2012年3月31日土曜日

大空振りのエイプリルフール前日。

3月30日金曜日は、業務上、いわゆる今期の最後の日である。

契約上の期末ギリギリの伝票処理をなんとかこなし、

会社での一日を終えた。

今年も3月を乗り切ったぁ、、、自分としては、達成感満載だったり。

そして、会社を終え、花金をたっぷり味わい帰宅。布団に入る。

次の日の朝、目覚めて思う。

「お、3月も昨日で終わった。今日から4月だ。

 エイプリルフールメールをばら撒かなきゃ。」

でもって、布団の中からホラメールを送った。

さて、起きるか、、、で起き上がった瞬間、カレンダーが目に入った。

「は?まだ3月じゃん。こりゃぁ~てぇへんだぁ!」

送信履歴から、再び、訂正メールを送るハメに。

なぁ~にやってんだか、この老いぼれオヤジ。

明日からは、ちゃんとしよう、、、そう心にとりあえず誓って。



P.S

どんなメールを送ったか、って?

そんなん言えませんがな。






2012年3月29日木曜日

老いては負うた子が、、、重い。


私は、腰痛持ちである。

常に痛い訳ではなく、何年かおきにその刺激が訪れるのである。

その痛みは、突然やって来て、容赦なく私を襲う。

その時は、だいたい会社に居るので

座って居るのがツラくなってきて、半休を取って、家に戻って横になる。

横になって、寝ていれば、痛みは静かに去ってゆく。

動けなければ、そのまま寝込み、いつもよりタップリ寝込む。

朝になると、「おっ、治ったんじゃないの。」

そう思って、起き出すのだけれど、しばらく経つと

「あ、テテテテっ。」まともに動くことも出来ず、結局、休むことになったり。

後は、"日にち薬"に頼るしかなく、ただただ痛み止めで乗り切るのだけれど

その時、いつも思い出すのは、ターミネーターのあの格言、、、

「痛みは、切り離せる。」

で、それに挑戦してみる。

# なんとなく出来そうじゃないですか。

で、まぁ、やっぱり自分の凡人さを実感するわけですが。

ですが、まぁ何日も会社を休む訳にはいかないので

結局、痛み止め薬を飲みながら、ダマシダマシ出勤する。

と、ところが、、、

# 今日書きたいのは、ココからである。

例えば、突然の来客がある。例えば、お客様に突然呼びつけられる。

で、テンテコ舞いの状態になると、、、

なんと、痛みを感じなくなるのだ。

精神が、痛みを凌駕する、というか、痛いと言っているヒマがなくなるのだ。

それは、まさに、「痛みが切り離された」瞬間であろう。

で、後で思うわけだ。"やりゃぁ出来るんジャンさ"

