2026年9月4日金曜日

ひろしま

大切な映画である。

広島で被爆した子供たちの手記集

「原爆の子~広島の少年少女のうったえ」を原作としている。

公開は、1953年。

# 終戦から8年しか経っていない。

まだ戦後間もない記憶が生々しい時に、その惨状をリアルに再現しようと試みている。

冒頭に流れる出演者のクレジットに、有名俳優の前に最初に

「被爆者、労働組合、園児、児童、生徒、学生、PTA、一般市民、延べ88,500余人」

と出てくるのが印象的だ。

ところがこの映画、そのリアルさゆえに、大手映画会社が配給を拒否。

その理由は、いくつかあるが、やはりあまりにも戦後間もなかった時期でのことであろう。

試写会や広島での上映にはこぎつけたものの、

全国での放映はされることなく「幻の映画」となった。

その後、リバイバルをされたのは21世紀になってからのことだった。

# 更に、詳しくは、Wikiででも。

さてその内容は、、、確かに生々しい。

今まで、被爆された市中の状況を絵画や写真で見たことはあったが

実写動画として、そして、その中にあった悲劇を目の当たりに見るのは、やはりツラい。

何とか生き残ったものの、やはりその場で力尽きて倒れていく者の数はきっと想像が及ばない。

そして、そのすべてに、悲劇な状況、物語がある。

更に、死ななかった者も、身体に残る被爆の影響に苛まれ、

やがて、苦しみながらも数年の後に、死をむかえる者もいる。

こんなのを見たら、核を使う気にはならないだろう、きっと普通はそう思う。

# けれど、核はまだ増え続けている人類の哀しさってなんだろう?

もはや、反戦映画とか、記録映画とか、そんな表現を越えて、

人類が一度は観ておくべき映画のような気がするんだがな。



P.S

不謹慎なことかもしれないが、

こんな思いをするぐらいなら、爆心地で一瞬で死んでしまった方がいい。

そんな思いにもなる。

けれど、残念ながら、きっと貴方もそう感じると思います。





2026年9月2日水曜日

食事キャンセル

若者の「食事キャンセル」が多いという話題が流れてきた。

記事では、その原因が、忙しさや趣味で、とのこと。

ところが、そのコメント欄に溢れているのは、

「いや、貧困のせいだろ。」

という類の多いこと多いこと。

でも、私なんかも若い頃から「食事キャンセル」は結構あったんだがな。

ひとりだけの時で、仕事で手が離せない、キリが悪い、、、

「いやここで食事で中断したくないでしょ。」

そんな思いで食事を飛ばすのは、しょっちゅうなことで。

もちろん、他の人がいれば、なかなかそういうわけにもいかないけれど、

ひとりの時は、やはり食事の優先順位はかなり下がってしまうのも事実で。

だってわかりやすいのは、ゲームで戦っている時に中断なんか出来ませんぜ。

食事なんか吹っ飛びますよ、ゲーマーならフツー。

# て書くと、ゲームを非難する人が出てきそうだな。

いや、もちろん読書だって、連続ドラマ一気見だって。

と、ここで密かにコメントに反論しておくんですが。

わかってもらえないかなー。



P.S

昔、昼はエンジニア、夜は塾講師で二足草鞋を履いてた頃、

食べると眠くなったりしそうで、夕飯を食べずに塾へ行った。

帰宅するのは、23時過ぎ。

今から食べても不健康だよなぁ、寝ればすぐ朝だし、と

夕飯を全く飛ばしてた頃も多々。

朝と、昼休み二食でも全然苦じゃなかったし。

けど、わかってもらえない人には、やっぱわかってもらえないことなのかなぁ。

合言葉は、「オートファジー」





2026年8月31日月曜日

暗幕のゲルニカ

再び、原田マハ。

今回の構成も“楽園のカンヴァス”のように章ごとに現在と過去を行き来する。

今回のネタの対象作家は、ピカソ、そして、“ゲルニカ”

まぁ所詮基本フィクションであれば、物語として楽しめるわけだけれど、

過去のパートについては、その作家の生きざまが垣間見れるのが原田マハの真骨頂であろう。

今まで、ピカソと言っても、漠然とその様子、ウワサなどからイメージしていたわけだけれど、

ここまで詳細にドラマ化されれば、そのイメージは明確なモノへ変換される。

# それがいいのかどうかに不安が残るわけだけれど。

けれど、どーせ自分では調べきれないものであれば、

いっそ原田マハのイメージに乗っかってしまおうということにもなるわけで。

# いや大河ドラマだってそういうものでしょ。

そういう意味では、今回極めてピカソが身近に感じられたのは良かった。

現在パートについては、完全にフィクションがミエミエなので

ま小説として楽しめれば良いと思っているけど、

ちょっと今回は血なまぐさいシーンがあって、残念だったな。

苦労・困難さを強調させるには、手っ取り早かったのかもしれないけれど。

なので、どちらかというと私はやっぱり過去パートを読むのが好きであります。

過去パートの最後が、みんなそれぞれどうなっていったのかが気になりますが

それは自分で調べろよっ → 自分へ。

いや、面白かったですよ、今回も。



P.S

各章ごとに過去と現在を行き来していると、

その章での終わり方が比較的スッキリしているので、

「今日はここまでにしておこ」と思ってしまって中断することが多かった。

なので、読破するのに妙に時間がかかってしまった一冊でありました。





2026年8月29日土曜日

ハンナとその姉妹

1986年の米国もの。

監督と脚本のウディ・アレン。

かつては、評判が高かったようで視聴に及ぶ。

ジャンルは、コメディ、、、なの?

