2007年12月13日木曜日

イヤミな警報機

私の会社の警報システムが新しくなった。
各フロアの各々の会社の退出時に最後の人間が警報をセットするのである。

セットするのは、自分のカードを差し込むだけなのだけれど、
その時、この警報機は、女性の声がスピーカーから流れる。

退出時、カードを入れると、
「警備を開始します。」

朝、入室時には、
「警備を解除します。」

まぁ、この内容は、以前の警報システムも同じだ。
けれど、今回新しくなって、ひと言が追加された。

すべてのフロアの会社が退出し、ビルの中の全く最後の退出者になった時にカードを通すと、この冷たい女性の声がひとこと告げる。

「あなたが最終です。」
「はいはい、そうですよ。」
思わず答えてしまう私。

”あなたが最終”と聞いた途端、間違いなく自分の疲れが増幅されたのがわかる。

まったく、、、余計なお世話である。



P.S

この冷たいセリフを聞く機会が結構多い私である。

先日、現場で徹夜明けの時に、会社に戻ってきたら、
他のフロアには、まだ誰も居ない。

ビルに初めて入る人間は、きっと何か気の利いたことを言われるのではないか、
と期待してカードを通した。

そしたら、、、ただ、「警備を解除します。」だった。
せめて「アナタが一番です。」ぐらい言ってくれたって良さそうなものじゃない?

イマイチ気の効かない警備システム設計者である。




2007年12月12日水曜日

今日は、高松主張であった。

名古屋からの日帰り。

新幹線のおかげで、高松日帰りも東京出張と大して変わらない感がある。
新幹線で岡山まで行き、そこでマリンライナーに乗り換えて瀬戸内海を渡る。

今年就職した息子は、岡山に住んでいる。
マリンライナーに乗り換えると、やがて息子の住んでいるであろうアパートの近くを通るはずだ。

以前に一度、立ち寄ったことがあるものの、場所も外観もしっかり覚えているわけではない。
けれど、その辺りを通過する時、何気に窓の外の風景の中に息子のアパートを探している自分があった。

まったくあてもなく、ただ、何かを探している自分に気がついた。
やがて、間違いなく通り過ぎたであろうことがわかると、
特に何もすることもなく、カバンから小説を取り出して読み始めた。

しばらくすると、次に到着する駅名がアナウンスで流れた。
「そうだ、息子の彼女は、ここに住んでいるんだっけな。」
そう思うと、小説を読みながら通り過ぎるわけにはいかない気がした。

ふと、本を膝に伏せて、窓の外に目をやる。
彼女の家が、車両のどちら側なのかも知らない。
そもそも、電車から見えるところにあるのかどうかも知らない。
けれど、精一杯車両の両側と、今、目に見えるすべてのものを見た。

彼女の家は、今、私の網膜に写っただろうか?

何か私は、とても人間関係の儚い人間であるような気がした。
相手が成人した人間であるならば、そんな関係で充分じゃないか、とも思った。


P.S

けれど、その時、私は、淋しくなんかなかった。

何か、とても幸せな気分に包まれていた。




2007年12月11日火曜日

実験観察結果報告Ⅲ

# ただ、実験者は、実験のつもりはないと思われ。

とうとうここまできた、、、

という報告である。

前回の報告は、こちら。


P.S

こうなりゃ、数年後の報告が楽しみである。




2007年12月10日月曜日

紅葉を、、、切らねばならぬつらさ

この時期になると、いつも思うことがある。

# しかし、ホントに毎年書いてるな。

街中に植えられた木々たち、、、
真っ赤なモミジや真黄になったイチョウの木々を見ていると、
春から夏にかけて、活き活きとした緑の季節が終わり、
木々の葉々達は、寒さに耐えながら、必死になる為に
その葉の色が変わってしまうのではないか、、、と。

そして、やがて枝につかまる力さえも失った時、
その力弱きものから地上へ落ちてゆくのだ。

それが人生、うんにゃ、木生と言えば、それも仕方のないことかもしれない。

けれど、街中の木々は、掃除が大変だからと、下水道が詰まるからと、
何とか、枝にしがみついている葉々達も切られてしまう。

もちろんその作業の恩恵を受けているであろう私は、
その行為に何も言えないのだけれど、

その作業を見ているのが何ともつらいな。



P.S

何を今更、、、

映画「いのちの食べ方」も観に行く勇気がなかったくせに。

この季節、いろいろなことに自分が沁みる。心が沁みる。




2007年12月9日日曜日

ボーン スプレマシー

やっぱ、カァッコいいなぁ、ボーン。

このおじさんは、ミッションインポッシブルのトムクルーズよりも
何となくボーンの方が好きだな。

とんでもないハイテク機器も一瞬現われたりするけれど、行動に素手性が高いから、とてもすごいと思うのだ。
けれど、、、

彼の収入はどうしているの?
何ヶ国語が理解出来て話せるの?
なんでそんなに頭がいいのよ?
運もとっても強いし。

まぁ、それが備わっているから、映画になるのだろうし、魅力いっぱいなのであろう。

けれど、、、記憶喪失で苦しんでいるボーン君の気持ちがイマイチ理解できないな。
昔の記憶がないってことは、無理に思い出そうとしなくても済まない?
昨日の夕飯も思い出せなくても平気なオヤジは、君の苦痛が理解できなくてごめんナ。