けどなぁ、自分で制御出来ない凡人の情けなさよ。

ふぅ。



P.S

ちなみに私の腰痛は、要は、、脊髄がズレているところがあるのである。

で、たまに神経にあたるんだろうな。

痛みが長い時があると、行き付けの病院に行ってみる。

私は、お医者さんに訪ねてみる。

「一番最初の時は、いつでしたっけ?」

お医者さんは、カルテをペラペラめくって、教えてくれる。

「え~っと、最初は、○○年前ですねぇ。」

そして、必ずついでに読み上げてくれる。

「息子さんが階段から落ちそうになって、助けようとしてグキッとした。」

って書いてありますよ。

そんなこともあったかなぁ、、、。

ちなみにその時の息子は、大学生。既に体重は70kg以上だったはずだ。

ふと頭をよぎることわざひとつ

「老いては負うた子に教えられて浅瀬を渡る」

もう、息子は負えませぬ。

んだ。




2012年3月27日火曜日

某薬局の店頭

写真は、繁華街の某薬局の店頭の写真である。

つい撮ってしまったのは、

よくこれだけの商品を、無人で店頭に並べておけるか?について。

日本ならではの光景か?なんて言うと、国際的な偏見だろか。

まぁ、何はともあれ、日本の平和を味わって。



P.S

いやいや、その程度の損失は、見越しているよ、

なんて無粋なセリフは聞きたくないぞ。






2012年3月25日日曜日

TIME

タイムパラドックスが好きな私は、

要は、時間モノのお話が好きなのである。

けれど、今回のこの映画は、ちょっとばかし違うような気がしたけれど、

やっぱり外せないよね、ということで鑑賞に及ぶ。

まぁ、わずかにネタを書いてしまう。

要は、この映画、今の世の"お金"と"時間"を入れ替えてしまったお話なのである。

ただ、"お金"と"時間"を入れ替えてしまっても、

生活が大きく変わらないことが面白く出来ている。

ただ、致命的に違うのは、"時間"は、時間の経過とともに

刻々と減っていってしまうことである。

そして、それが無くなれば、当然死んでしまう。

したがって、働いて働いて"時間"を稼ぎ続けなければいけない。

食べるためにも、バスに乗るのにも、物を買うにも時間が必要である。

ただ、人と人との間で、受け渡しも出来るのである。

そうなると、当然、ギャングが現れる。ギャンブラーも現れる。

# ま、ある意味、それもお金の世界とたいして変わらないのだけれど。

当然、"大金持ち"、ちゃう、"大時間持ち"も出てくる。

彼らは、或る意味、無限の時間を持つわけだから、不老長寿となる。

そして、問題なのは、物価の変動だったりする。

# とこれ以上書くと、ネタバレだな。

出演者は、全て25歳以下だったりするのが笑えます。

しかし、

ここまで読んでくると、結局は、ストーリーが全然訳わからないでしょ?

では、いざ、映画館へ。

# っつーか、このコマを書く時まで、上映映画館がまだあるかなぁ。




P.S

つくづく考えさせられるのは、

今の世は、人間は寿命という形で時間の期限がくる。

そして、それ以降は、あの世にお金は持っては行けない。

一方、この映画の世界は、お金、ちゃう、時間さえ稼げば、死ぬことはない。

どちらが良いかという議論は、長くなるのでここではパスするけれど、

今の世の摂理は、なかなかうまくできていることをつくづく感じたのでありました。

# ま、或る意味、当然っちゃぁ当然なんですけどね。






2012年3月23日金曜日

大器晩成の残りの時間について


飲み屋でのお話である。

カウンターの隣のオヤジ連中が話している内容が面白かった。

「オレは、大器晩成タイプなんだ。」

「オマエ、晩の時刻はもう過ぎてるだろ。」

「いや、まだまだこれからだ。」

「この世を去る瞬間に、大器になっても仕方が無いだろ。」

そんなこんなの会話である。

そう考えると、"大器晩成"なる言葉、単なる励ましの台詞にしか

過ぎないのかもしれないなぁ、とつくづく思えたり。

そもそも"大器晩成"なる言葉は、若者の単語である。

オヤジの世界では、いつのまにか不毛な単語となる。

ま、もっとも、大器とはどのようなモノを言うか、の定義も曖昧であるからして、

或る意味、いつまでも希望の持てる、

いや、いつまでも言い訳の出来る、四字熟語ではある。

けれど、このオヤジは、若者に言いたい。

君達は、大器晩成なる言葉に甘えてはいけない。

「大器晩成」ということわざには、

無限に大きい器は、永遠に出来ない、という例えもある。

目の前にある目標に、前に進め。たゆまず進め。

「大器晩成」なる単語は、君らには無縁のはずだ。

がんばれ。



P.S

晩年となった私はどうかって?