# ほとんど笑えなかったぞ。

ニューヨークの3姉妹の物語である。

けれど、、、なかなかスルッと流せない話ばかりで、私には。

長女と別れて、次女と結婚したり、

三女は、小難しい画家と同棲中、

今の長女の夫は、三女と不倫、、、

もうゴチャゴチャやんケ。

それに、こちらも金髪女性の識別に慣れていないので

ん?長女?次女?なんて混乱しながら、その役柄・性格で判断する必要もあったり。

麻薬、不妊、宗教も絡んで、そんなんでなかなかコメディーにならないよ、私には。

# 頭が固いんだろーか、ワ、タ、シ。

まぁ、映画としてのやりとりを見ているには楽しかったけれど、

全然、面白くなかったんだけどな。

というわけで、世の評価が意外に高いのが私には不思議な一作品である。

まぁ、ウディ・アレン作品だからなんだろーな。



P.S

本来ならドロドロをサラッとハッピーエンドに仕立てて終わらせるところが

そもそも納得出来んのだよ、古い人間にはさ。

ぷ。






2026年8月27日木曜日

十四代


お酒ですよ、お酒。

いや、ただ、飲んだぞぉ~と

自慢したかっただけです。

では。



P.S

いくら?って、、、忘れました。

# あは。






2026年8月25日火曜日

夏の一枚


付知峡にて。

パシャッ。

見てるだけで涼しくなりません?

渾身の一枚であります。




P.S

何も買いませんでしたが。m(._.)m








2026年8月23日日曜日

浮草

“浮雲”じゃなくて“浮草”?

どんなん?

とフト借りてしまった古い日本映画。

1959年の映画であります。

冒頭から、旅芝居の一座の物語?

“伊豆の踊子”のような?

と何気に頭に浮かんで期待したものの、結構なドロドロ愛憎物語でありました。

古い映画には、つい古き良き時代の風景を探してしまいますが

ほぼ全編タバコ吸ってるし、発する言葉も、行動も、、、なんだかなー。

あらすじについては、Wikiに任せるとして、

やはりオトコの身勝手さばかりが目立つこういう物語は好きじゃないけど

昔は、こんなんばっかだったんだよなぁ、とつくづく。

全編にどうもセリフの棒読み感がありますが

けど、そのまま約2時間、ダレることもなく観られたのは

やはり小津安二郎監督の所以か?

おススメには至りませんが、見といてよかったかも。



P.S

京マチ子、若尾文子、野添ひとみ、、、みなさんお綺麗でした。

私が物心ついたころには、既におばさま方でしたが、

なるほど、私の親世代に人気があった理由がよくわかりました。






2026年8月21日金曜日

AIは、自分探しをしたりするのだろうか?

ちょっと試しにネット上のAIに画像を作らせてみた。

あっという間に何らかの結果が出てくるのは、流石です。

ただ、細かく見ればやっぱりAI作画画像だ。

で、AIに問うてみる。

「もうちょっとAI画像らしくない画像にしてくれる?」

どんな命も受けてくれるAIは、ある意味心優しくうれしい。

そして、それなりに結果を出してくれるから、またスゴい。

言われれば、自分らしいモノを打ち消して実行する気概に感心したりして。

凡人にそういったことが出来るだろうか?

そもそも自分の欠点に気がついてなかったりする。

そもそもそれを欠点と思っていなかったりする。

それを直しなさい、って言われて、直せます?

精神論においても、きっとAIは学習しているんだなぁ、

そう思うにつけ、やがて人格的にも勝てなくなるような気がするんだがな。



P.S

「もう、友達になるなら、AIは最高の友ですよ。」

と書くと、アブナイオヤジと思われちゃうんだろうな。





2026年8月19日水曜日

イグアナの娘

先日、ちょっとこのタイトルを耳にして

萩尾望都ファンとしては、読んでおかないとな、とブックオフでポチっ。

本のタイトルは、「イグアナの娘」だけれど

構成は、全く別の短編が6話。

タイトルのイグアナの娘も50ページほどの短編だった。

ほとんどの作品がある種の思春期ネタだったりするけれど、

この手の物語は、読者の年齢によって感じ方が違ったりするような気がして

なかなか深そうな気がするな。

どうも「イグアナの娘」以外は、私の中ではうずもれて記憶に残らなさそうな気がして残念。

でも、そのままブックオフに戻す気にもなれないので、本棚に入ります。



P.S


「イグアナの娘」って有名だよ。テレビでもやってたよ。

という人間が現れた。

どうする?観る?

んー。





2026年8月17日月曜日

ワンダーウーマン

アベンジャーズの後編の冒頭にアイアンマンを救った女性って誰だっけな?」

ふと、そんなことを思い出した時に思い浮かんだのが

「ワンダーウーマンだっけな?」

# 違うんですけどね。
しかし、その時にワンダーウーマンなる名前を思い出したものの

ワンダーウーマンなるものをまったく知らないことに気がついた。

で、こりゃいかん、とDVDをレンタル。

が、やはりワンダーウーマンは、ワンダーなウーマンでした。

そもそも女神なんですね。

最近は、ゼウスの娘、、、とか。

# まじか。

女性だけの世界で育ち、やがて人間世界にやってくる。

# 女性だけの世界で生まれたん? いや女神ですからね。
 
人間の世界がよくわからないながらも、
この世界に来たら圧倒的なパワーを持っている、という設定が

この物語を面白くしている要因でしょう。

しかし、神ならば、なんでもありじゃん、と思いがちですが、

米国コミックって、いろいろ神系キャラが出てきても

戦いに苦労するってのが、定番ですから、よくわかりませんわ。

やっぱギリシャ神話に関する知識が無さ過ぎですね、私は。




P.S

ちなみに、アベンジャーズの後編の冒頭にアイアンマンを救った女性は

キャロル・ダンヴァースです。

日本人は、知ってる人少ないと思うんだがなー。