2025年12月31日水曜日

令和7年が終わる。


今年もいろいろあった。

前半は、子ども食堂で受験戦争にアタフタ。
でも、とりあえず目標は達成できたし。

中盤では、母を亡くした。享年98歳。

後半では、懐かしい母校へ行ってみたり、四国巡りしてみたり、、、
終活っぽいな。

日本の政治は、元気を取り戻したみたいだけれど、
世界の情勢は、全体的に軍拡モードになりつつあって、なんだかモヤモヤしている。

でもま、今は、無事一年過ごせたことを感謝しつつ。

来年もまたよろしくお願いいたします。


P.S

今年の紅白歌合戦は、なかなか楽しめたぞ。

例年は、録画をしながら、追っかけ再生して観る。
倍速にしたり、飛ばしたりして。

けど、今年は、紅白歌合戦放映中に追いつけなかった。
後半が、倍速したり、飛ばせなかったからだ。

いやぁ、懐メロを楽しむ世代にこっちもなってきちゃったのかなぁ。

# けど、懐メロの人たちは、見ていて痛々しい人もかなり居たぞ。

まぁ世ではいろいろ言われていそうだけれど、やっぱり年末は紅白歌合戦を観る爺であります。

# ってか、他に見るものないし。

しかし、昔の抒情的な唄に比べて、最近の唄のなんと哲学的なことか。

今の若者は、難しい世を生きているんだろうなぁ、、、とつくづく思います。





2025年12月30日火曜日

令和7年度 映画鑑賞総括

さて今年も令和7年度 映画鑑賞総括を。

いやこれをメモっておかないと、良かった映画も忘れちゃうからね。

今年もあえて5作品を選択。

基本的に、もう一回頭っからじっくり観てもいいかな、が基準であります。
また、最近はテレビドラマも観るようになって、あへてそれらも含めてです。

今年の傾向としては、ドンデン返し系の映画を選んで見ていたこともあり、
ホラー映画が多めになり、、、

面白いモノもいろいろあったけど、それらをも一回見たいかと言われると、、、ボツなっちゃうな。

で、以下をメモメモ、、、

陪審員2番

  終わり方スッキリしないけど、他人事としてなかなか片付けられない感で。

国宝

  ありきたりっちゃぁありきたりだけど、こういう人間の一生モノに私は弱い。

舟を編む(NHK版)

  いやぁ、楽しかった。何度も観返すシーンも多々。原作を読む気にさせてくれたしね。

50回目のファーストキス

  悲劇も楽しく過ごすことを忘れさせないためにも。

海に眠るダイヤモンド(TBS版)

  軍艦島に興味があったことも手伝って、その半生のドラマが逸脱してましたよ。
  最終話なんか、何度観ても泣かされるし。


今年は、映画のコラム数が53本。ちょっと少なめ。

でも、やっぱ映画楽しいなぁ。

来年もいっぱい観られますように。



P.S

いざ振り返ってみると、数本は、見なくてもよかったよね、そう思うものもある。

けれど、それって見てみなきゃわかんないわけだから、、、。

来年も下手な鉄砲を数討ちますわ、うん。





2025年12月29日月曜日

アンパンマン車輛

さて、帰路である。

JR琴平駅より、岡山で新幹線に乗り換え名古屋へ。

疲れもピークになっており、琴平から岡山までの特急は座っていきたいなぁ。
そう思って、指定席券を購入しようとしたら、横に居た駅員さんが私の代わりに手早く自動券売機を操作してくれた。

# いや、そのボタンを押す手さばきのスピードの速いこと速いこと、流石です。

そして、私に言う。

「なかなか空いてませんねぇ。でもアンパンマン車輛なら空いてますがどうしますか?」

「いや、もう座れれば何でも構いません。」

「本当に大丈夫ですか?」

「はい。」

妙に何回も確認されながら、とりあえず指定席をゲット。

さてアンパンマン車輛に搭乗。


もう車内のすべてにアンパンマンとそのキャラ達で埋め尽くされている。
こりゃ子供たちは喜ぶだろうな。

しかし、その数分後、わかったのである。
駅員さんが妙に私に“アンパンマン車輛”でいいのかを尋ねたわけが。

その理由は、、、

子どもの泣く声、ぐずる声、そして、親たちの叱る声。

とにかくうるさい。(笑)

