いやなに勇気の思考の散歩である。
不謹慎と思われるかもしれないけれど、
思考を散歩していて妙なところに行きついたので
それについて、勇気を持って書いてしまう。
思考を散歩していて妙なところに行きついたので
それについて、勇気を持って書いてしまう。
コロナで亡くなる人がいる。
コロナの菌そのもので亡くなる方もいれば、
その関連で自殺者も増えていると聞く。
けれど、インフルエンザで亡くなる人が激減し
コロナの外出減で交通事故者数もかなり少なくなった。
そして、日本の人口減も大きく減ったかと言えば、
むしろ減り方の傾きが鈍化しているそうだ。
だとすれば、
要は、このコロナによって、
亡くなる人間が入れ替わったことになる。
コロナがなければ交通事故死した人間が、
インフルエンザで亡くなった人間が
コロナの為に助かったことになる。
要は、このコロナによって、
亡くなる人間が入れ替わったことになる。
コロナがなければ交通事故死した人間が、
インフルエンザで亡くなった人間が
コロナの為に助かったことになる。
そして、日本の死者数の減り方が減っていれば、
割合的には、助かった人数の方が多いことにもなる。
割合的には、助かった人数の方が多いことにもなる。
けれど、その助かった人には、その自覚はない。
その人には、助かった感謝の気持ちは、発現しない。
しかし、コロナに対しては、明らかに憎しみがある。
そう考えると、世の中とは、感謝の気持ちの量よりも、
憎む気持ちの量の方が絶対に上回ることは、摂理なのか?
その人には、助かった感謝の気持ちは、発現しない。
しかし、コロナに対しては、明らかに憎しみがある。
そう考えると、世の中とは、感謝の気持ちの量よりも、
憎む気持ちの量の方が絶対に上回ることは、摂理なのか?
そんなの当然じゃん。と言われそうなのが、ちょっと哀しい。
P.S
私は、父を肺炎で亡くした。
最後は、生命維持装置につながれ、
なんども呼吸が止まりながらも、生かされ、肺炎と戦った。
しかし、コロナの方が間違いなく悲惨だ。
普通の肺炎と違って、家族にも会えないだろう。
コロナであれば、治療中断も許されないだろう。
コロナでそんな状態で戦っている人がいると思うと
ひどく心が痛む。
私は、父を肺炎で亡くした。
最後は、生命維持装置につながれ、
なんども呼吸が止まりながらも、生かされ、肺炎と戦った。
しかし、コロナの方が間違いなく悲惨だ。
普通の肺炎と違って、家族にも会えないだろう。
コロナであれば、治療中断も許されないだろう。
コロナでそんな状態で戦っている人がいると思うと
ひどく心が痛む。
AM 10:00:22