2026年3月20日金曜日

STAR TREK

先日、ボイジャー1号が今年11月にでも一光日の地点に到達すると知って思い出してしまったこの映画。

懐かしくなってDVDレンタルで再鑑賞。

しかし、観ていない人の為には、ネタバレになっちゃうからあまり書いちゃダメだろうなぁ。

# って、若い人にはスタートレック自体を知らない人も多そうだな。

ボイジャー1号が打ち上げられたのが1977年。

この映画が日本で公開されたのが1980年。

わずか3年しかないのに、すぐにこんなストーリーが作られ映画化されたことに私はひどく感心してしまった記憶がある。

それだけこの物語の終盤に驚かされたのである。

# ネタバレ排除、必死。

よくこんな物語が思いついたなぁ、さすが“宇宙大作戦”だなぁ、と。

いやぁ、宇宙に対して、実に夢のあるストーリーでありました。

私には、永久に忘れられない映画になってしまったけれど、若者が今見たら、感動は少ないかもなぁ。

それだけ、昔はもっと宇宙に漠然とした夢が持てたような気がするんだがな。

ま、“スタートレック”そのものがオヤジ以降の為の懐古映画・ドラマになってしまったかもしれないな。

ちょっと悔しい。


P.S

それにしても1光日の距離ってすごいよな、とつくづく。

光が約30万km/秒でしょ。

それにx3600x24、、、

約半世紀50年かかって、260億kmの彼方を今も飛び続けている、、、

なんか寂しさも感じてしまうけれど、、、

ってまさに松任谷由実の思いだな。

帰りたくなる気持ち、、、わかりますよ、ボイジャー。

# って、結局ネタバレである。深謝。





2026年3月18日水曜日

道後温泉最中

先日、スーパーの四国フェアで見つけた一品。

思わず買ってしまった。

# なぜか半額だったりもして。

四国に行った時、道後温泉に最中が売っていて、買おうかどうかすごく迷って、やっぱり夕飯前だからやめよう、と妙な発想で諦めた一品。

美味しかったですよ。

# まフツーの最中ではありますが。



P.S

いやぁ、ここ名古屋まで追いかけてきてくれたんだなぁ。

そんな感激を感じつつ。







2026年3月16日月曜日

面接の定番質問


SNSで流れてきた。

―――――

昔飲みながらシャチョーに

「面接の定番質問って定番すぎて意味あるんすか?」

と聞いたら

「絶対来ると分かってるのに打ち返す準備をしてないってのはその時点でダメ。見たいのはそこ」

と言われてそりゃそうかと思った。

―――――

御意、であります。

のでココにメモ。

学習塾で働いていた時に、生徒たちの面接練習を結構こなした。

昼間の通常業務でも一般社会人の面接経験がそれなりの回数ある私としては、

面接する側の心情の経験が活かせてたような気がする。

“あたり前のような質問にはサラッと応えろよ”

そんなことを心の中でつぶやくことも結構あった。

結婚式のスピーチでもいるよね。

行き当たりばったりで話すのがいいと思っている自信家と、

下書きを作って、何度も練習してのぞむ慎重派と。

やっぱりそれなりに準備をして向かった方がいいと思いますよ、グダグダにならないように。

私はそう思うんだがな。



P.S

ま、この歳になって、そういう機会も減ってしまって、

楽な人生送っていてすみません。

# 長生きしちゃったらごめんなさいね。




2026年3月14日土曜日

戦火の馬

またやってしまいましたぁ。
大いなる反省であります。

何かって、、、

以前観たことのある映画をDVDでレンタルして鑑賞。

確かに僅かにデジャブ感があったんだよなぁ。

物語が進むにつれても、なんか見たことがある物語だなぁ、ありふれた物語だなぁ。

なんて思いながらも、やっぱり以前に見た記憶が戻ってこず、、、

けど、、、いや最後までしっかり楽しめましたです。

ま、面白かったってことですわ。

感想は、以前のコマのこちらを。

けど、、、たいしたこと書いてないな。



P.S

この映画、なんとリアルタイムで映画館で観てた。

2012年の3月公開だから、ちょうど13年前か。

それなりに面白かったのに、なんで記憶に刻まれなかったのかなぁ。

私にとって記憶に残る映画と残らない映画の違いってなんだろう?