いやいやまだ、目指してますよ、大器を目指して。

残りの人生、明日は今日より、明後日は明日より、

僅かでも大きな大器を目指して。

大器の前提が、私固有なモノかもしれないけれど、

無限の大器を目指して、お互いに頑張りましょうね。





2012年3月21日水曜日

骨髄の賞味期限


かなり前に骨髄バンクに登録した。


# そんな記事をブログに書いた記憶があるのであるが、
# KYなコメントを落とされて、不快になって記事ごと消してしまった記憶もある。

で、とうとう来たっ。

『骨髄ドナーコーディネートのお知らせ』である。

まぁ、とりあえずは、"あなたの骨髄を必要としている人がいるよ"的なお知らせであろう。

その知らせは、同時に何人にも送られる。同じ適合者に。

骨髄の移植にあたっては、現在の検査のほかにも家族の同意だとか諸々の調査があって。

何ページにわたるアンケート用紙が入っていた。

まぁ、世の中のどこかに、たった今も生死をさまよい

生きる為に必死になっている人が居るのであれば、

その為に自分の骨髄が役立つなら、

痛いだ、ツラいだ、その程度のことをガマンしないでなんとするっ。

そんな気持ちを奮い立たせて、記入。

そして、ポストに投函。

しばらくして、電話がかかってきた。

それはそれは丁寧に。

だけれども、それは丁寧なお断りの電話でもありました。

残念ながら、私のような(過去5年以内の)腰痛持ちからは、やはり骨髄いただけません。そんな電話。

というわけで、残念ながら、私の骨髄の賞味期限は、終わっていました。

で、55歳の誕生日を待たずに、骨髄バンク登録抹消となったわけでありました。



P.S

でもまぁ、ある意味きっと、私が落選したのであれば、

きっと私と同型の活きのいい骨髄が手に入ったのであろうな。そう信じて。


どこかに居る私と同型の骨髄のドナーさんへ。

もう私はお手伝いできませんが、あなたの気持ちにエールを送ります。


どこかに居る私と同型の骨髄のレシピエントさんへ。

頑張って!

少なくとも私と同じ骨髄の型の人間は、きっと生きることにしぶといはずですから。

それは、私が自信を持って証明します。

だから大丈夫、きっとあなたは生き抜けるはず。

頑張って!


そんな想いを伝えたい。




2012年3月19日月曜日

逆転裁判


・仕事的に法廷設備に携わっていたことがある。
・未来の法廷設備が気になる。
・法廷ネタが好きである。
・はるか昔、逆転裁判(ゲーム)をしようと思ったことがあった。
・結局、そのゲームをしなかったので、そのストーリーが気になっていた。

以上が、この映画を観に行った理由である。

# と、冒頭から言い訳を書いたりして。

# しかも、貯まってたポイント使って、タダチケットで鑑賞。

いやいや、それなりに面白かったですよ。

(乗り越えるべきモノを乗り越えられれば。)

結局、私は、原作(ゲーム)を知らないけれど、

その「異議ありっ!」には、いささか本能をくすぐられるモノがある。

確かに、話の展開の仕方は、それなりに面白かったですよ。

けど、、ちょっと、、なんか、、やっぱ、、マンガ、、ちゃう、、ゲームだな。

シーンについて行けないところがあるからいけないのだろうけれど、

なんつーか、もうちょっと知的であって欲しいなぁ。

まぁ、とりあえずは、観て良かったです。



P.S

結局、モチーフは、J.エドガーにつながるのかな?