ただ、ま、他人事だからね。
それでもこちらは、疲れも手伝ってウトウトできましたよ、無問題です。

岡山に着くころ、スマホで新幹線の指定席をゲット。
岡山から名古屋へは、夕飯用に買った駅弁も食べずに爆睡でワープの如きでありました。

これで今回の四国紀行は、終わります。

# 後日、お土産について追記するかも。

いやぁ、ひとりでのんびり旅行、やっぱいいです。

楽しかったぁ。



P.S

国内旅行でも、海外旅行でも、帰ってきた途端に思うこと。

「今度は、どこに行こうかな。」

なかなか行けないのですけどね。

でもせっかく、この歳になって暇があるのだから、またどっか行きます、うん。先もなくなってきそうだし、、、ね。

とりあえずカラダ鍛えておこう。
次の旅行の為の日々の鍛錬はそこにあります。

うん、頑張ろう。





2025年12月28日日曜日

地元産のコンビニ食

今日は観光ネタではないけれど、、、

今回の旅行は、基本鉄道での移動なので、乗車前に何かと駅中をうろつくことになる。

で、駅中のコンビニやお土産もの売り場を徘徊。
ただ、バッグパックなので、かさばるお土産はなかなか買えず。

そんな時にいろいろ目に入る地元の食べ物。
それが、地元産と表記されていると、やっぱここでなきゃ食べられないものじゃね、とつい買ってしまう。

で例えば、下。

高知県産茶葉100%「土佐の番茶」とか
「愛媛県産温州みかん」のサンドイッチ


まぁ感想としては、
番茶は、ちょっと風味が珍しかったかも。
温州みかんの方は、ジューシーで美味しかったけれど、、、そのまま食べたかったかも。

いやいや車中のリッチなデザート食でした。



P.S

私の地元でも、地元産のコンビニ食がある。

けれどいつも思うのは、こう表記するのは、
観光者ウケ狙い?地元愛ウケ狙い?

まぁメーカーはどちらでも売れれば構わないのでしょうが、
こういった地元限定商品を食することが出来るのが旅行の楽しさでもありますね。




 
 

