最近ネット上で話題になってるネタ。
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給料を2倍にしても2倍働いてくれるとは思えない。
給料を半分にしても働く量が半分になるとは思えない。
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いや、すみません、なるほど、と思った次第で。
いや、きっと私も、、、と思ったわけで。
突然、給料が2倍になっても、
「今まで給料に対して2倍働いていたんだよな。やっとかよ。」
と凡人は思いがちのはずで。
給料が半分になったら、
「きっと自分が働いている量の価値は、給料分なかったんだ。」
なんて思うよりも「経営陣は何やってんだよ。」と思うだろうな。
最近、こんなことも耳にした。
マスコミが取材でカメラを持って現場に来ると、
日本人の場合、そこで働く人たちは何気に緊張したり嫌がるそうだ。
# 想像つきますよね。
サボってるように見られちゃいけない、とか、ちゃんと仕事しているように見られたい、とか思って。
ところが米国人の場合、まったく気にしない、とか。
「オレは給料分の仕事をちゃんとしている。それ以下でもそれ以上でもない。」そう思って。
# ま、この記事が本当かどうかは不明です。
# どちらかというと、お国柄というよりも、個人の差だと思いますが。
まぁ、現場の人間は、自分の作業を金額化するのが難しいと思いますので
結局は、他の人や他業種の人のケースと比べて、の話になるのでしょうが。
とまぁいろいろ考えると、人の労働力を価格化すること自体が難しいし、
働いている人が自分で決められるわけでもないし、
結局、業種選び、会社選びの話になっていっちゃうんでしょうかねぇ。
いろいろ考えさせられますわ。
って、私自身は、あまりそういうことを考えたことがないんですけどね。
というのも、好きな仕事であれば、あまり給料のことを気にしないし。
報酬なんて後からついてくるものであって、と信じてたし
安いからそれを辞めるかって話にもならないだろうし。
# 私は恵まれていたのかもしれませんね。
ただ、どちらかというと私をよく知っている人達からは
# 私は恵まれていたのかもしれませんね。
ただ、どちらかというと私をよく知っている人達からは
「オマエそんな給料でよくそんなに働くなぁ。」
と言われてたクチで。
その言葉が、会社に対して「オレは働かせてもらってんじゃないよ、働いてやってんだよ。」的な
実に恩着せがましい思考になり、その精神的優位性が
私の人生を支えていたような気もしないでもないかもかもかもかもかも、、、ね。
# って、ほんとイヤな性格だな。→ 自分。
P.S
以前、こんなことを書いた。
4倍働け!
けど、やっぱり映画の中のセリフだよねぇ。
# って、身も蓋もない、、、な。
その言葉が、会社に対して「オレは働かせてもらってんじゃないよ、働いてやってんだよ。」的な
実に恩着せがましい思考になり、その精神的優位性が
私の人生を支えていたような気もしないでもないかもかもかもかもかも、、、ね。
# って、ほんとイヤな性格だな。→ 自分。
P.S
以前、こんなことを書いた。
4倍働け!
けど、やっぱり映画の中のセリフだよねぇ。
# って、身も蓋もない、、、な。