2007年1月31日水曜日

神頼みは有効か?

私は、神や仏の熱烈な信仰者ではないけれど、
何かと神社にも行けば、寺にも行く。
お賽銭を払って、お祈りする。
具体的なお願いがあれば、それを熱心にお願いするのだ
 
けれど、
最後に諦めのように一言付け加える。
 
「全てがうまくいきますように。」と。
 
願いが全て叶えられば、それが本当に自分にとって良い事なのか?
艱難辛苦だって、その後の自分を育て上げるかもしれない。
そう思えば、ことがこの後どのように転ぼうとも、
実は、神様がすべて最終的に良い方向に導いて行ってくれているのであろうと
あらゆることに納得できるような気もして。
 
んじゃぁ、お祈りしてもお祈りしなくても同じじゃん、意味ねーじゃん。
と言われれば、確かにそうかも。

けれど、何か良いことが起きれば、その感謝の相手として、
何か悪いことがあれば、きっとそれは神様の与えてくれた試練なんだから、
そう、思えたりすると、少なくともヤケクソにはならなくて済むような。
ま、単なる私の責任回避的思考かもしれないなぁ。

ま、いいや。
 
 
P.S
しかし、イエスキリストも水をおいしいワインに変えてしまったのだから
神様のやることは、何でも有りなのである。
 
ほらほらどうにも有りえないようなお願いも、やはり頼んでみるべきであろう。
だって、もし本当に神様がいて、願いを叶えてくれたら、ラッキーじゃん。
ダメ元でお祈りしてみる価値はあるかもよ。
# こんなこと書いていると、きっとバチが当たるな。
 
ちなみに写真のおみくじは、
一枚目がどうにも気にくわなかったので、
二枚買ってしまった時の。
# こんなことしていると、きっとバチが当たるな。
 
ま、いいや。
 
 
PM 10:14:27

2007年1月29日月曜日

フ大統領の最後

あえて、、、書く。
 
フ大統領の最後の映像を見る機会を得た。
最初は、観たくないと思っていた。
けれど、何が真実かわからないこの今の世で
やはり事実は、観ておかなければならないと思った。
観るものが事実かどうかもわからないけれど、、、
勇気を持って観た。

悲しい現実を見せられた気がした。
私は、フ大統領をよく知らない。
直接会ったこともないし、その経緯も正確には知らない。
けれど、こうなってしまったのだ。

映像を見て、ひとつだけ気になったことがある。
覆面をしていないのは、フ大統領だけである。
携帯電話で撮ったと思われるその映像は暗く、
画面の中での声は、私には理解できない。

けれど、覆面をしながらあたふたしている周りの人間に対して
フ大統領のその静かな最後。
理性を失ったフ大統領の姿ではなく、そのある種堂々とした姿に
ちょっと救われた気がした。

不謹慎かもしれないけれど、あえて、ここに記す。
 

P.S
殺人シーンばかりの映像があふれるこの現代の中で、
私は、そのシーンに麻痺してしまっているのではないか、、、と心配だった。
 

PM 08:37:13

2007年1月28日日曜日

不都合な真実

正直言うと500円というので鑑賞に到った。
あえて最初にお知らせする。
HPは、こちら。(ってもうありませんでした。)

元アメリカ大統領候補アル・ゴアのプロモーション映画である。
# と書いてはいけない内容であるが。

地球温暖化現象を軸に、強烈なその進行を具体的な映像とグラフでわかり易く解説してくれているプレゼン映画である。
# が、正直言って、暗い中、眠気に負ける人も居よう。
# この内容で90分授業は、きっとツライ人も居るはずだ。
# 寝息が聞こえてきたりもした。
 
確かに、この映画を観ると、もう地球ってダメだね。
人類は、愚かで、この100年以内に滅んでしまっても仕方ないよね。
そんな気がしてくる。
 
最後のクレジットには、延々と「○○しましょう」と表示され、
「環境保護に力を入れている政治家に投票しましょう。」
「いなければ、自分で立候補しましょう。」
まで到ってしまっては、笑いが出てしまった。(すみません。)
 
