とうとう51歳になっちまっただ。
51歳と聞くと、思い出すのは、
「半落ち」である。
あ~、オラの骨髄の賞味期限も
あと1年かぁ、、、と思いきや、
ふと骨髄バンクのページを見てみたら、
賞味期限延びてんの。
# なんかいい加減なよーな気もしないでもないけれど、
ま、これに関しては、喜ぶこととしましょう。
さて、どんどん歳をとってくるにつけて、
いつもフト、思い出すことがある。
そう、豪華船タイタニックである。
私のタイタニックとの出会いは、テレビ番組「タイムトンネル」である。
# うわぁ~、懐かしぃ、、、と思った方、貴方はきっと50代ね。
さて、なぜ年齢とタイタニックがリンクするかと言いますと、、、
どんな映画・番組でもタイタニックでは、大概出てくるシーン、、、
船が沈没を初めて、大勢が救命ボートに押しかける。
乗っている人間に対して、救命ボートは、全然足りない。
その時、船の乗務員は、大声で叫ぶのだ!
「オンナ・コドモを先に乗せるんだぁ~!(オトコは、後!)」
この言葉、痛い。
いつも私は、覚悟している。私は、自分に言い聞かせている。
もし、今、あのタイタニック号に乗って、あの状態になってしまったなら、、、
もう、救命ボートに乗ろうとしてはいけない。
人ごみの中で、乗れそうにない列に並ぶのは、無意味だし、
年齢が若いもの順だとしたら、もう私には、絶対に回ってこないはずだ。
それでも助かろうとそんな列に並ぶべきではない、、、そう思うのであります。
なら、どうするべきか? ただ、死を待つの?
イヤイヤそうじゃない。
まぁ、歳を取ってはいても、ちったぁモノを作ることが出来る人間なんだから、
生き延びるために、その辺の木や水に浮くものの材料を使って、
そう、食器棚や机や、きっとベッドや床もあるかもしれない。
そんな材料を使って、自分が生き延びるべき小さな船を作るべきだ、、、と思うのです。
自分が生きるために、絶対に生き延びるために、必死で作る。安全な小船を、イカダを。
そして、完成が近づく頃、きっと私の目の前に現れる、、、
「私も乗せてくれないか?」そんなことを言う人が、きっと現れる。
そしたら、私は、横柄にその人に言うんだ。
「仕方がないなぁ、、、んじゃ、持っていけよ。」って。
そして、私は、また作り始める。まったくゼロから、また作り始める。
そんなことを繰り返す。何度も何度も繰り返して、何隻も作る。
そう、通信士が最後の最後までSOSを発信し続けたように。
音楽隊が、最後の最後まで演奏し続けていたように。
そう、その時の私の使命は、小船を作り続けること、、、
そしてもし、手伝ってくれる人が出てきたら私はうれしい。
みんなで一緒に作り始められたら、とても私はうれしい。
そんなことを考えていたりするロマンチックな私である。
# 思い出すなぁ、「飛べ!フェニックス」
で、アンタの最後は、どうなるのよ、って?
勝手に想像してください。ぷぅ。
以上が、今年の誕生日に思ったこと、、、
今年も多くの皆様からいろいろメッセージ・プレゼントをいただき、
極めて幸せに迎えられましたことを心からお礼申し上げます。
P.S
更にちょっと思い出すのは、、、
学生貧乏時代、自由が丘の小さな赤提灯の隣が電気屋さんで。
飲んで酔っ払うと、電気屋さんの店の横に、お客さんから引き上げてきたであろう
故障したテレビの山があって、そこから1台失敬してくる。
で、4畳半の部屋で、チマチマそれを直して、使う。
すると、友達や後輩が来て、「テレビいいなぁ、、、」などと言われると、
「んじゃ、持って行っていいよ。」私は、ついつい上げてしまう。
そして、また次の機会に、お店からテレビを1台持ってきて、それを直す。
大学4年間に何台そんなことをしたのだろう?
