2004年11月10日水曜日

行きました記念 San Paolo a Ripa d'Arno教会

上の写真はサン・パオロ・ア・リーパ・ダルノ教会であります。

完全にロックアウト状態であったので中のことは全くわかりません。

これもピサ安息日の日だったから?
それともお昼休み?

とても残念だけれど、いろいろ資料を見ても、外観写真はみんなこんな感じだから、観光者に開放をしていないのかもしれない。

下の写真は、その裏手にあるサンタガタ礼拝堂。

サンタクロース方達の礼拝堂ではない。(オヤジギャグである。)

ここもロックアウト状態で、外観写真のみの掲載である。

P.S

どこかに裏の入り口があったのかなぁ?

したがって、この記録は、完全に「行きました記念写真」である。

(にしては、自分が写ってないな。撮ってもらう人も回りに居なかったんですよ。)

PM 12:47:36

2004年11月9日火曜日

ちょっと可哀想な騎士教会

ピサのサント・ステーファノ騎士教会である。

観光ガイドもWebでもその解説は少ない。

内部もシンプルで壁には、騎士の御旗(?)が飾られている。

解説も何もないと、結局何もわからないままとなる。

残念である。

P.S

観光地としても人気が低いスポットのようである。

でも、人気がないのは日本人にとってだけじゃないのかなぁ?

日本で言うと、武士の御旗を飾った神社のようなものか?

やっぱ人気ないかも。

PM 11:04:04

2004年11月8日月曜日

犬夜叉コレクターズボックス・イン・ピサ

ふとショーウィンドウに目をやると犬夜叉コレクターズボックスが目に入った。
(犬夜叉について知らない人は、自分で調べてね。)

おおお、日本の文化は、こんな片田舎までにも到達しているのかー、と妙に感心した。
(売れ残っている証拠かもしれないなぁ。)

ミニチュアマニアにはたまらないものもいっぱいあったのだが、店が閉まっていて見られなかった。

悔しい!

P.S

この日、ピサの街は、かなりの店が閉店であった。

街中が定休日の日にあたってしまったのかなぁ?

いいや、街中がお昼休みなんだよ、って言う人も居て、真実はわからないままである。

しかし、もし店が開いていたら、ここで相当のお金を落としたに違いない。

救われたのかもしれない。真実はわからないままである。

PM 10:44:25

2004年11月7日日曜日

なかなか粋な落書き?斜塔

ピサの街を歩いていると、歩道の地面に粋な落書を見つけた。

と、思った。で、パシャっ。

が、しばらく歩いていると幾つか見つけたので、これは単なる落書きではないことがわかった。

なかなか鮮やかなブルーでうまく書けている。

全体的に斜めでありながら、地上階は場所によっては、柱の長さが違っていたり、最上部は、また戻っていたりしているこの落書きは、なかなか正確な落書きである。
(昨日の文も読んでね。)

ちょっと画角が悪くて、そのサイズがよくわからない撮影をしてしまったのが反省点である。

P.S

完全に落書きと思いこみ、一瞬、足でもみ消してやろうかと思った自分が、今となってはこわい。

PM 10:27:40

2004年11月6日土曜日

人類にとってはツライ話のピサの斜塔

今日は、細かく写真解説。

左の写真の説明であります。

まず右側:ピサの斜塔であります。

実にこれは、話をし出すと長い。のでここでは割愛する。

がやっぱりちょっとだけ。

この斜塔、傾いた原因は、地盤沈下である。

三階まで作った時点で傾き始めた。ところが建築家は、各部の柱とアーチの高さで調節して何とかした。

が、その後も何度も工事を中断しながらも再設計を繰り返し、約200年もかけて完成させたのである。

最後の最後の頂上の部分は、地上に対して鉛直状態に戻っているのがおもしろい。(写真でもわかるかな?)

ちなみに左側の写真、上から

・最上部の通路。
・この斜塔、ほんとうは鐘塔なのである。その釣鐘群。
・そこに寝転ぶ女性達。ったく。
・塔上層階からの眺め。洗礼堂方向。
・釣鐘階を最上部から撮影

