2024年10月20日日曜日

高校生のプログラミング試験


高校生にとって「情報」という科目が必要になってきた。

その中でもプログラミングにひとつの山がある。
その山がなかなか越えられない学生がいる。

趣味でプログラミングに取り組んでいる生徒ならまだしも
普通の学生にとっては、色々な勉強の中での一教科だもの、専門に取り組むものでもない。

そこで、基本的な知識を基にして複雑なプログラミングに面することになる。

教科としてのプログラミングは、二つの要素を持っている。

・自分でプログラムを作る能力
・人のプログラムを読み解く能力

さて、エンジニアとして40年間、趣味の時期を加えればそれ以上プログラミングに接してきた私の体験としては、

まず若き日、マイコンを自作し、それに載せるプログラミングを覚えた。
そう、私は自分でプログラミングを作るところから始めた人間である。

そして、他人のプログラムを参考にしながら、そのテクニックを自分のプログラムに取り込みながらプログラミング内容を向上させてきた。

ちなみに、私は20代の頃、プログラミング講師の経験もある。
その時は、自分よりも年上の大学教授などにも教えていたものだ。

そうなると、「なんで動かないんでしょう?」「どうしてこんな結果になるのでしょう?」

そんな質問をぶつけられる。
他人の作ったプログラムのデバッグ作業が求められることになる。

経験者なら絶対に思うはずだ。
「他人のプログラムのデバッグなんて、、、やりたかね~よっ。」
他人のプログラムは、その人のクセのようなものがふんだんに盛り込まれている。

# 自分で作りなおしたい!っていう心の叫び

プログラミングは、絶対にこうでなければならない、というものでもないので
ある意味正しい結果が出れば、とりあえずは正解としていいものでもあると思う。

効率が悪くても、最近はマシンスピードがカバーしてくれるし、
必要に応じて改善していけばいい。

ところが、高校生の情報で取り扱うプログラミング能力とは、先程の後者の

・人のプログラムを読み解く能力

が試される。

そりゃ確かに内容は簡単かもしれないけれど、

# 専門にしてる人にとっては、、、さ。

プログラミングの経験が極めて少なく、机上での知識でその作業をさせるのは、あまりにも酷な気がしてならない。

世の求めているのは、プログラミング思考なの?
人のプログラムを読み解く技術なの?

より大切なのは、私はプログラミング思考の方だと思うんだがな。

いやなに、今日言いたかったこと、、、

プログラムは、“作る”より、“人のプログラミングの読み解く”方が簡単だろ、と思っている人は、大間違いだぞっ!

と私は思うのである。



P.S

まぁ、試験の出題側もテーマを出して、その解答のプログラムを書かれても、きっとすぐに採点できまい。

そもそも採点者側も学生の作った机上のプログラムの中身なんか見たくもなかろう。

で、結局、出題者側のクセのこもったプログラムを読み取れるかどうかの試験となる。

なんだか、、、学生が不憫でならない。






2024年10月18日金曜日

灰のサイコロ


ネットでのヒロイモノです。

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死んだら灰を立方体に圧縮してサイコロに加工してもらって、

なにかに迷ったら、俺の意見だと思ってそれを振ってほしい。

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なるほどなぁ、面白い発想だなぁ。

そう思ったけれど、一方で、なんだかなぁ、という気持ちも私の頭の中では同居してたり。

どちらかというと、私は死んだら、現世とはキッパリ離れたい派で。

そもそもサイコロで決めることにも抵抗ある派ですし。

あなたが選ぶことに、それがどんな内容であっても私はいつも同感です。

私が死ぬ時には、そんな思いを伝えたい。




P.S

「あの人だったら、どっちを選んだろう?」

「大丈夫、あなたの選んだのとあの人も同じです。」

そんなんじゃダメですか?




2024年10月16日水曜日

いちごの唄

なぜこの映画を観る気になったのかが思い出せない。
きっと脚本が岡田惠和だったからなんだと思うんだがな。

# 地味に岡田惠和のファンなので。

だけど、、、なんだかツラかったな。
なにがって、まずは、主役のわずかに不自然な演技に。

# そこを狙っていたとしたら、私には合わなかった。

それに一番の本題なのだろうけれど、
人それぞれの不器用な生き方、、、
ある意味、誰もがそうなのだろうけれど、やはり見ていてツラい。
憧れの彼女との一年に一回のデート、それもツラい。