お奨めかって?
結構、日本人は、この手の話は、既に知っていることが多いと思う。
確かに、新発見も得られると思われ、
まぁ、地球上で生きていく上でのマナーとしては、観るべきでしょう。
 
しかし、、、映画館を出て目に入るのが、車の渋滞だったりして。
また、今から自分もそれに参加することを思うと、、、
やはり、人間って、、、いやいや、、、私って、、、ダメな人類のひとりを実感。
 
何かしないとなぁ、、、そう思わせてくれたのであれば、この映画は、意味があったことになる。
 
けど、、、、、、
 
P.S
ちなみに封切り後、毎週日曜日、4回目の日曜日までが500円であります。
もう2回終わってしまいましたが、、、。
 

PM 08:35:05

2007年1月27日土曜日

終わりのない「北の国から」

小説を読んでも、映画を観ても
とりあえず、それがハッピーエンドで終わっていても
いつも思うことがある。

「で、そのあとは、どうなったの?」
 
かなりむかし、こんな文を書いた。

けれど、やはり、、、そうだったのかぁ、、、
純は、結と別れて、初恋のれいと再婚するのかぁ、、、
蛍は、正吉と別れてしまうのかぁ、、、
ショックだな、、、と思いながらも、やっぱり、、、とも。
 
北の大地で真剣に生きる人々は、人生にも真剣であろう。
ならば、そうそう人生がスムーズに行くとは思えないこの世の常である。
 
でも、、、倉本聰さま、、、
やはり安心な「とりあえずの終わり」を準備していてくれていますよね?
楽しみと、不安と、、、。
 
 
P.S
ま、いろいろ興味のある方は、Wikiのココででも。
 
読まない方がいいかもしれませんが。
 
PM 07:55:29

2007年1月26日金曜日

いつでもどこでもスロット

 

レンタルビデオ屋さんでスロットマシンを楽しんでいる図。
 

楽しいんだろうか?
それとも訓練中?
 

 

P.S
京都です。

 


PM 09:31:03

2007年1月25日木曜日

卵と玉子が入ってます。

ここは、とある神社である。
そこで、こんなお好み焼きの屋台を見つけた。

「卵と玉子が入ってます。」
 
さて、文系的理科系(最近、理科系的文系?)の私は、この意味がどうにも知りたい衝動にかられた。
ひとつは、うどん粉に混ぜてあったり?
それとも意外な卵の使い方が?
んんん。

あなたは、想像つきますか?
きっと、きっと、この漢字の違いを巧みに使った調理法があるのだろう。
日本人ならば、それはきっと知っていなければならない内容のはずだ!

たいしてお腹が空いていたわけではないのだけれど、
思わずそれを尋ねるために購入。
500円。
知識欲を満たすためには、500円なぞ惜しまない私である。
 
で、お好み焼きを受け取りながら、さりげなく質問。
「これって、どういう意味ですか?」
「ただタマゴがふたつ入っている意味ですよ。
 タッパに入れる時は、二つに折っちゃうから
 まったく何が何だかわからなくなっちゃいますけどね。」
 