2025年12月27日土曜日

金刀比羅宮・書院


さて、かねてから金刀比羅宮に来たら、絶対行かなきゃね、と思っていた書院。
丸山応挙の障壁画や伊藤若冲などココでしか見られないものがあるわけで。

ところが現在、それらは三井記念美術館へ貸し出し中で不在、ガックリだよね。

# ま、事前には知っていたけれど。

しかし、三井記念美術館での展示は、11月24日まで。
今日は、12月8日であれば、受付の人に聞いてみた。

「今頃、移動中でしょうかねぇ?」と私。
「まだ梱包中だと思いますよ、丁寧に。」

二人で大笑いで。

ただ、そのおかげで本日の入場料は無料。
写真はどこで撮っても良いということでいたる所でパシャパシャ。

その後、庭園眺めながらゆったりと過ごせました。
だって、他に誰も居ないんだもん。
次の観覧者が来るまで居ようと思って、ボ~っと。

# こういう時間、とても大切だよね。

とても優雅な大切な時間が過ごせました。
















P.S

いつも美術展の度に私は宣っている。

襖絵や銅像は、本来の場所で観なきゃダメでしょ。
当時の人間と同じ気持ちになって観るべきでしょ。

けど、、、今回、、、わざわざ来ているのに、、、

ちょっと悔しい。いや、大いに悔しい。









2025年12月26日金曜日

金比羅山登頂

さて、四国観光名所って言ったら、やっぱココが代表格でしょう。

で、今回やっぱり階段に挑戦です。

# 中学校の修学旅行でも来ているはずなんですが、、、記憶皆無。

日頃、ウォーキングで鍛えている成果が問われます。

かと言っても、背中にバッグを背負いながらは、ハンディキャップ大きいよなぁ、と
駅構内にあるコインロッカーにバッグの中身を置いて。

# メチャ空いてました。

 
さて登頂口から上がります。
両側に並ぶお店を気にしながらも、帰りも通るから後でね、と。

お店のおばあちゃんが声をかける。

「ここは、60段目だよー。」

すると後ろからおじいちゃんおばあちゃん達の声が。

「階段が大変だと聞いてきたけれど、こんな緩やかな階段なら平気だよね。」

あの後、どうなったのかなぁ、あのおじいちゃんおばあちゃん。
こっちは、一人なので、マイペースで登れたのが良かったです。

で、御本宮到着。ここまでが785段。
 

今回は、奥社も目指します。

奥社までの道のりは、グッと人数が減って、
すれ違う下りの人に声をかけられながらも、彼らの余裕な雰囲気に対して汗だくの私は

「やっぱ日々の運動不足か、、、。」などと思いながら。

で、奥社到着。ここまでが1368段。
まぁ着いてしまえば、疲れが吹き飛びます。
 

で、拝んで、朱印紙を一枚買って。
オヤツのパンを食べて、ちょっとユッタリ。

さて帰路は、下り。休んだおかげでスッキリ下山。
すれ違う汗だくの上りの人々に余裕で声かけたり。

# そういうことだったのかー、すべてを理解。

いや、これで金比羅山、一応踏破です。


P.S

帰りは、お土産屋さんを見ながら讃岐うどんを。
ついでに金陵の郷で“酒粕ジェラート”を食べて。

これで、四国名所観光は、終わりです。


 
 

2025年12月25日木曜日

ひろめ市場

高知での夕飯は、お知り合いおススメのひろめ市場で。

広い市場のようにいろいろな店が立ち並び、
中央には、基本4~6人掛けぐらいのテーブルがたくさん並んだ大広場。

いろいろな店で好き勝手買ってきて、そのスペースでみんなで盛り上がるってスタイル。

で、混んでくれば、誰もが相席が前提で。

全体の写真を撮ろうと思ったけれど、どう頑張ったって酔っぱらいの個人情報(顔)が写りこんでしまうので、あまり撮れませんでした。

さて、何食べる?
やはり高知でしょ、カツオのタタキでしょ。

ということで、そこで大々的に藁焼きしているお店を選んで購入。

塩とタレがありましたが、迷って選べなかったので、両方で。

それにハイボール。

まぁ基本的に刺身好きな私、ちょっと多いかなと思ったけれど、美味しかったので難なく完食。

次は何を?と思っても、とにかくいろいろなジャンルなものがあって、なかなか選べない。

するとこんなのぼりが目に入った。

いやま、そういうんだったら、と餃子をチューハイとセットで。

まぁ一人だといろいろ食べられないのが残念でありました。

その後、無性にラーメンが食べたくなって、商店街の居酒屋で〆のラーメン(だけ)を食す。

アルコールもちょっと足りない感があって、冷酒船中八策と。

いやぁなんとなくグルメな夕飯でした。
 


P.S

ひろめ市場では、やはり相席に。

こちとら一人なので、どこの席にもぐり込もうかなー、と。
あまり若者と同席してもなー、と自分と同年代のジジババ席へ。

まぁお互い酔っ払いであれば、ひと言声かければスムーズに混じられるのだけれど、
延々とオヤジの自慢話を聞かされたぁ、カックン。

どーせなら「このテーブルは、今〇〇の話題で盛り上がってます。」

なんてのぼりでも立ててもらいたいなぁ、うん。





2025年12月24日水曜日

北川村 モネの庭 マルモッタン


かつてパリに行った時に、ジヴェルニーのモネの家も観光の候補にあがったものの
やっぱ、イチ芸術家の家でしょ、あの睡蓮の画の風景でしょ、
ついつい美術館巡りが優先されて行けなかったんだな。

# パリ素人なモノで。

ところが日本に帰ってきて、四国に町おこしでモネの庭をまねて作った場所がある。
そこは、本家フランスのモネの庭の管理者の力を借りて真似て作り、公式的にも認められている。