そして、自分を助けて、助けてくれた彼が目の前で車に潰されれば、やはり忘れられない記憶にもなろう。

最後は、とりあえずのハッピーエンド風に終わってくれてはいるものの大きな感動のようなものは得られずちょっと残念でありました。

そもそも制作の発想が“銀杏BOYZ”との絡みからきているので、そこら辺りが基本知識として備わっていれば、見応えのある映画なのかもしれませんが、、、。



P.S

清原果耶、蒔田彩珠、恒松祐里の3人が出てきてちょっと記憶が混乱してしまったけれど、
この映画は、2019年公開。

NHK朝ドラ「おかえりモネ」は、2021年。

キャスティングは、この映画の方が先だったんだなぁ、と。




2024年10月14日月曜日

AIに学ばせてはならないこと

以前、VRの為にグラボを買ったものの、
どーせならとAIで絵を描かせていたりもする。

それにしてもそのAIの能力には驚きを隠せない。

「いったい今までお前たちは何を学んできたの?」

つくづく思う。

所詮AIも人間が作ったもので、人間が教育してきたものの延長に過ぎないはずで。

# 今のところは。

だから、これからも彼らはどんどん学んでいくのだろう。

「人間よりも上回ったらどうなっちゃうの?」

なんてこともよく耳にする。
どうなるんだろうか?想像できないよね。

ただ、こんなことも耳にする。

「いざとなりゃ電源切ればいいんじゃない?」
「どうにもならなくなったら物理的に壊せばいいんじゃない?」

私は素朴に思う。AIがそれを学んだらどうするんだよ。

「気に入らなくなったら壊す」ってことを学んだら、それを人間に仕掛けてこない?

私はAIに学ばせていけないことはそれに尽きると思うんだがな。



P.S

もう学んじゃってるか。
今地球は戦争だらけだもんね。

戦争の無意味さもちゃんと学んでほしいところであります。

# 思い出します。映画「ウォーゲーム」





2024年10月12日土曜日

ビフテキ


45年間ビフテキはビーフステーキの略だと思っていた。

本当は「bifteck(ビフテック)」という「ステーキ」を意味するフランス語だ。

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ネットでのヒロイモノである。

一応、ココにメモ。

ただ、ちょっと微妙なのはね、

フランス語の「bifteck」は、英語の「beefsteak」からの造語ということらしいので、

日本人が「ビフテキ」という場合、

フランス語の「bifteck」なのか、
英語の「beefsteak」なのかは、

本人次第ということになる。

もっとも本人がそれを意識して使っているかどうかも微妙だろうけど、、、ね。




P.S

と、知識として知っていても、どーでもいい話題でした。





2024年10月10日木曜日

コヴェナント/約束の救出


すごい映画だった。

およそ2時間、緊張が途切れることなく続く物語だった。

# 以下は、完全にネタバレを含みます。

アフガニスタン戦争での出来事である。

物語は大きく分けて3部に分かれる。

・主人公が敵地を襲い、撃たれて倒れるまで。
・撃たれた主人公を通訳者が敵の中100kmを徒歩で運び米軍に渡す。
・帰国後、回復した主人公が再び現地に戻り、通訳者を助け出す。

物語自体は実話ではなかろう。

けれど、アフガン戦争のいろいろな出来事を知ることになる。

2001年の9.11同時多発テロによって、米国はアフガニスタンへ侵攻する。

しかし、そもそも現地では言葉が通じない。

米軍は現地で多くの通訳を雇うことになる。
映画中では、雇った通訳者数は5万人という。
通訳への報酬は、米国ビザである。

ところが通訳者は、ターリバーンから見れば、裏切者である。狙われる対象にもなる。

この映画の物語では、身重の妻を持つ通訳が、米国ビザ欲しさにとことん主人公を助ける。

けれど、主人公は意識のないまま本国に戻り、主人公を助けた通訳はアフガンに残され、その後は身を隠しながらの生活を送るハメになる。

この映画の物語は、再度通訳を助けるお話になるのだけれど。

現実的には、2021年に米軍が撤退を始めると、多くの通訳者たちは取り残されたことであろう。
そして、彼らは元通訳者であったことがバレるのを恐れ、ひたすら隠れて生活することになったのは容易に想像がつく。

その後、米国も元通訳者たちの国外退避作戦も実施したようだけれど、

言葉が全く通じない他国に侵攻するということは、事後も含めてこんなことが起きるものなんだということをつくづく思い知った映画であった。





P.S

決して、アフガニスタン人=ターリバーンではない。

そんな当然のようなことを改めて思い返しておきたいと思う。






2024年10月8日火曜日

67th誕生日メモ


67回目の誕生日を迎えた。

髪の毛が減ったせいか身長がわずかに減った。(177cm)
体重は、標準(70kg台)をキープできている。
腹回りは、、、1.5cmメタボだ。

名古屋市バス路線ウォーキングは、112回目を迎えて継続中。
この1年の敬老パス使用回数は、231回だった。

47歳から始めたブログも20年になった。
2007年から2019年のブログが移設できていない哀しさ。
2021年からここのブログを使いだし、ここでのアクセス回数は計18,000ほど。

