フト思い出して、ちょっとだけ書く。
正確な内容か?と言われると、私も自信がない。
要は、本で読んだことがあるだけだからである。
正確な内容か?と言われると、私も自信がない。
要は、本で読んだことがあるだけだからである。
さて、本日のテーマである。
名古屋市には、その中心に、100m道路がある。
道幅100mの道路が東西南北に走っている。
もちろんその100mの道幅そのものが、自動車の走行の為の道幅ではない。
道幅100mの間には、公園もあれば、テレビ塔もある。
名古屋市には、その中心に、100m道路がある。
道幅100mの道路が東西南北に走っている。
もちろんその100mの道幅そのものが、自動車の走行の為の道幅ではない。
道幅100mの間には、公園もあれば、テレビ塔もある。
名古屋も戦後直後は、空襲でこの辺りも焼け野原となった。
戦後の混乱の時期に、市の人間は、まず道路を設定した。
その時に、未来に備えての道幅100mの道路を設定したのである。
さて、なぜ道幅100mの道路を名古屋の中心に東西南北に走らせたか?である。
貴方はご存知だろうか?
貴方はご存知だろうか?
いろいろな噂もある。
将来の車社会を見越して、、、ブ~!
非常時には、戦闘機の滑走路になりうる、、、ブッブ~!
将来の車社会を見越して、、、ブ~!
非常時には、戦闘機の滑走路になりうる、、、ブッブ~!
実は、、、防火対策である。
戦後の焼け野原を見ながら、
どんな火災が起きても、延焼を食い止め、名古屋全域が焦土と化さないように
名古屋の中心のタテヨコに幅100mの空間(道路)を作ったのである。
戦後の焼け野原を見ながら、
どんな火災が起きても、延焼を食い止め、名古屋全域が焦土と化さないように
名古屋の中心のタテヨコに幅100mの空間(道路)を作ったのである。
というお話でした。
P.S
無駄な知識だ、、、なんて言わないでください。
幸せなことに、まだ有事に見舞われていないだけで、
きっといざと言う時には、この道に救われるかもしれないのです。
もっともそんなことにはなって欲しくないわけですが、、、。
無駄な知識だ、、、なんて言わないでください。
幸せなことに、まだ有事に見舞われていないだけで、
きっといざと言う時には、この道に救われるかもしれないのです。
もっともそんなことにはなって欲しくないわけですが、、、。
PM 10:14:28