「嫌な仕事を続けるコスト」はものすごく高い
そんな一行が目に留まった。
そんな一行が目に留まった。
言い得て妙だと思う。
ただ私は大きく3種に分かれると思う。
例えば、
・嫌な仕事をしている人
・嫌じゃないけど、仕事ってそもそもそういうもんでしょ、という人
・好きな仕事をしてる人。
例えば、
・嫌な仕事をしている人
・嫌じゃないけど、仕事ってそもそもそういうもんでしょ、という人
・好きな仕事をしてる人。
嫌な仕事をしている人は、やはりメインはお金の為でしょうか。
それと代わるべき仕事やそのタイミングがまだ見つけられない人と思われ。
仕事は、嫌じゃないけど、好きと言えるものでもなし、
ま、仕事ってそもそもそういうもので、
他にやりたいことも見つけられてないし、
とりあえず日々仕事を続けている人。
やっぱり、そんな人が一番多いのかな。
ま、仕事ってそもそもそういうもので、
他にやりたいことも見つけられてないし、
とりあえず日々仕事を続けている人。
やっぱり、そんな人が一番多いのかな。
好きな仕事をしている人は、日々が楽しいし、
お金なんか結果として後からついてくるものでしょ的な。
お金なんか結果として後からついてくるものでしょ的な。
そんなこんなを比べれば、やはり嫌な仕事をしている人のコストは大きい。
まぁ、そのコストというのは、いわゆる失う時間が多いことになるのでしょうか。
しかも精神的辛苦を背負って。
まぁ、そのコストというのは、いわゆる失う時間が多いことになるのでしょうか。
しかも精神的辛苦を背負って。
けれど、嫌でもしなきゃいけないこともあれば時もある。
嫌な仕事を使命感に置き換えている人もきっといるはずで。
嫌な仕事を使命感に置き換えている人もきっといるはずで。
みんながみんな好きな仕事に有りつけるわけでもなかろうから、
好きな仕事を楽しくできている人は、
好きな仕事を楽しくできている人は、
その幸せをいつまでも大切に。
P.S
けれど、こういうことって、
気持ちの持ちようで、大きく変わりそうなものですよね。
けれど、こういうことって、
気持ちの持ちようで、大きく変わりそうなものですよね。
# って書くと、身も蓋もなくなっちゃうかぁ、今日のこのコマ。
AM 22:22:42