ということをテレビで知って、いつかは、、、と思い続けていた場所でもありました。

場所は、高知県安芸郡北川村。
車でも高知から1時間弱ほどかかる、ちょっと難易度が高めの場所であります。
そこを今回もレンタカーで。

まぁぶっちゃけて言えば、有料の庭園の公園であります。

水の庭、ボルディゲラの庭、花の庭の3つのエリアがあります。

# もうデートコースには、最高かもね。

が、園内を歩き回ると、確かに本家を真似て作ったであろうことはよくわかります。

# すみません、あくまでも様々な情報との比較です。

「なるほど~、モネはこんな風景を作って描いていたのかぁ。」

確かに実感できました。
で、写真撮りまくり。

が、如何せん季節が悪い。
もう冬、どちらかと言えば花の季節ではない。

# 木々の紅葉は、きれいでしたが。

睡蓮の花は、咲いていないですし、

# ん?けど二つ咲いているのを見つけたぞ。
 
花の庭エリアも来年に向けての造園準備中。
春夏の季節なら、すごい眺めなんだろうなぁ。

通りすがりのお爺ちゃんたちからは
「今来てもしょうがなかったな。」
などと耳に入ってきましたが、

まぁ私としては、モネの庭のイメージが持てれば充分。

今日は、夜間照明でナイトイベントもありましたが、
残念ながら、レンタカーの返却時間に間に合わなさそうで諦めました。

「いや、それ、モネの見ていたシーンじゃないでしょ。」

そう自分に言い聞かせて。

# でも、ちょっと残念だったかも。

いや、でもマジ来て良かったでした。


P.S

ちなみにここの入場チケットの半券で、本家フランスのモネの庭に入園できるとか。

「いやいやいや、そっちに簡単に行けないから、こっち来てんでしょ。」

ったくぅ。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2025年12月23日火曜日

詩とメルヘン絵本館


今回の旅行で一番来たかったところかもしれない。

私が雑誌“詩とメルヘン”を初めて見つけたのは、学校の購買部だった。
高校生には、決して安くはなかったけれど、買わずにはいられなかった。

きれいな表紙と中は選ばれた美しいイラストと詩。
眺めているだけで癒されたものだ。

当時高校生の私は、とても小説家にはなれそうもないと思っていたけれど、
詩ぐらいなら、と大学ノートに書き綴っていたものだ。

だから、“詩とメルヘン”は、憧れの一冊だった。

# ちなみに詩をハガキで投稿したこともある。
# 当然、“ボツ”ですが。

大学から社会人になっても買っていたけれど、いつの間にか買わなくなった。

たまに実家に帰ると、それらが山になっているのを眺めながら、たまにペラペラ見ながら詩を書く気持ちを維持してたような気がする。

そして、いつの日か、、、捨てられてた。

それから何十年、たまにどうにも見たくなることがある。身近に感じたくなる時がある。
だから、ここでせめてあの頃の表紙だけでも、とやってきたわけであります。

期待通りに、創刊号から全刊が壁に並べられていた。

いつの間にか廃刊になってしまっていたことは知っていたけれど、その刊数に驚いた。
そして、自分が買っていたのは、まだまだほんの前半の一部であったことを思い知らされた。

なんで廃刊になってしまったんだろうなぁ。
世がすさんできたのかなぁ。
自分を棚に上げて、そんなことを想う。

自分へのおみやげに「やなせたかしの世界」を一冊買ってきた。
中に懐かしい表紙の絵があったから、買わずにいられず。


いつまでも無くしたくないな、詩を書く心。

切に思う。




P.S

30年以上前、絵や写真と自分の詩で詩集を作りたくてMACを買った。
初めて自分で買ったPCだった。

ハイパーカードで書いていたものが、
Ditroff、Doc、PDFといろいろ移り変わりながら、やがてHTMLになり、

今は、ブログ形式になってしまって、詩とは程遠い文面になってしまっているけれど、
元は、詩だったんだけどな。

きっと今も私のホームページのディレクトリのどこかに昔書いた詩が残っているはずなんだけどな。





2025年12月22日月曜日

アンパンマンミュージアム

ついこの間まで、朝ドラ“あんぱん”を見ていて、アンパンマンが懐かしかった。

私は、雑誌“詩とメルヘン”を創刊号から持っていたので、
今と全然違う初期の頃のアンパンマン時代からリアルタイムで知っている人間である。

更には、以前東京で私の部署がフォンテーヌビル(いずみたく氏のビルね)の2階に入っていたので、やなせたかし氏と廊下ですれ違うこともあった。

そんなこんなでいろいろ馴染みが深い。

で、やはり来てみたかったアンパンマンミュージアム。

いやぁ子ども達も多いけれど、若い人、中年もかなり居たのは、やっぱ私と同じノリかもしれない。

しかし、子ども達が遊びまくっている風景は、やっぱいいなぁ。
親子が一緒になって遊んでいるシーンもなんとなく懐かしい。

私にもそんな時あったよな。

子ども達にとっては、遊びに夢中になれるところだけれど、
大人にとっては、少なくとも私にとっては、もういろんな意味でただただ懐かしさでいっぱいのアンパンマンミュージアムでありました。

孫たちを連れてきたかったな。



P.S

作ったキャラクターの数でやなせ氏はギネスに載っているとか。 
で、記念にこんなハガキを記念に購入。

写真を撮るとどうしても子供たちが写ってしまっているのでココには上げないけれど、
絵ハガキはいいですよね?

けど、この何倍になるんだろうか、作られたキャラクターの数は。