中年が集まって、こんな会話が生まれた。
「○○さんって、カナ打ちなんだよ。」
「何言ってんだよー。今どき若者は、みんなカナ打ちだぜ。」と私。
「○○さんって、カナ打ちなんだよ。」
「何言ってんだよー。今どき若者は、みんなカナ打ちだぜ。」と私。
# テキトーな発言である。
私は、カナ打ちにあこがれているオヤジである。
そもそも私が、フルキーを触りだした頃は、
とーぜんASCII配列の、キートップには、英数字記号しかないフルキーであった。
それに、モニター上には、日本語が出現しないし。
打つコマンドは、すべて英語っぽいし、
コンピュータ上で日本語を扱うのは、あえてコメントをローマ字で書く時ぐらいのこと。そんなで育った私は、ローマ字打ちであって、カナ打ちは出来ない。
コンピューターに日本語が表示されるようになり、日本語入力が出来るようになって、ワープロ的な操作が加わってきた時、打つキーの回数が半分になるだろうと、
カナキーに挑戦したこともあったけれど、もはや、私の古い脳は、カナキーの配列を覚えられる容量が残っていなかった。
ならば、人の倍のスピードで打てばよかろう!
などと言い訳しながら、、、あきらめた。
一般には、ワープロからフルキーに入ってきた人には、カナ入力の人が多いそうだ。
けれど、ローマ字打ちでは26文字のキー配列の記憶で済むのに
カナキーは、約50文字分のカナキーポジションを憶えていなければならない。
さらにインターネットでもやろうものなら
英語キーのポジションもを覚えなければならぬということになれば、
やはり、既にローマ字が身に付いている人間には、ローマ字入力をした方が、
きっと取得はてっとり早いのだろう。
けれど、私は思っていたのだ。
それは、歳を取った人間の考え。
若者が、全く初めてフルキーに触る時から、九九の掛け算を丸暗記するように
カナも英数文字もすべて覚えこんでしまえば、もはやカナもローマ字も何も気にせず、打鍵の回数・スピードとも最大効率で打てるのだろうな、、、と。
けれど、現実は違うようだ。
老人だけでなく、若者もローマ字打ちの人間の方が、遥かに多そうなのだ。
なんでよ? 素直な疑問である。
老人だけでなく、若者もローマ字打ちの人間の方が、遥かに多そうなのだ。
なんでよ? 素直な疑問である。
で、私の回りの小学生を子供に持つ親たちに尋ねてみた。
最近は、小学校低学年から、フルキーと接触があるそうなのだ。
最近は、小学校低学年から、フルキーと接触があるそうなのだ。
ところが意外な答えが返ってきた。
小学校低学年は、ローマ字を覚えさせられる時期とも重なって、
フルキーは、ローマ字表などを作りながら、ローマ字入力を勉強させられている、とか。
小学校低学年は、ローマ字を覚えさせられる時期とも重なって、
フルキーは、ローマ字表などを作りながら、ローマ字入力を勉強させられている、とか。
私は、ちょっと残念に思う。
まぁ、ローマ字も憶える必要なことのひとつかもしれないけれど、
フルキーは、カナ配置も憶えられるような、教え方をしてあげれば、
きっと人生におけるキーを叩く回数が相当減るだろうになぁ、、、などと。
まぁ、ローマ字も憶える必要なことのひとつかもしれないけれど、
フルキーは、カナ配置も憶えられるような、教え方をしてあげれば、
きっと人生におけるキーを叩く回数が相当減るだろうになぁ、、、などと。
しかし、日本人が、コンピューターの世界に参入するにあたって
ローマ字の存在が相当手助け?障害?になっているであろうことも想像出来たり。
まぁ、日本人にとっては、自然に本能的に便利な方向に流れているんであろう、と、
ただただ信じていたりするんですけど。
# でも私は、カナ打ちできる人がうらやましい。
ローマ字の存在が相当手助け?障害?になっているであろうことも想像出来たり。
まぁ、日本人にとっては、自然に本能的に便利な方向に流れているんであろう、と、
ただただ信じていたりするんですけど。
# でも私は、カナ打ちできる人がうらやましい。
P.S
ちなみに私は、ブラインドタッチが出来ない。が、
先日、私は、おもしろい体験をした。
ちなみに私は、ブラインドタッチが出来ない。が、
先日、私は、おもしろい体験をした。
ある講習会でのこと。
講習の授業が始まる前にちょっとノートPCで原稿を書いていた。
まぁ、いつも通り、パタパタキーを叩いていたのである。
講習の授業が始まる前にちょっとノートPCで原稿を書いていた。
まぁ、いつも通り、パタパタキーを叩いていたのである。
ところが、講演関係者が、教室内でプロジェクターの準備をしだしたのだ。
「ちょっと電気を消しますね。」関係者がそう言って、室内の照明を消した。
ところが、まだプロジェクターの電源も立ち上がっていなくて、
室内が真っ暗になった。
「ちょっと電気を消しますね。」関係者がそう言って、室内の照明を消した。
ところが、まだプロジェクターの電源も立ち上がっていなくて、
室内が真っ暗になった。
ところが、私は、何の苦もなく原稿を打ち続けていられたのだ。
確かに目の前の液晶の画面は明るい。
けれど、その光が、キートップの印字文字が見えるほど明るくはなかった。
なのに、キーを打ち続けていられたのだ。
確かに目の前の液晶の画面は明るい。
けれど、その光が、キートップの印字文字が見えるほど明るくはなかった。
なのに、キーを打ち続けていられたのだ。
「ほ?オレってブラインドタッチができるんじゃん!」
ちょっと自分に感動した。
ちょっと自分に感動した。
# まるで自転車の両手離しが出来た瞬間のような、、、。
が、十数秒経つと、微妙に打ちマチガイが多くなってくる。
で、その後やっぱり、キートップが見えないと打てなくなってしまった。
で、その後やっぱり、キートップが見えないと打てなくなってしまった。
要は、私のブラインドタッチが出来るのは、十数秒だけなのだ。
そう考えてみると、日頃の自分のキーの打ち方が面白くもある。
基本的にいちいちキートップなんて見ているわけでなく、
やはり使い慣れたフルキーであれば、殆どブラインドタッチで打っているのだ。
で、知らず知らずに、そのキー配置と手の絶対位置関係を補正しているに過ぎないのだ。
そんなことが、、、ちょっと新発見でもありました。
PM 07:26:28