日本に住む日本人が、あまり英語が出来ない理由として
ひとつに歴史的に植民地にならずに済んだことがある。
# 日本は、“建国記念日”であって、“独立記念日”的じゃないからね。
そして、もうひとつは日本国内で高等な教育を受けられるようになったことがある。
# だからある意味ガラパゴスの様相になってしまったのかもしれないけれど。
ま、だから日本語だけでそれなりに充分に生きていけるからね。
先日、こんなコメントが流れてきた。
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学生のときのテスト勉強で、教科書見ればわかる暗記モノって
今の時代ネットですぐわかるのにわざわざ暗記する必要あります?と教授に聞くと
「お前は教習所の教科書を見ながら車を運転するつもりか。
歩く速度ならそれで問題ないが、変化が速い時代に知識がないなど論外だ」
と言われたのを時々思い出す。
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わかりやすい例えだな、と思ってココにメモ。
先日、お寿司屋さんでカウンターで食べていたら
# そんな高いところじゃないよぉ。
外人がスマホを駆使しながら店に入ってきた。
どうも翻訳アプリを使っているようだった。
自分の声をスマホで訳し相手に見せる。
カウンター内の大将にスマホに語りかけさせて、訳された文字を見て
「ハイ」と「イイエ」の二種類だけで応えてた。
すごい時代になったなぁ、そんなで日本のお寿司屋さんに入ってこられるんだな。
私も古い人間であれば、そんな偏見を持ったりする。
でもって、その外人たちは私の隣に座れば、どうしてもカウンター越しのやり取りが耳に入ってくる。
注文もなんとか通せた時、大将が言った。
「ご注文は以上で?」
ところがこれにスマホが間に合わなかった。
注文をしてひと安心した時に、何を言われたかわからない。
いつものクセだろうけれど、注文がそれで全部かどうか確認したいし。
異様な長い無会話、無音な時間が流れた。
隣の私がどうにも耐えられなくなって、通訳にシャシャり出た。
「ハイ、ハイ」彼は慌てて応えてた。
やっぱスマホもイマイチだったな感。
P.S
そうそうもうひとつ思い出話を。
もはや半世紀近く前のこと。
米国本土でレンタカーを借りる時なんかに
最初にわざと普通に日本語で言ったものだ。
「レンタカー貸してください。」って。
するとだいたい相手は、肩の位置で両手を開いて全くわからないジェスチャーをする。
それからおもむろに英語を話しだすのだ。
なんの意味があるって?
それは、“相手の母国語を話してやっているんだぞ感”でこちらの気持ちが楽になる。
下手な英語でも、向こうは何とか英語を話してもらっている感が残る。
# こっちのただの思い込みかもしれませんが、
そんなセコイテクニックを使ってたものですわ。
ま決しておススメするモノではありませんが。
どこかで読んだことがあります。
英語を学ぶことって、
異国人とコミュニケーションを取る際の共通な言語としてでもありますが
英語しかできない人たちと話すツールとしても学ぶんだから。
私はそれも一理あると思います。
相手の言語で話してやる優越感を持つことが英語学習の第一歩で私は構わないと思います。