素敵な金縛りにも繋がっていたし。

やっぱり好きかも、、、法廷ネタ。





2012年3月17日土曜日

歯の磨き方 【50の手習い】


私は、大きな間違いをおかしてしまったので、

また、取り返しのつかないことでもあるので

あなたへもお知らせしておかないと、、、と、ココに記す。

# 大袈裟か?そうでもないと思うんだがな。

要は、歯の磨き方についてである。

私は、きっと理系であろう。

その理系は、こう考えた。

「歯ブラシと歯を比べたら、歯の方が堅いに決まっている。

 だから、歯は、歯ブラシでゴシゴシ磨いても、汚れは落ちても歯に傷は付かまい。」

要は、メガネのレンズをティッシュでゴシゴシ汚れを取る感じであろうと。

が、それは大きな間違い。

# もちろん個人差はあるであろうけれど。

私は、歯は健康な方である。

したがって、硬めの歯ブラシでゴシゴシ磨いていた。

結果、、、石の上にも3年、どころじゃないな、歯を磨くことウン十年。

歯の石灰質が削れて、神経に達し、当然、、、アタタタタタタ。

歯医者に駆け込むと、こう言われたのである。

「アンタ、歯、磨きすぎっ。」

まさか歯磨きに「過ぎたるは及ばざるが如し」が適用されるとは思わなかった私である。

「もうそろそろ歳なんだから、電動歯ブラシを使いなさいよ。」とも言われ、

早速使い始めたのが、2年前。

最近、また痛くなって、歯医者へ。

すると、またこう言われたのである。

「電動歯ブラシの使い方、間違ってるし。相変わらず歯削られてるし。」

「うっそぉっ! ショックじゃん。 改善されてないのかぁっ!」

# そもそも電動歯ブラシにそんな使い方があったのか?

「アンタ、横に流して磨いているでしょ。それダメ。

 ちょんちょんと歯に当てるだけでいいのよね。」

「それじゃぁ、磨いた気にならんでしょっ!」

「気持ちはわからんでもないけれど、それでアンタの歯、減ってるし。」

「.....。」

以降、朝の歯磨きの仕方を変え、時間を半分に短縮化した私である。

皆様も歯の磨き方はそれぞれでしょうが、

一度、再考をされた方がいいかもしれませんよ。



P.S

私の歯の主治医は、高校の時の同級生である。

なので、私も言いたい放題である。

「痛てぇ~よっ。」「なにすんだよっ。」

治療中も平気で私は言う。

けれど、私は彼を信じている。

私の歯の人生(歯生?)を彼に任せている。

したがって、私よりも一日でも長生きして欲しい大切な友人のひとりである。






2012年3月15日木曜日

中井貴一が気になる。

いやいや何を突然、、、とおっしゃるかもしれない。

けれど、最近観るモノの中に、中井貴一の存在が多いのだ。

最近で言うと、「素敵な金縛り」からはじまって「ワイルド7」「麒麟の翼」へ

今は、「平清盛」から「最後から2番目の恋」(テレビドラマです。)へ

なかなかツボを押してくれるシーンに彼がいつも現れるのである。

しかし、こんなにいっぱい出ていて、よくセリフ覚えてるヒマがあるなー。

それに、よくこんなに様々にキャラを変えながら演じているなぁ。

つくづく凡人には、理解できないのを実感していたりする。

だけど、、、気が付いたら、、、彼は、もはや私よりも年下だったり。

そんなことにも、自分の歳を実感したり。

けれど最近、にわかに中井貴一のファンだったりするこのオヤジである。



P.S

彼が私よりも若いのであれば、

せめて私が生きている間は、彼には活躍し続けていてもらいたいものである。

そういう意味では、彼は私よりも先に逝ってもらいたくない人物である。

# あ、心配するに及ばず、、、ですね、、、失礼しやした。

しかし、面白かったなぁ、楽しかったなぁ、、、

「最後から二番目の恋」




2012年3月13日火曜日

戦火の馬

ま、いわゆるスピルバーグ作品である。

"塞翁が馬"的な物語かと想像してたのですが

思いっきり主人公は馬でした。

それにしても、見事な馬役者であります。

ここまで馬に演技させるか?と思わさせながらも

最後のクレジットの中にSFXの文字を見つけてしまうと、

ん?あれCGだったの?との疑惑が出てしまいました。

至るところにプチ感動のパートが散らばっていそうな映画でしたが

イマイチ、大きな感動が味わえなかったのは、きっとこちらの問題なのでしょう。

2時間飽きることなく馬とそれに絡む人間達の演技を見届けられるのも

やはり、ストーリーとその演出の成せる技でしょう。


P.S

馬が主人公ながら、エサを食べているシーンが少なくて、

ちゃんと栄養摂れているの?

などと気になった私は、細ケー性格だな。






2012年3月11日日曜日

3.11 国家斉唱と黙祷


今年、3月11日は日曜日だった。

東日本大震災の瞬間の14時46分、

ちょうど独りっきりでテレビのある部屋に居たので、追悼式にチャンネルを合わせた。

この1年、私は震災の為に何か出来ただろうか?