その頃は、マイコン時代の走りの頃で、
やがて、壊れたテレビを自分で拾ってきて
「このテレビをマイコンのモニターに改造してよ。」
なんて頼んでくる強豪もいたり。
へいへい、とチューナーの検波部の後ろを切り離して、ビデオ入力端子を付けてやったり。
ま、私の人生のパターンは、結構、もう既に決まっていたりするのかもしれないなぁ、、、。
でもま、とりあえず今が超不幸でないことに感謝。
51歳と聞くと、思い出すのは、
「半落ち」である。
あ~、オラの骨髄の賞味期限も
あと1年かぁ、、、と思いきや、
ふと骨髄バンクのページを見てみたら、
賞味期限延びてんの。
# なんかいい加減なよーな気もしないでもないけれど、
ま、これに関しては、喜ぶこととしましょう。
さて、どんどん歳をとってくるにつけて、
いつもフト、思い出すことがある。
そう、豪華船タイタニックである。
私のタイタニックとの出会いは、テレビ番組「タイムトンネル」である。
# うわぁ~、懐かしぃ、、、と思った方、貴方はきっと50代ね。
さて、なぜ年齢とタイタニックがリンクするかと言いますと、、、
どんな映画・番組でもタイタニックでは、大概出てくるシーン、、、
船が沈没を初めて、大勢が救命ボートに押しかける。
乗っている人間に対して、救命ボートは、全然足りない。
その時、船の乗務員は、大声で叫ぶのだ!
「オンナ・コドモを先に乗せるんだぁ~!(オトコは、後!)」
この言葉、痛い。
いつも私は、覚悟している。私は、自分に言い聞かせている。
もし、今、あのタイタニック号に乗って、あの状態になってしまったなら、、、
もう、救命ボートに乗ろうとしてはいけない。
人ごみの中で、乗れそうにない列に並ぶのは、無意味だし、
年齢が若いもの順だとしたら、もう私には、絶対に回ってこないはずだ。
それでも助かろうとそんな列に並ぶべきではない、、、そう思うのであります。
なら、どうするべきか? ただ、死を待つの?
イヤイヤそうじゃない。
まぁ、歳を取ってはいても、ちったぁモノを作ることが出来る人間なんだから、
生き延びるために、その辺の木や水に浮くものの材料を使って、
そう、食器棚や机や、きっとベッドや床もあるかもしれない。
そんな材料を使って、自分が生き延びるべき小さな船を作るべきだ、、、と思うのです。
自分が生きるために、絶対に生き延びるために、必死で作る。安全な小船を、イカダを。
そして、完成が近づく頃、きっと私の目の前に現れる、、、
「私も乗せてくれないか?」そんなことを言う人が、きっと現れる。
そしたら、私は、横柄にその人に言うんだ。
「仕方がないなぁ、、、んじゃ、持っていけよ。」って。
そして、私は、また作り始める。まったくゼロから、また作り始める。
そんなことを繰り返す。何度も何度も繰り返して、何隻も作る。
そう、通信士が最後の最後までSOSを発信し続けたように。
音楽隊が、最後の最後まで演奏し続けていたように。
そう、その時の私の使命は、小船を作り続けること、、、
そしてもし、手伝ってくれる人が出てきたら私はうれしい。
みんなで一緒に作り始められたら、とても私はうれしい。
そんなことを考えていたりするロマンチックな私である。
# 思い出すなぁ、「飛べ!フェニックス」
で、アンタの最後は、どうなるのよ、って?
勝手に想像してください。ぷぅ。
以上が、今年の誕生日に思ったこと、、、
今年も多くの皆様からいろいろメッセージ・プレゼントをいただき、
極めて幸せに迎えられましたことを心からお礼申し上げます。
P.S
更にちょっと思い出すのは、、、
学生貧乏時代、自由が丘の小さな赤提灯の隣が電気屋さんで。
飲んで酔っ払うと、電気屋さんの店の横に、お客さんから引き上げてきたであろう
故障したテレビの山があって、そこから1台失敬してくる。
で、4畳半の部屋で、チマチマそれを直して、使う。
すると、友達や後輩が来て、「テレビいいなぁ、、、」などと言われると、
「んじゃ、持って行っていいよ。」私は、ついつい上げてしまう。
そして、また次の機会に、お店からテレビを1台持ってきて、それを直す。
大学4年間に何台そんなことをしたのだろう?
その頃は、マイコン時代の走りの頃で、
やがて、壊れたテレビを自分で拾ってきて
「このテレビをマイコンのモニターに改造してよ。」
なんて頼んでくる強豪もいたり。
へいへい、とチューナーの検波部の後ろを切り離して、ビデオ入力端子を付けてやったり。
ま、私の人生のパターンは、結構、もう既に決まっていたりするのかもしれないなぁ、、、。
でもま、とりあえず今が超不幸でないことに感謝。