2008年10月8日水曜日

誕生日に思う。

とうとう51歳になっちまっただ。

51歳と聞くと、思い出すのは、

「半落ち」である。

あ~、オラの骨髄の賞味期限も

あと1年かぁ、、、と思いきや、

ふと骨髄バンクのページを見てみたら、

賞味期限延びてんの。

# なんかいい加減なよーな気もしないでもないけれど、

ま、これに関しては、喜ぶこととしましょう。

さて、どんどん歳をとってくるにつけて、

いつもフト、思い出すことがある。

そう、豪華船タイタニックである。

私のタイタニックとの出会いは、テレビ番組「タイムトンネル」である。

# うわぁ~、懐かしぃ、、、と思った方、貴方はきっと50代ね。

さて、なぜ年齢とタイタニックがリンクするかと言いますと、、、

どんな映画・番組でもタイタニックでは、大概出てくるシーン、、、

船が沈没を初めて、大勢が救命ボートに押しかける。

乗っている人間に対して、救命ボートは、全然足りない。

その時、船の乗務員は、大声で叫ぶのだ!

「オンナ・コドモを先に乗せるんだぁ~!(オトコは、後!)」

この言葉、痛い。

いつも私は、覚悟している。私は、自分に言い聞かせている。

もし、今、あのタイタニック号に乗って、あの状態になってしまったなら、、、

もう、救命ボートに乗ろうとしてはいけない。

人ごみの中で、乗れそうにない列に並ぶのは、無意味だし、

年齢が若いもの順だとしたら、もう私には、絶対に回ってこないはずだ。

それでも助かろうとそんな列に並ぶべきではない、、、そう思うのであります。

なら、どうするべきか? ただ、死を待つの?

イヤイヤそうじゃない。

まぁ、歳を取ってはいても、ちったぁモノを作ることが出来る人間なんだから、

生き延びるために、その辺の木や水に浮くものの材料を使って、

そう、食器棚や机や、きっとベッドや床もあるかもしれない。

そんな材料を使って、自分が生き延びるべき小さな船を作るべきだ、、、と思うのです。

自分が生きるために、絶対に生き延びるために、必死で作る。安全な小船を、イカダを。

そして、完成が近づく頃、きっと私の目の前に現れる、、、

「私も乗せてくれないか?」そんなことを言う人が、きっと現れる。

そしたら、私は、横柄にその人に言うんだ。

「仕方がないなぁ、、、んじゃ、持っていけよ。」って。

そして、私は、また作り始める。まったくゼロから、また作り始める。

そんなことを繰り返す。何度も何度も繰り返して、何隻も作る。

そう、通信士が最後の最後までSOSを発信し続けたように。

音楽隊が、最後の最後まで演奏し続けていたように。

そう、その時の私の使命は、小船を作り続けること、、、

そしてもし、手伝ってくれる人が出てきたら私はうれしい。

みんなで一緒に作り始められたら、とても私はうれしい。

そんなことを考えていたりするロマンチックな私である。

# 思い出すなぁ、「飛べ!フェニックス」

で、アンタの最後は、どうなるのよ、って?

勝手に想像してください。ぷぅ。


以上が、今年の誕生日に思ったこと、、、

今年も多くの皆様からいろいろメッセージ・プレゼントをいただき、

極めて幸せに迎えられましたことを心からお礼申し上げます。



P.S

更にちょっと思い出すのは、、、

学生貧乏時代、自由が丘の小さな赤提灯の隣が電気屋さんで。

飲んで酔っ払うと、電気屋さんの店の横に、お客さんから引き上げてきたであろう

故障したテレビの山があって、そこから1台失敬してくる。

で、4畳半の部屋で、チマチマそれを直して、使う。

すると、友達や後輩が来て、「テレビいいなぁ、、、」などと言われると、

「んじゃ、持って行っていいよ。」私は、ついつい上げてしまう。

そして、また次の機会に、お店からテレビを1台持ってきて、それを直す。

大学4年間に何台そんなことをしたのだろう?

その頃は、マイコン時代の走りの頃で、

やがて、壊れたテレビを自分で拾ってきて

「このテレビをマイコンのモニターに改造してよ。」

なんて頼んでくる強豪もいたり。

へいへい、とチューナーの検波部の後ろを切り離して、ビデオ入力端子を付けてやったり。

ま、私の人生のパターンは、結構、もう既に決まっていたりするのかもしれないなぁ、、、。

でもま、とりあえず今が超不幸でないことに感謝。