義援金でしか具体的な行動を表せていなかろう自分の非力を感じる。

国歌斉唱が始まった。

独り起立して、私も国歌を口ずさんだ。

時報と共に黙祷をした。

せめてもの、、、

申し訳ないけれど、今私の出来ることは、これしかないと思った。



P.S

遥か遥か昔、、、

倒産を目前にした人間の口から出たのを聞いたことがある。

「あ~、今大地震が起きてくれたらなぁ、、、。」

情けない人間だなぁ、、、その時、私は思った。

もう今は、その人もこの世にいない。

ふと、天を見上げて、つぶやいてみる。

"あなたが望んだことは、こんなことだったの?"




2012年3月9日金曜日

女性だけレディースデーがあるのはズルイ!


今日のネットネタ

# あえて、カテゴリは"映画"にする。

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「女性だけレディースデーがあるのはズルイ!」とか話してたら、

イケメンの知人に「女の子にオゴる料金が減るから俺らも得だろ」と言われた。

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同じ人間でありながら、会話の前提の落差に哀しくなる会話である。

次も似たような会話である。

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「一人で観ても1800円。夫婦で観ても2000円。(夫婦割引)」

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少なくとも50歳までには、結婚するべきである。(私の提言)


P.S

会社での中年オヤジ二人での会話である。

「同じ年頃の女性を、200円で映画観ない?とナンパできるよね。」

「オマエ、200円ぐらい、おごってやれよっ。」

どちらが私のセリフかは、、、あへて伏せておきます。

# しょーもない今日のひとコマ。(深謝)




2012年3月7日水曜日

ホームレスと私 似たもの同士


私は、よく缶ジュースを飲む。

あへてメーカー名は伏せるが、そのジュースは、スチール缶であることが多い。

私は、一本の缶ジュースを長時間かけて飲む人間なので、

外出して車で飲んでいると、その飲み終わった空き缶は、

会社の駐車場まで戻ってくることになる。

そして、私はスチール缶に関してのみ、捨てるゴミ箱を決めている。

駐車場近くの自動販売機の横にあるゴミ箱である。

何故そこにスチール缶を捨てるかというと、

ホームレスと思われる人物が、定期的にそのゴミ箱を漁っているからである。

ホームレスの今までの人生には、それほどに興味はない。

が、私のゴミが、まだ少しでも役立つのなら、と思うのである。

いやむしろ、この空き缶をそのまま確実に廃棄するよりは、

その前にもうひとドラマをその空き缶に与えてやりたくなるからだ。

ホームレスの目に留まった空き缶は、潰され、ビニール袋に押し込まれ、

やがて、自転車に乗って去ってゆく。

その後に起きるであろうその空き缶に絡むドラマは、知る由もないが、

なにかと急激なエントロピーの減少には、少しでも阻止をしたいと考える私の哲学である。

ところが、、、である。

# 今日書きたいのは、ここからである。

今日もいつものホームレスがやってきた。

と、ところが、、、どこで手に入れたであろう粋なセーターを着て、さっそうとしているのである。

お、おい、おい、、、オレ、負けてないか?

いい加減、現場での雨と汗と埃にまみれた作業服姿の私は、かなりコキタない。

最近、そんな姿で居ると、何気に通り過ぎる若い女性の視線が、

私を避けているような気がするのは、私の被害妄想ではあるまい。

そして今この瞬間、世の女性達は、この二人のオヤジを見て

単に、何故かゴミ箱経由で手渡ししている二人のホームレスに見えているに違いない。

若い女性達よ、人間は見た目で判断するのは、軽薄すぎるぞっ!

と、あえて、叫んでみる。



P.S

しかし、そうなると、、、

人間的に、私がホームレスのアイツに勝っているとは限らない。

いやいや、ひょっとして彼は、空き缶集めが趣味な知的なオジ様かもしれない。

土俵がはっきりしない人間の中身なぞ、比較するものではないのだろうけれど、

私自身、ある意味かなりホームレスに近い、、、のは、間違いのない事実であろうな。

ま、いいや。





2012年3月4日日曜日

ヒューゴの不思議な発明

なんか邦題への翻訳が間違ってないか?