誕生日だといっても平日と何も変わらない日だけれど
とりあえず今日も健やかに生きていることに感謝して。

次の誕生日まで、また頑張りたい。




P.S

やっと涼しくなってきた今日この頃。
秋が好きなのは、やっぱり生まれた季節だからだろうか。

最後も秋で締めくくりたいと思ったりもするんだがな。






2024年10月6日日曜日

採血心得


心臓にステントを入れてしまった私は、年に数回定期的に病院に向かう。

基本的に薬をもらう為に行くようなものだけれど、
血液のドロドロ具合の確認のために毎回採血をする。

# 採血ぐらいしないと、単に与太話で終わってしまうし。

さて、今日の話題は採血に対する心構えである。

巷でよく耳にする言葉がある。

「明日、採血だからカロリー控えめな食事にしないとな。」
「今週、採血だから甘いモノ控えないと。」

バッカも~ん!である。

採血は、学校試験ではない。
そんな一夜漬け的対策をして採血に臨もうなんてのは愚の骨頂である。
なんの為の採血であると考えているのか私には意味フである。

だから採血は、まずいつも通りの生活で立ち向かうべきである。

で、結果、いつも通りのままの生活でいいのか、
いや、このままの生活スタイルじゃダメでしょ、の判断をするべきである。

私の場合、年に何回も採血するので、更には

逆にいつもよりも多めにカロリーを前日に増やしていって

「やっぱこんなに食べちゃダメかぁ。」とか
「このぐらいまでなら、まだいいんだ。」などの判断が出来ようというものである。

でもま、まずは普段通りの生活で臨むべきであるですよね。



P.S

けど、どうにも採血は苦手である。
どうも全身の血管が細いらしく。

前回の採血の時も看護師さんに
「確かにボクはココにいるよって自己主張がない血管ですね。」と言われて笑った。

どうも血管は、性格が出るようである。(きゃはっ)





2024年10月4日金曜日

すずめの戸締まり

ちょっと辛口批評になってしまうけれど、、、。

新海作品であれば、と思って期待して鑑賞に臨んだのだけれど、
どうも、、、ダメだった。

なんというか、、、全編で感じるイライラ。

# 声優のせい?いやそれだけではあるまい。

二人の出会いからの薄さ。
主人公の無鉄砲。
ネコとイスの追跡と格闘の無理さ。
命のやり取りが軽すぎないか?

常にイライラを感じさせられた。

そして、東日本大震災との絡みの甘さ。
なんだかなー、、、。

新海作品なのに、なんとなく中途半端に変な方向へとベクトルが向いてしまったようで残念な作品でした。

、、、となんだか感想を書くのがツラいのでここでボツ。

次回作に期待します。




P.S

そもそも、、、大地震の原因が意味不明な巨大ミミズで、
それをひとりの人間で止められるかもしれないという設定が
なんともワガママな気がして、、、

そこから受け付けられなかった、、、です。






2024年10月2日水曜日

カロリー30%減


Tumblrに流れてきた。

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餌のカロリーを30%減らすと、動物は30%長く生きる。

この結果はなんと、酵母から昆虫、マウス、ウサギ、イヌ、ネコ、もっと最近では霊長類にいたるまで、あまたの動物で繰り返し確かめられている。

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だそうだ。

ちょっとググってみると、確かにそんな記事が目に入る。
まぁ昔から“腹八分目”と言われているぐらいだから、きっとそれは正しいのかもしれない。

けれど、30%減らすって、何を基準に?がよくわからない。

ペットボトルを飲む時には、3割残せってか?、、、無理。
外食で牛丼食べる時には、3割残せってか?、、、無理。
一番わかりやすいのは、やっぱ一食抜くってことかな。

けど、カロリーを減らし過ぎると、逆に太るって話もあったりして、その程度がわからない。

そもそもこの説が米国研究の結果であるのなら、日本人はそもそも米国人よりも30%ぐらい少なくない?
それが日本人の寿命の長さにつながっていないか?いや体格少なめだし。

まぁどんな説が出てきても必ず反論者はいるだろうし、結局は何していいのかわからないけれど、少なくとも満腹にはなるなってことなんだろうな。

何につけても食事を残すことが出来ない私は、、、長生き出来そうがない、、、な。



P.S

はっきりと記憶がある。
私が中学生だった頃、母と母の姉の会話。

「缶ジュースって若者でも満足する量になっているのに、
 歳取った私たちが同じ量を飲んでちゃダメでしょ。」

妙になるほどな、と思った記憶。

けど、それを守っていたのかなぁ。
私の母は、現在96歳である。