P.S

本来、この斜塔は、放っておけば倒れる運命にある塔なのであるとか。

現代になってさえも、それを莫大な予算と技術で斜塔のまま維持し続けているという事実がある。

最初の設計者は、地盤沈下の起こりやすいことも知っていたともいう。

まやかしで作り始めたものの、それを強行し続け、芸術となってからは、歴史的にその維持に人類の負担を強いられることとなった事実の象徴であるとも言う。

はじめついた小さなウソを隠し続ける為には膨大な労力を払うことになるのだぞ。

子供に諭すような内容を人類が地で実行している象徴であったりもしそうである。

PM 10:17:18

2004年11月5日金曜日

わずかに複雑な思いが残ったピサ・洗礼堂

これも美しい。

が、ここの美しさは、見た目だけではない。

内部は洗礼盤があれどもその空中空間は空っぽである。

が、その為にめずらしいすばらしい音響空間がある。

手を叩くだけでも、その響きが美しい。

ちょうどここの係員というか切符切りというかいわゆる関係者がその音響効果の実験をしてくれた。

彼が美しいトーンを発すると、この洗礼堂は、不思議な響きに包まれる。

そして、それが実に美しいのである。

定期的に実験をしてくれるようである。ちょっと待ってでも聞く価値はありますぞ。

ちなみに写真左下のライオンに注目されたし。

柱を支え、子らを養うたくさんの乳房を持った雄ライオンである。

比喩と象徴を重ねすぎた結果、現実のものではなくなってしまっていることがなんとも複雑な思いとなった。


P.S

案内人が言っていた。

このドームは、頭蓋骨のイメージで作られたとか。

中身の脳ミソを取り除けば、私もこんな音がするのかしらん?

試してみたくとも永遠に試せない課題も残った。

PM 09:33:22

2004年11月4日木曜日

美しきものは不実も許される?ピサ・ドゥオーモ

ピサのドゥオーモである。

実に美しい。

私の素人写真でさえも、白と空の青とがまるで絵に描いたようである。

内部も美しく荘厳である。

柱も装飾品もたとえ戦利品と言われても、その趣味は、私は好きである。

尚、下部の写真にかろうじて、ガリレオが振り子の法則を発見したというランプがぶら下がっているのが見えようか。

が、時代考証の末、どうもガリレオよりも後でぶら下げられたランプであるとか、、、。

美しきものには、不実の話も生まれて、それが許されてしまうことの証明かもしれない。

P.S

けど、私は、美人には騙されないぞ。

と思うのであるが、、、。

PM 09:09:01

2004年11月3日水曜日

真意が知りたいピサ・ドゥオーモの壁

ピサは、当時、軍港であった。

華やかな頃、イスラム軍に勝利し、各地との交易で栄え、建物の壁、内部の円柱なども略奪したものであると言う。

ちなみに写真は、大聖堂の大理石の外壁である。

文字がさかさまになっているのは、宗派が違う国から略奪した大理石だそうである。わざと逆さまにして使ったということである。

美しい大聖堂なのにねぇ、、、。

P.S

フト思ったりもする。

大聖堂は美しい。

こんなにきれいに大理石を切り出したり、積んだりする技術が既にあったわけである。

略奪した大理石に文字が彫られていたとしても、それを削り去る技術ぐらい既にあったのではないかと想像できる。

ならば、やはり見せしめの為にわざわざそのまま逆さまに積んで使ったのであろうか?

真意が知りたいものである。

PM 11:51:22

2004年11月2日火曜日

ま、ごく一般的撮影手法でピサ・ドゥーモ広場

ピサの斜塔はどなたもご存知であろう。

けれど、それがどんなところに立ち、周りがどういう状況などを知らない人が多いのではないか、、、と、紹介写真である。

写真は、ドゥーモ広場である。

建物は、手前から礼拝堂、大聖堂、斜塔と並んでいる。

正直言って、私も意外であった。

斜塔なぞは、一本立ちで存在しているのだろうと勝手に想像していたが、回りにも歴史的建造物が多く存在するのである。

せっかくだからそれぞれを紹介しようと思っているが、それは明日に続く、、、。

P.S

斜塔は、斜めに倒れかけているのである。

その斜塔を支えているかのように人は手を挙げて、斜塔と人との合成写真を撮っている。

その数多数。国籍も無関係である。

その撮影風景は、とても恥ずかしいのであるが、みんなが撮っている。

私も撮ってみたかったが、他人に頼んでまでは、、、ねぇ。

(ちょっと残念であった気もする。)

PM 11:35:11

2004年11月1日月曜日

虹の歓迎。

今からピサへ向かうバスの中、街に虹のかかるシーンが目に留まったので、パシャっ。

なんとなく歓迎を受けているようでうれしいじゃないですか。

ただ、それだけである。

P.S

デジカメを持っていると、単に虹でもとりあえず撮影してしまう哀しい性である。

しかもせっかく撮るとなかなか捨てられない性分であったりする。

けっして、ブログのページ稼ぎではないことをお伝えしたかった。


PM 02:00:30