もっとも命狙われるんじゃぁ、思い出したい気持ちもわかるけど。
残りの人生、心静かに過ごせるといいね。

このオヤジは、素直にそう思ったのでありました。



P.S

実に私、一作目のボーン・アイデンティティーは、映画館で観た。

二作目の本作品が映画館で上映された時に、なんだ続編かい、また続くんだろっ、その手に乗るもんかい!
と、映画館に足を運ばなかった。

が、今上映の三作目の評判が高いと知って、映画館で観たいと思ったため、
あわてて二作目をDVDで観る始末。
情けないオヤジである。

ボーン君の思考・先見性・緻密さ・そして行動力。

爪の垢でも欲しいところである。



2007年12月7日金曜日

『大使たち』 を斜め下から見る。

# 今日は、美術ネタである。

『大使たち』は、ハンス・ホルバイン作である。

さて、だまし絵としても有名なこの絵画、実に斜め下からの撮影に成功!

# これも大塚国際美術館ならでは、、、である。

だって、そもそも通常、撮影なんて無理っしょ。
仮に本物の展示があっても、壁にはりついて、斜め下から見ることもなかなか出来ないっしょ。

そこをカメラを壁に近づけて撮影。
うん、確かにちゃんとしたドクロが見える!

だけれども、イマイチすっきりしなくて、PHOTOSHOPで画像処理してみた。
こんなにきれいなドクロが浮かび上がるんだぁ!

以上、美術ネタ観察実験結果である。




P.S

今回の観察における失敗。
写真を見てもお分かりのように、反対から見ていた女性が居た。

反対から観たら、どうみえるんだ?
見忘れた。

もっとも画像処理してみて、どのように見えるかわかったんだけど、、、ね。
教えてあげないもん。 エヘ。



2007年12月6日木曜日

夜に蠢く人々

注意:いやなに、タイトルからマイナーなことを思い浮かべないでください。

今日は、鉄道関係のシステム導入で徹夜となった。
その路線の終電から始発までの間に終わらせなければいけないというので、
作業開始が0時過ぎで、朝までの突貫作業である。

夜通し作業は、最近かなりなくなった。
景気によるものもあるけれど、そもそも体力が、、、

# そのくせ、金曜土曜は、寝るのは朝のクセにね。

けど、初めて就職する時に、決して9時~5時が保証されている会社には、入りたくないと思ったものだ。
たまには、徹夜があるような、そんな職に就きたいと思っていた。

けれど、いざそんな仕事になってみると、、、やっぱ辛いわね。
確かに種子島でロケット関係の仕事をしていた時も朝早い作業開始などがあったけれど、
その時はその時でやっぱり起きるのが確かに辛かったなぁ。

けれど、やっぱりそういうのも好きである。
今の会社でも納期ギリギリや、実験やトラブルシュートで、気がつくと、、、朝。という日も結構あった。
そういう時は、夜って早いんだよね。朝までアッという間だもんね。

いかん、話がどんどん逸れていく。戻す。

ただ、夜に作業していると、結構、その時に蠢いている人がいることを知る。

深夜夜間早朝に線路を点検している人がいる。掃除をしている人がいる。
太い道路を通行止めにして、高速道路の橋げた工事をしている人がいる。

みんな、昼間人間の活動を妨げない為の時間シフトだ。
昼間人間が朝一番の新聞を読むためにも、
まだ暗い中、新聞配達の自転車やバイクが街を走り回る。

私もどちらかと言えば昼間人間であるけれど、
その昼間人間のスムーズな動きの為に、夜間人間が街で蠢いてくれていることも忘れてはならないな、、、そんなことを感じた。



P.S

徹夜と言っても朝6時頃から寝た。
9時になったら、携帯が鳴り出した。

結局、そのまま1日仕事にハードに引きずられ、今日一日が終わった。

疲れと眠気でなんとなくハイである。
さぁ~って、飲みにでも行くかぁ!


