語を一切しゃべらない。

二人は、コミュニケーションがとりずらくても、
思いが伝えられなくても、ただただ英語でしゃべってた。

いや、英語でと言っても、私の文は英語とは言えないものだったはずだ。

けれど、2年ほど経った時、
相手の言っていることもとりあえずわかり、自分の思いも伝えられていることに気がついた。

更に2年ほど経った時に、他の人から言われたことがある。

「お前たちの会話は、速過ぎてわからん。」と。

けれど、思うのだ。

私の先生は、いつもこう言っていた。

「一番重要なのは、コミュニケーションが取れること。

 ネイティブのように話せるようになるには、日本に居てはまず無理だろう。

 いいじゃないか、コミュニケーションが取れるんだったら。

 英語が話せるって、そういうことだろ。」

私もそれに異論はない。

そもそも自分がしゃべっている英語のネイティブ度なんて自分でわかりゃしない。

だから、今回のようなスパムのような日本語を見ると恐縮してしまうのだ。

きっと、私もこんな程度の英語しかしゃべっていないかもしれないな、と。



P.S

スパム製作者も日本語の習得頑張って欲しいと思う。

けど、せっかく手に入れた日本語力、もっと他のことに使って欲しいな、と心から思う。






2026年3月2日月曜日

教皇選挙 CONCLAVE

プチイタリア好きな人間としては、コンクラーベはかなり前から興味を持っていた。

自分の中であえて関連があると言えば、ダン・ブラウンの「天使と悪魔」

映画も観たし原作も読んだ。

「ローマ法王の休日」ってのもあったな。

密室の中での教皇選挙であれば、勝手な想像が掻き立てられるものであろう。

この映画も、そのコンクラーベの手順なり作業は、現実に近いのだろうけれど、実際には参加した者にしかわからないんだろうな。

それにしても枢機卿たちのその心の中は、もしこんなんじゃ、、、哀しいな。

実際、枢機卿たちも人間であれば、幾らかの泥臭いことは仕方がないのだろうけれど、やっぱり現実もそうなんだろうか。

世界中から集まる日頃親しくお付き合いのない人間関係の中からは、そんなひとりを選ぶなんてことはやっぱり難しいことなんじゃないの?

それとも、事前に何らかの調整がされてんのかなー?

と、やっぱり勝手な想像は膨らむわね。

けれど私には、この物語は、なんだか残念だったな。

# 専門家の評価は高そうだったけど

小説としての、いろいろなドンデン返しを面白く書いたのだろうけれど、ちょっとその内容は、教皇選挙としてはいただけなかったな。

もっと、高尚な重厚な内容にしてもらいたかった。

というのが、私の勝手な感想です。



P.S

この映画の後に実際に起きた教皇選挙。

関係者は、その手順確認の為に、この映画を見たとも耳にした。

役立ったのかしらん?

やっぱこの映画との差異が聞きたいところです。






2026年2月28日土曜日

ChatGPTに数独で意地悪してみた。


ふと思い立って、ChatGPTに数独パズルの簡単なレベルを解かせてみた。

まず、ルールは知っているかと確認して、

実際自分が解いてみたパズルを解かせてみる。

結構長い間「処理中、、、」と表示され、

出てきた結果を表示して、自分で「これじゃダメですね。」という。

「少々時間があれば」と言うので

「時間はあるよ。」と応えると、また「処理中、、、」

# きっと理知的に考えているというよりも、
# 片っ端から数字を入れてみて成り立つパターンを探しているんだろうな。

で、中断させて、聞いてみる。

「出来ないじゃん。」とこちらが言うと、

子どもみたいな言い訳がダラダラ返ってきて話題を変えようとする。

が、こちらは、あくまでも数独が出来ないことをツッコむ。

「ChatGPTもイマイチだね。」

「学校の先生だって計算間違いはするでしょ。」

そんな議論ともいえない議論をダラダラとしてみた。

で、まぁキリもないのでこう締めくくった、のが以下。

以上。

やっぱ現段階では、AIもまだ100%信じられるものではないな。

というのが私の感想です。



P.S

あえて言うと、、、

AIの発言が僅かに上から目線なのが気になったけれど、

教える立場と言う前提であればそうなっちゃうのかなぁ。

自分も気を付けなきゃな。

そんなことが学べました。

サンキューChatGPTくん。





2026年2月26日木曜日

試験管立て用洗濯バサミ

試験管をちょっと立てたい時に便利と思って買った100均の洗濯バサミ。

こんなことにも使えますとパシャッ。

スマホの垂直立てスタンドであります。

スマホのスタンドもいろいろあるけれど、ほとんどのものが幾らか傾斜があって垂直に立てられない。

いや普通スタンドにもたれかけさせないと手前に倒れてしまうので構造上しかたがないよね。

しかしこれなら垂直に立てられます。

うん、便利。

おススメです。



P.S

スマホを垂直に立てたい、ってどんな時だよ?

