2026年8月31日月曜日

暗幕のゲルニカ

再び、原田マハ。

今回の構成も“楽園のカンヴァス”のように章ごとに現在と過去を行き来する。

今回のネタの対象作家は、ピカソ、そして、“ゲルニカ”

まぁ所詮基本フィクションであれば、物語として楽しめるわけだけれど、

過去のパートについては、その作家の生きざまが垣間見れるのが原田マハの真骨頂であろう。

今まで、ピカソと言っても、漠然とその様子、ウワサなどからイメージしていたわけだけれど、

ここまで詳細にドラマ化されれば、そのイメージは明確なモノへ変換される。

# それがいいのかどうかに不安が残るわけだけれど。

けれど、どーせ自分では調べきれないものであれば、

いっそ原田マハのイメージに乗っかってしまおうということにもなるわけで。

# いや大河ドラマだってそういうものでしょ。

そういう意味では、今回極めてピカソが身近に感じられたのは良かった。

現在パートについては、完全にフィクションがミエミエなので

ま小説として楽しめれば良いと思っているけど、

ちょっと今回は血なまぐさいシーンがあって、残念だったな。

苦労・困難さを強調させるには、手っ取り早かったのかもしれないけれど。

なので、どちらかというと私はやっぱり過去パートを読むのが好きであります。

過去パートの最後が、みんなそれぞれどうなっていったのかが気になりますが

それは自分で調べろよっ → 自分へ。

いや、面白かったですよ、今回も。



P.S

各章ごとに過去と現在を行き来していると、

その章での終わり方が比較的スッキリしているので、

「今日はここまでにしておこ」と思ってしまって中断することが多かった。

なので、読破するのに妙に時間がかかってしまった一冊でありました。





2026年8月29日土曜日

ハンナとその姉妹

1986年の米国もの。

監督と脚本のウディ・アレン。

かつては、評判が高かったようで視聴に及ぶ。

ジャンルは、コメディ、、、なの?

# ほとんど笑えなかったぞ。

ニューヨークの3姉妹の物語である。

けれど、、、なかなかスルッと流せない話ばかりで、私には。

長女と別れて、次女と結婚したり、

三女は、小難しい画家と同棲中、

今の長女の夫は、三女と不倫、、、

もうゴチャゴチャやんケ。

それに、こちらも金髪女性の識別に慣れていないので

ん?長女?次女?なんて混乱しながら、その役柄・性格で判断する必要もあったり。

麻薬、不妊、宗教も絡んで、そんなんでなかなかコメディーにならないよ、私には。

# 頭が固いんだろーか、ワ、タ、シ。

まぁ、映画としてのやりとりを見ているには楽しかったけれど、

全然、面白くなかったんだけどな。

というわけで、世の評価が意外に高いのが私には不思議な一作品である。

まぁ、ウディ・アレン作品だからなんだろーな。



P.S

本来ならドロドロをサラッとハッピーエンドに仕立てて終わらせるところが

そもそも納得出来んのだよ、古い人間にはさ。

ぷ。






2026年8月27日木曜日

十四代


お酒ですよ、お酒。

いや、ただ、飲んだぞぉ~と

自慢したかっただけです。

では。



P.S

いくら?って、、、忘れました。

# あは。






2026年8月25日火曜日

夏の一枚


付知峡にて。

パシャッ。

見てるだけで涼しくなりません?

渾身の一枚であります。




P.S

何も買いませんでしたが。m(._.)m








2026年8月23日日曜日

浮草

“浮雲”じゃなくて“浮草”?

どんなん?

とフト借りてしまった古い日本映画。

1959年の映画であります。

冒頭から、旅芝居の一座の物語?

“伊豆の踊子”のような?

と何気に頭に浮かんで期待したものの、結構なドロドロ愛憎物語でありました。

古い映画には、つい古き良き時代の風景を探してしまいますが

ほぼ全編タバコ吸ってるし、発する言葉も、行動も、、、なんだかなー。

あらすじについては、Wikiに任せるとして、

やはりオトコの身勝手さばかりが目立つこういう物語は好きじゃないけど

昔は、こんなんばっかだったんだよなぁ、とつくづく。

全編にどうもセリフの棒読み感がありますが

けど、そのまま約2時間、ダレることもなく観られたのは

やはり小津安二郎監督の所以か?

おススメには至りませんが、見といてよかったかも。



P.S

京マチ子、若尾文子、野添ひとみ、、、みなさんお綺麗でした。

私が物心ついたころには、既におばさま方でしたが、

なるほど、私の親世代に人気があった理由がよくわかりました。






2026年8月21日金曜日

AIは、自分探しをしたりするのだろうか?

ちょっと試しにネット上のAIに画像を作らせてみた。

あっという間に何らかの結果が出てくるのは、流石です。

ただ、細かく見ればやっぱりAI作画画像だ。

で、AIに問うてみる。

「もうちょっとAI画像らしくない画像にしてくれる?」

どんな命も受けてくれるAIは、ある意味心優しくうれしい。

そして、それなりに結果を出してくれるから、またスゴい。

言われれば、自分らしいモノを打ち消して実行する気概に感心したりして。

凡人にそういったことが出来るだろうか?