2007年12月4日火曜日

傾いた世界 自選ドタバタ傑作集②

筒井康隆である。

先日チラッと書いたNODAMAPの
「THE BEE」の原作「毟(むし)りあい」が含まれているので、
芝居と原作との違いを知りたくて読んだ。

まぁ、「毟りあい」と「BEE」は、殆どまんまであった。

さて、傑作選だから、他にも短編が何話か含まれていて、
せっかくだから、と最近になってサラッと読んだのだけれど、、、

若い時には新鮮な気がして読んだ筒井康隆も、いざこちらも歳をとったら、
何だか妙にこちらの体が受け付けなくなっちゃってることを発見。

若い時には、こういう話は、面白かったんだけれどなぁ。
ちょっと残念な気がした。


P.S

というか、自分が枯れだした証拠かもしれない、などと思いついたりもして。

ちょっと悔しい気もした。


2007年12月2日日曜日

大塚国際美術館

とある機会を得て、行ってきました大塚国際美術館

場所は、四国の徳島。
なんと名古屋からバスで日帰り決行。

片道4時間のバスツアー。
けれど、先生の解説付で鑑賞も連続5時間。

このツアー、やっぱり平均年齢が高いわけだけれど、
そんなのみんなヘッチャラだもんね、すごいと思う。

さて、ちょっと感想を。
この美術館、いわゆる偽物の美術展示館である。

本物の絵を撮影してきて、陶板の上にコピーして作られている。
ただ、すごいのは、まず大きさが実物大であるということ。

# だからどうしても継ぎ目が見えちゃうのが残念。

更に言えば、その展示数の多さ。
建物も広い。
延べ床面積では、つい最近、国立新美術館に抜かれてしまったということだけれど、
それでも2位。私立では、当然1位。
ちなみに総工費は、400億円とのこと。

# ちょっと興味本位で館人に内訳を聞いてみたら
# 100億の建築費と300億が複製権利取得などのためとか。
# なっとく。

まぁ、有名名画が有り得ない状態で隣り合って並んでいたりするのが面白い。
最近の話題は、やはりシスティーナ修道院の再現であろう。(写真下)

ここは、ちょっと位置が高くて触れないけれど、どこでも写真が撮れるのが楽しい。
私なんか、モナリザをはじめ、有名名画と写真を撮り、更には、手で触ってる写真を撮ったり。
結構、低次元な楽しみ方もしてしまった。

# オメー、何しにいったんだ?

最初は、「あっ!あの絵がある!」なんて近くに駆けていって観たのだけれど、
正直言うと、所詮偽物である。所詮タイルである。
あまり感動はない。

けれど、先生に連れられて、解説を聞いているうちに惹きこまれた。
例えば、図像学をはじめとする絵の解説を受けるには、それで充分である。

今まで写真でしか観たことなかった絵についても
「へぇ、この絵ってこんな大きさだったんだぁ。」と初めて知ったことも多い。

確かに実物ではないけれど、少なくともその絵を味わうことは出来る。
だから頭がそう切り替った瞬間、この美術館の存在の大きさ・大切さを感じたりした。

歩き続けること5時間。休む間もまったくなかったけれど、
私は、充分楽しめた。

まぁ、美術に興味のない人にも、
一度くらいは、お奨めできる美術館である。

ホームページは、こちら。

あえて、個人的な問題点を上げれば、、、
海外で見てきた自分の記憶と違いが生じること。

この絵、こんな大きさだっけ?
ここの色って、こんなに鮮やかだったっけ?

人間の記憶なんて、曖昧なものである。
そういう意味では、自分の本物を観た時の記憶が相当塗り替えられてしまった感がある。

# 正確には、補正されたのかもしれないんだけれどね、



P.S

ん?アンタそんなものに興味あったの?
私にそう質問をぶつける方も多かろう。

私の美術鑑賞趣味は、聖教画から始まったのである。
本来、聖教画とは、言葉も何もわからない人に、
絵でもって聖書の教えを伝えることに目的がある。

ちなみに私は、3歳の時に聖母幼稚園という教会の脇にある幼稚園に入園した。

# ちなみに学芸会の役は、イエス誕生の元に訪れた
# 三人の博士のうちの一人であったりする。

そこで遥か50年ほど前に、それこそ文字もわからぬ私は、幾度も聖教画の説明を受けた。
何点かがトラウマとなって、私の頭の奥深くに刻み込まれている。

当然、その後の人生の行き方にも影響を受けている実感がある。
が、40年後、その聖教画の中には、より深い意味が込められていることを知った。

それに関わる学問を図像学という。

無意識のうちに私の中に埋め込まれた何かを知りたくて、
今は、美術鑑賞とその学問の世界に入っていったのである。

まぁ、この辺のことは、またいつか。

# そういう意味では、何せ、聖教画と私の関係は、実に50年にも及ぶわけで。
# が、その後、中学高校と浄土宗の学校に入ったおかげで、
# 私のこの複雑なキャラ・価値観が出来上がってしまった事実も認めざるを得ない。



2007年12月1日土曜日

懐かしい?落ち葉掃除風景

朝早く、小さな子供二人が歩道で落ち葉掃除をしている。
 
小さな体の二人が大きな竹箒を持って。
 
横でおばぁちゃんに指示されながら、
 
一生懸命落ち葉を集めている。
 
まぁ、彼らの掃除の効果は、如何ほどかわからないけれど、
 
何か、最近見られなくなったシーンのような気がして、ちょっとうれしかった。
 
 
P.S
 
写真に撮ろうかとも思ったけれど、ちょっと迷って辞めました。
 
それは、写真に撮るほどのことではないのでしょ?
 
そこまで珍しがる自分が、ちょっと哀しすぎるような気がしたから、、、。