以前は、観る映画全てパンフを買っていたのに、
この映画の時は、パンフを買っていなかったのがいけなかったかな。

そもそも何で買わなかったのかな。

もう10年以上前の私の過去は、謎だらけである。





2026年3月12日木曜日

ネットの広告


SNSで流れてきた、

―――――

広告を消すぐらいの金も無いやつに
広告を見せてどうする。

広告を消せる金があるやつに
広告を見せずにどうする。

―――――

いやちょっとこのアイロニーがおもしろいな、

とココにメモ。


P.S

以前使っていたブログサーバーには、お金を出して広告を消してた私。

さしずめ

「誰も読んでいないブログに金使ってどうする。」

って感じかな。

ま、私の道楽でしたわ。

ちなみにこのBloggerは、無料で広告なしで助かります。

つい先日、ココに引っ越してから50,000PV(ページビュー)を越えました。

皆様に感謝です。







2026年3月10日火曜日

LINEにモノ申す。

基本、私はLINEを使っていない。

# ということになっている。

いざ友だちになると、あまりにも関係が深くなりそうでメンドっちいからである。

なんでメンドっちいかというと、

ヤレ、既読がされない。既読が遅い。
ヤレ、既読なのに返事が来ない。
ヤレ、グループに入るだ入らないだ、、、。

もちろんそのリアルタイム性は便利で、待ち合わせする時には有効に働くけれど、、、

そうじゃない時は、そんなのに気を取られたくない。

メールでいいよ、メールで。

いつ読まれるかわからない、いつ返事がくるかわからない

そんな前提のメールでいいよ。

ワガママジジイですみません。



P.S

本題を書くのを忘れた。

そんなLINEに以下のメッセージが。

「親には別のプロフィールを設定しよう!」

ったくLINEって下劣だっつーの。






2026年3月8日日曜日

海の沈黙

まぁ深読みすれば途方もない考察が出来そうな映画であるからにして、

今日は、映画からちょっと外れたことを書く。

# んじゃ映画のカテゴリじゃないじゃんさ。すみません。

いつも思うこと。

美術館で企画展などで有名な画が展示されると長蛇の列ができる昨今。

「良い」と言われている絵画を観て、自分も“良いな”と思えれば無問題。

けれど、「良い」と「好き」とは一致するとは限らない。

# 先日もNHKスペシャルでもやっていたな贋作問題。

“贋作”を「良い」と言うのには抵抗があるけれど、

贋作でも“良い”と思って“好き”になってもしかたなくないか?などと。

いやニセモノは偽物だからと排除する気持ちもわからなくはないが、

たとえ騙されていても、それに美を感じ、幸せを感じるのならば、、、

ということになれば、何も絵画だけのことでもあるまい。

以前から耳にすることは、高価なキャンバスは、何度も上書きして描く。

価値を認められなければ、他人が描いた絵のキャンバスを自分の絵で描き直すことだってあろう。

ひとの価値観は、様々。

せめてお互いに批判し合うよりも、認め合う世界に住んでいたいと思うのだけれど。



P.S

大学生の頃、先輩がネコキャラの絵を描いていた。

私は、それがとても可愛かったので、真似して描くようになった。

10年も経った頃、二人共を知っている大学時代の友人から

「先輩のオリジナルの絵よりも可愛く描くね。」

と言われるようになっていた。

私も贋作者なのだろうか?