そもそも自分の欠点に気がついてなかったりする。

そもそもそれを欠点と思っていなかったりする。

それを直しなさい、って言われて、直せます?

精神論においても、きっとAIは学習しているんだなぁ、

そう思うにつけ、やがて人格的にも勝てなくなるような気がするんだがな。



P.S

「もう、友達になるなら、AIは最高の友ですよ。」

と書くと、アブナイオヤジと思われちゃうんだろうな。





2026年8月19日水曜日

イグアナの娘

先日、ちょっとこのタイトルを耳にして

萩尾望都ファンとしては、読んでおかないとな、とブックオフでポチっ。

本のタイトルは、「イグアナの娘」だけれど

構成は、全く別の短編が6話。

タイトルのイグアナの娘も50ページほどの短編だった。

ほとんどの作品がある種の思春期ネタだったりするけれど、

この手の物語は、読者の年齢によって感じ方が違ったりするような気がして

なかなか深そうな気がするな。

どうも「イグアナの娘」以外は、私の中ではうずもれて記憶に残らなさそうな気がして残念。

でも、そのままブックオフに戻す気にもなれないので、本棚に入ります。



P.S


「イグアナの娘」って有名だよ。テレビでもやってたよ。

という人間が現れた。

どうする?観る?

んー。





2026年8月17日月曜日

ワンダーウーマン

アベンジャーズの後編の冒頭にアイアンマンを救った女性って誰だっけな?」

ふと、そんなことを思い出した時に思い浮かんだのが

「ワンダーウーマンだっけな?」

# 違うんですけどね。
しかし、その時にワンダーウーマンなる名前を思い出したものの

ワンダーウーマンなるものをまったく知らないことに気がついた。

で、こりゃいかん、とDVDをレンタル。

が、やはりワンダーウーマンは、ワンダーなウーマンでした。

そもそも女神なんですね。

最近は、ゼウスの娘、、、とか。

# まじか。

女性だけの世界で育ち、やがて人間世界にやってくる。

# 女性だけの世界で生まれたん? いや女神ですからね。
 
人間の世界がよくわからないながらも、
この世界に来たら圧倒的なパワーを持っている、という設定が

この物語を面白くしている要因でしょう。

しかし、神ならば、なんでもありじゃん、と思いがちですが、

米国コミックって、いろいろ神系キャラが出てきても

戦いに苦労するってのが、定番ですから、よくわかりませんわ。

やっぱギリシャ神話に関する知識が無さ過ぎですね、私は。




P.S

ちなみに、アベンジャーズの後編の冒頭にアイアンマンを救った女性は

キャロル・ダンヴァースです。

日本人は、知ってる人少ないと思うんだがなー。





2026年8月15日土曜日

アンドリュー・ワイエス展

これも日曜美術館で知って楽しみにしていた企画展。

やっと地元近くにやってきたので行ってきた。

正直言って、昔から興味があったわけではない。

中世美術中心だった私としては、名前こそ聞いたことある程度で

画と名前が結びついてないし。

で、テレビの日美で詳細を知った。

まぁリアリズムの絵画は、その精細さに感心はするのだけれど、

その画の持つ意味を探るのがなかなかムズい。

そういう意味では、それぞれの画の横に提示されている解説文に感心してしまう。

その考察は、本人が表明したモノなの?

それとも学術員の考察文?

なるほどなぁ、と思いながらも、それを前提にすると

一枚一枚が実に重く深くなってしまうのが何とも複雑な気分である。

今回の展示は、その半数近くがオルソン・ハウスに絡む内容だった。

それで充分彼の画力はわかるけれど、

だからこそ、もっと他の世界の画も観たかったな。

音声ガイドのナビゲーターは、吉瀬美智子。

やっぱガイドの裏には音楽があるといいな。

画に合う曲選びもきっと大変なのだろうけれど。



P.S

しかし、アンドリュー・ワイエスの画は、

誰かの解説無しでは観られなくなってしまった感もあり。

それって、いいことなのかぁ?






2026年8月13日木曜日

苗木城跡

ぶどう狩りの帰りについでに。

世は、インバウンドのせいもあってお城ブームと耳にする。

私はと言えば、いろいろお城巡りもしているけれど、そんなに熱烈な興味はない。

どちらかと言えば、天守閣からの眺め見たさの方が大きいかも。

だから、お城自体の歴史とか、仕掛けなども、どうも見流し気味である。

今回も、帰り道だからと寄ってみたけれど、
着くまでは、所詮、城跡でしょ?なんて思ってたけれど、
その情景を見て、実に驚いた。

いや実に建物は、ほとんどない。
まさに城跡のみである。

けれど、その眺め、配置、経路、まるで撮影の為に作った超大型セットのよう。

逆に、そのなにも無さの丸裸の眺めに、妙に感動してしまったのでありました。

眺めもいいし、私としてはおススメなんだけどな。

# やっぱまた変人と言われてしまうのかも?



P.S

いやマジ、、、

ちょっとお城巡りよりも、城跡巡りにハマってしまうような、よ、か、ん。

上の写真じゃ小さくてその想いが伝えられなくて無念であります。