# 聞くなー!

例えば、、、

コタツに全身もぐって頭だけコタツから出して座布団を枕にして、、、

それ最高のシチュエーションでしょ。

そんな時に、こたつの上にスマホを垂直に立てて、動画鑑賞。

いや、例えばですよ、た、と、え、ば。



2026年2月24日火曜日

正体

ある意味、スゴイ映画でありました。

高校生が凶悪な殺人事件に巻き込まれ、死刑囚となる。

彼は、脱獄を試み、逃げて逃げて、そして、、、、。

# やはり、ネタバレはパス。

彼の逃亡生活での日々、そして、人との出会いを繰り返し、彼はある目的の為に行動するのでありました。

しかし、思うに、、、

彼、頭脳明晰、高い行動力・実行力。

知識に裏付けされたその行いと優しさは、誰も否定できないでしょう。

まぁ、警察も残酷でありながらも、ある意味良心が垣間見れて救われました。

しかしなぁ、もし自分もこの立場になっても、こんなことは出来ずに死刑執行されて終わっちゃうんだろうなぁ。

とても真似できない感満載でスゴイ映画と感じた次第です。

# やっぱネタバレ避けると何も書けんな。



P.S

横浜くんとわかるまでに時間がかかりました。






2026年2月22日日曜日

マルコポーロの冒険

# 映画のカテゴリにいれてしまう。

いやぁ観終わりましたよ、NHK マルコポーロの冒険 全43回。

当初放映されたのが1979年からで、それを復元するために、一般視聴者からビデオやカセットテープの音声をかき集め、再作成されたアニメでありました。

物語の原作は、「東方見聞録」からですが、まぁ私のようにシルクロードネタに疎い人間には、あらためて「そうだったんだぁ」と驚くことも多かったでした。

それにしても、ヴェネツィア商人って、東方遠征に行って帰ってくるのに父(ニコロ・ポーロ)は、15年。で、帰ってきて初めて息子に会った、ってなんなん?

で、17歳のマルコを連れて、再び東へ。

中国の元に着くのに約4年。
中国に滞在すること足掛け17年。
さらにヴェネツィアに戻るのにまた4年。

全行程15,000km、24年間の旅、ってもうライフワークでしょ。

それも見も知らぬ異国の文化や当時の危険と隣り合わせの旅であれば、そりゃぁ話のタネは尽きないわね。

# まぁどこまでが史実かは判然としないけれど

ほぼほぼ1年間楽しませていただきました。

一期一会のアニメ作品であろう感じもしますが、きっと深く記憶に残るだろうな。

観てよかったでした。




P.S

番組中に流れる小椋佳の声が懐かしかった。

どうもマルコ・ポーロが、宇宙戦艦ヤマトの古代進まんま(声・キャラ共に)でなんとも複雑な感じも否めませんでしたが。(笑)





2026年2月20日金曜日

シーソー


「シーソー」

今まで気にしたこともなかったけれど、その語源について。

# 諸説あるようですが、、、

英語では、seesawと書く。

“see”は「見る」
“saw”は、seeの過去形で「見た」

シーソーは、上がったり下がったり。

上がった時には、遠くの景色が見えるよ。

下がった時には、見えたよ。と過去形になって、それの繰り返しからくるseesaw(シーソー)だとか。

へぇ~、って、この歳になって知ったり。

ま、知らなくても私の人生を送るには、必要なかった知識ですが。



P.S

ついでにブランコもその語源をググってみたら、、、

こっちは、ポルトガル語かぁ、、、

気が向いたら、ググってみてくださいね。

気が向かなくても大丈夫ですよ、

これを知らなくったって、人生送るに困りませんから
 
 
 
 

2026年2月18日水曜日

キリクと魔女

1998年のフランス・ベルギー・ルクセンブルクの映画アニメ。

多くの国際的映画賞を受賞し、フランスではアニメ史上歴代興行収入第一位の作品だそうな。

場所は、アフリカの小さな村の出来事。

生まれたばかりの赤ちゃんキリクと魔女の戦いの物語であります。

なにがすごいって、そのキリクの設定がすごい。

お腹にいた頃から会話が可能。

お母さんに「生んで!」って頼むと「自分で生まれなさい。」

# お母さんも相当な人物である。

自分でお母さんから這い出して生まれ、自分をキリクと名乗る。

自分でへその緒を切り、自分でカラダを洗うところから始まる。

でもって、生まれたばかりからとにかく足が速い。

純粋ではあるけれど、やや無鉄砲のところ有り。

# そりゃま、まだ世間知らずだものねぇ。

そして、キリクは村が魔女に苦しめられていることを知り、魔女と戦うのであります。

が、、、まぁ、いろいろあって、、、最後はハッピーエンドにはなるのですが、、、。

# ネタバレストーリー省略。

画がシンプル、緻密な部分もありますが、色がいささかサイケ?、音楽もちょっと古い民族感的ではありますが

物語がシンプルでありながらも、ウっと思うセリフもあり、ま確かに子供から大人まで楽しめるアニメではあります。

まぁフランスでの評判が高かったとのことで鑑賞に及びましたが、

日本人にはおススメ度は「低」かもしれません、たぶん。



P.S

というのも1998年頃と言えば、日本ではジブリの「もののけ姫」の頃です。

もはや日本アニメは絶頂期に達しており、その日本人がこの映画を見たら、
もはや素朴感しか感じられないかもしれません。

この映画には申し訳ないのですが、日本アニメのスゴさをつくづく思い知らされます。

もちろん、この映画にはこの映画の良さが充分あるのですが。

ちなみに、この映画の日本語の翻訳・演出は、高畑勲が担当していたようで、

やがてこの後、ジブリから「かぐや姫の物語」が出てきたことがなんとなく理解できる気がします。