2026年3月6日金曜日

エンド・オブ・ライフ


エンド・オブ・ライフ

佐々涼子著

数多くの人の最期を看取った看護師のその情景と

その看護師自身がガンになり最期の時を迎えるまでが描かれている。

ノンフィクションである。

まず最初につくづく思うのは、人生の最期もまた百人百色であること。

そのいくつかの例が細かく描かれている。

自分はどんな最期を持ちたいのか。

いや仮にそんな最期を希望しても
いざとなるとそんな自分の思うようにはならないのだろうな。

ただ、様々な死を知らされ感じることは、
いつか来る自分の死を覚悟しなければならないこと。
その時には、冷静でいなければならないこと。

そんなことを私は思った、感じた。

出来るか出来ないかなんてのは、とりあえずとしても。



P.S

二回読み直したくなりそうにないけれど、

その覚悟を忘れないように、背表紙のタイトルが見えるように

本棚の目立つところに立てておこうと思う。







2026年3月4日水曜日

可愛いスパム


# 可愛くねぇ~よっ。

メールにこんなスパムが届いた。

なんか可愛い。

今どきのAIに頼ってしまえば、もうちょっと日本語らしくなるんだろうか。

この文面製作者は、日本語の辞書を見ながら訳したのかな。

しかし、この文面に微笑ましさも感じながらも、思うことがある。

遥か昔、初めて社会に出て働き出した頃、米国人に英会話を習い始めた。

それまでは、所詮学校で習っていた英語のみ。
英会話なんて程遠い存在だった。

初めて先生に会った時、挨拶のあとに、最初に聞かれた文は、

“What is your first name?”

緊張してたこともあって思った。
“ファーストネームって、どっちだったっけ?”

私の英語レベルはそんな程度でありました。

# ちなみに先生とは同い歳でありました。

けど、先生は日本語を一切しゃべらない。

二人は、コミュニケーションがとりずらくても、
思いが伝えられなくても、ただただ英語でしゃべってた。

いや、英語でと言っても、私の文は英語とは言えないものだったはずだ。

けれど、2年ほど経った時、
相手の言っていることもとりあえずわかり、自分の思いも伝えられていることに気がついた。

更に2年ほど経った時に、他の人から言われたことがある。

「お前たちの会話は、速過ぎてわからん。」と。

けれど、思うのだ。

私の先生は、いつもこう言っていた。

「一番重要なのは、コミュニケーションが取れること。

 ネイティブのように話せるようになるには、日本に居てはまず無理だろう。

 いいじゃないか、コミュニケーションが取れるんだったら。

 英語が話せるって、そういうことだろ。」

私もそれに異論はない。

そもそも自分がしゃべっている英語のネイティブ度なんて自分でわかりゃしない。

だから、今回のようなスパムのような日本語を見ると恐縮してしまうのだ。

きっと、私もこんな程度の英語しかしゃべっていないかもしれないな、と。



P.S

スパム製作者も日本語の習得頑張って欲しいと思う。

けど、せっかく手に入れた日本語力、もっと他のことに使って欲しいな、と心から思う。






2026年3月2日月曜日

教皇選挙 CONCLAVE

プチイタリア好きな人間としては、コンクラーベはかなり前から興味を持っていた。

自分の中であえて関連があると言えば、ダン・ブラウンの「天使と悪魔」

映画も観たし原作も読んだ。

「ローマ法王の休日」ってのもあったな。

密室の中での教皇選挙であれば、勝手な想像が掻き立てられるものであろう。

この映画も、そのコンクラーベの手順なり作業は、現実に近いのだろうけれど、実際には参加した者にしかわからないんだろうな。

それにしても枢機卿たちのその心の中は、もしこんなんじゃ、、、哀しいな。

実際、枢機卿たちも人間であれば、幾らかの泥臭いことは仕方がないのだろうけれど、やっぱり現実もそうなんだろうか。

世界中から集まる日頃親しくお付き合いのない人間関係の中からは、そんなひとりを選ぶなんてことはやっぱり難しいことなんじゃないの?

それとも、事前に何らかの調整がされてんのかなー?

と、やっぱり勝手な想像は膨らむわね。

けれど私には、この物語は、なんだか残念だったな。

# 専門家の評価は高そうだったけど

小説としての、いろいろなドンデン返しを面白く書いたのだろうけれど、ちょっとその内容は、教皇選挙としてはいただけなかったな。

もっと、高尚な重厚な内容にしてもらいたかった。

というのが、私の勝手な感想です。



P.S

この映画の後に実際に起きた教皇選挙。

関係者は、その手順確認の為に、この映画を見たとも耳にした。

役立ったのかしらん?

やっぱこの映画との差異が聞きたいところです。