2012年3月23日金曜日

大器晩成の残りの時間について


飲み屋でのお話である。

カウンターの隣のオヤジ連中が話している内容が面白かった。

「オレは、大器晩成タイプなんだ。」

「オマエ、晩の時刻はもう過ぎてるだろ。」

「いや、まだまだこれからだ。」

「この世を去る瞬間に、大器になっても仕方が無いだろ。」

そんなこんなの会話である。

そう考えると、"大器晩成"なる言葉、単なる励ましの台詞にしか

過ぎないのかもしれないなぁ、とつくづく思えたり。

そもそも"大器晩成"なる言葉は、若者の単語である。

オヤジの世界では、いつのまにか不毛な単語となる。

ま、もっとも、大器とはどのようなモノを言うか、の定義も曖昧であるからして、

或る意味、いつまでも希望の持てる、

いや、いつまでも言い訳の出来る、四字熟語ではある。

けれど、このオヤジは、若者に言いたい。

君達は、大器晩成なる言葉に甘えてはいけない。

「大器晩成」ということわざには、

無限に大きい器は、永遠に出来ない、という例えもある。

目の前にある目標に、前に進め。たゆまず進め。

「大器晩成」なる単語は、君らには無縁のはずだ。

がんばれ。



P.S

晩年となった私はどうかって?

いやいやまだ、目指してますよ、大器を目指して。

残りの人生、明日は今日より、明後日は明日より、

僅かでも大きな大器を目指して。

大器の前提が、私固有なモノかもしれないけれど、

無限の大器を目指して、お互いに頑張りましょうね。