# と、まずひと言。

ここ名古屋では、3D字幕は一箇所しか上映映画館がなく

わざわざそこで鑑賞。

# ポイントが貯まらなかったな。

さて、 マーティン・スコセッシ監督の初3D挑戦映画である。

さすがに3Dを意識したシーンは「オーっ」と思えるシーンが多かった。

3D関係者としては、その挑戦的なシーンは、いろいろと勉強になりました。

さて、物語としては、、、んー、、、まぁ面白かったけれど

インパクト少ないかも。

絵を楽しむのが一番、って感じがしたのは、私の感性の欠如か?

まぁ、映画ファンとしては、

作り手の白黒トーキーの世界から始まって

カラー3Dの世界への到達の映画に対するオマージュを感じたり。

けれど、それを素直に感じ取るのは、ツラそうだなぁ。

お薦めには至らないけれど、3D映画としては、新鮮です。



P.S

実に鑑賞中に、自分のメガネが壊れてしまって、

要は、右目と左目のレンズが外れて分離してしまって。

原因は、クリップ3Dフィルターを使っていたためで

3Dメガネをかけながら、両手で左右のレンズを持ちながら観る、

という、とんでもない状態での鑑賞でありました。

イマイチ感動が得られなかったのは、そのせいかもしれないなぁ、と反省中。







2012年3月2日金曜日

美しい女性を口説こうと思った時


  美しい女性を口説こうと思った時、

  ライバルの男がバラの花を10本贈ったら、

  君は15本贈るかい?

  そう思った時点で君の負けだ。


以上は、ジョブズ語録である。

いやなに、ちょっと気に入っているので、

いつまでも忘れないようにメモの今日のヒトコマ。



P.S

しかし、、、である。

じゃぁ、バラでなくて、何をする?

思いつかぬ凡人の哀しさ。

# もっと墓穴掘りそうな、いやきっと墓穴掘るこのオヤジ。





2012年3月1日木曜日

私は、感想文を書くのが好きだ。

私は、感想文を書くのが好きだ。

ある事象に対して、ちゃんと向き合い、深く考えてみる。

それを文章に書く。

書き終わった後に、自らそれを読んで

本当に自分の書きたかったことが全て書かれているかを確認し

ある程度の満足感が得られた時、

私の内面が、今ここに誰にも見える形となって存在しているのだ、と。

そして、それをなんらかの手段で残すことが出来るのだ。

たとえ、忘れてしまってもいい、その時はそのように考えていたことが、記録として残せるのだ。

生きる証として、生きていた証として。

そう思うと、妙に安心出来るのだ。

だから、私は、勧めたい、感想文を書くことを。

何も美しく、カッコいい文を書く必要はない。

いいモノを書こうとしなきゃいけないと思うから

感想文を書くコトが辛く嫌いになる。

映画を観る。レストランで食事をする。

「面白かった。」「美味しかった。」最初はそれだけでいい。

次に、

「○○さんが面白かった。好きになった。」
「○○が美味しくなかった。嫌いになった。」

次に、

「○○さんが、□□だから面白かった。」
「○○が、□□だから嫌いになった。」

そんなこんなの感想を書いていれば、自然に感想は細かくなる。

それを思いつくままに書き切った時、

あなたの想いが、目に見える形となって、そこに存在するのだ。

何も他人とその出来を比較する必要はない。

他人の感想を見た時に、自分が思いつかなかったコトが書いてあれば、

なるほど。とか、私は、そうは思わない。とか、、、

それもあなたの大切な感想である。あなたの気持ちである。

是非、あなたも感想文を書きませんか?

「△△をした。」「▽▽へ行ってきた。」だけじゃなく、

そこから派生するあなたの想いを書き出してみませんか?

生きている証として。生きていた証として。



P.S

学生たちへ

私も学生の頃、感想文を書くのが苦痛でした。

そもそもノルマのように課題を押し付けられてもね。

しかも、賞を取る目的があったりするから、

そりゃ、楽しくないし、苦痛ですよ。

でも、今は違う。

映画でも食事でも、今目に入ったシーンでも

自分の心が反応したコトを書いてごらん。

そうしていると、モノの見え方が違ってくる。

見えないモノが見えてくる。

# 見たくないモノも見えちゃうかもしれないけれどね。

一度、始めてみてごらん。きっと、楽しいから。