「..........。」
 
P.S
しかし、私は、その500円に後悔はしない。
疑問は、どんなカタチでさえ、満足されれば、それはそれでうれしいのだ。
 
 
PM 09:24:54 
 

2007年1月23日火曜日

厳冬

 
最近の私のブログを読んだ一読者からこんな感想が寄せられた。
 
「なんか、最近、『春』が来た?」
 
あえて、ここでお返事差し上げる。
 
「来てねぇ~よっ!」
 
まぁったく、どういう読解力なんだか、、、
 
ったく。
 
P.S
今、私は、厳冬の中にいる。
 
 
PM 07:10:29

2007年1月21日日曜日

愛の流刑地

原作は、渡辺淳一の同名小説である。

私は、渡辺淳一のファンであった。
ファンであった、という過去形になってしまっているのは、どうも最近読まなくなってしまったのである。
 
何故読まなくなってしまったか、自己解析してみると、、、
とてもこんなブログには、書けない理由が思いついた。
したがって、書かない。
# あは。
 
さて、映画についてである。
上映中だからネタバレを避けて、、、と。

まず、何故この映画を鑑賞するに及んだか?
それは、某テレビ番組に渡辺淳一がゲスト出演していて、
その本人が、言ったのである。

「今まで30本ほど自分の小説が映画化されたが、
 今回の出来が一番私の本意に合っている。」
# すみません。正確なセリフではありません。
 
まぁ、上映中の映画だもの、そんなコメントは、営業的に当然だと思いながらも
そんなことを原作者本人から言われてしまうと、やっぱりファンとしては
鑑賞に及ばざるを得ない。
 
ところが、何せこの映画、R-15指定のエッチシーン満載の映画である。
オトコ同士で行くのもハズカシ、さてはてこの映画に誘う女性の相手もおらず、、、
で、レイトショーでひとりで鑑賞に至った。
 
ちなみに私は、原作は読んでいない。
キャスティングにひっかかる気がしたけれど、
確かに渡辺淳一作品としては、完成度は高かったような気がする。
 
ご本人には、申し訳ないが、寺島しのぶなどは、
ヌードのシーンより、服を着ている普通の自然な仕草の方が、
遥かにエロチックで魅力的に感じたのは、きっと私だけではなかろう。
いかんいかんネタバレにつながりそうだ。
 
公式HPは、こちら。(は、もうありませんでした。)
 
 
P.S
ホント言うと、、、なぜこの映画を観に行きたくなったか?、、、
人の不幸を見たかったのである。
 
なぜか?
とてもこのブログには、書けない理由である。
# あは。
 
 
PM 11:47:01

2007年1月20日土曜日

決して許さない二者択一における第三の選択

もちろん、ものによるものなのでしょうが、、、

あなたが二者択一に悩むとする。
メニューでもいい、バッグでもいい、ネクタイでもいい。
あるいは、試験問題の解答でも有り得よう。
どうにも選べない。そんな状況にきっとあなたも陥ったことがあるでしょう。
どちらも捨てがたいのだ。
 
もちろん、両方とも選んでしまうことが許されれば、何も迷うことはない。
# それはそれで、また別種の問題が起きるものでもあるけれど。
 
でも、今、あなたはどちらかを選ばなければならない。
迷って、迷って、どうにも結果が導き出せない。
感情に流されることもあるでしょう。
ロジカルな思考の結果、選べないこともある。
さまざまな葛藤のなかで、選択が出来なくなってしまう。
 
やがて、苦しくなってきて、どうしてよいのかわからなくなる。
そんな時に思いつくことがある。
どちらも辞める。という選択。
二者択一における第三の選択である。
 
もちろんこの第三の選択も、選択のひとつではある。
けれど、私は、この第三の選択は認めない。
人生の中でやっと巡り合った選択の機会なのである。
しかもどちらとも好ましくて諦められない選択なのである。
そんな選択の機会を、たとえ苦しくなってきたからといって、
両方とも捨て去ることは、もっとも贅沢な、幸運と努力を放棄する愚行為だと思う。
人生の中でそんな愚かな行為があるだろうか?
私は、そう信じている。
 
だから、迷えばいいと思う。
苦しんで苦しんで、どこまでも迷えばいいと思う。
そして、その迷いつくした結果、別にどちらを選んでもいいのである。
迷いに迷って、考えて考えた結果だもの、
どちらを取ったところで、諦めがつこう。
 
仮に間違った結果であったと後で気が付いても
その選択の時点では、それがいいと信じた、それがいいと賭けたのであるから
その選択を後悔することではない。
そもそもそれを選ぶ運命だったのだ。
私は、そう思うことにしている。

もし、その選択が失敗だったと後で気づいたら、
なにもそれからそのリカバリに努力すればいい。
だから、私は、その二者択一の第三の選択を許さない。
 
 
P.S
けれど、フト思うことがある。
もし私が選ばれるモノであったとしたら、、、
私こそが選ばれるべきものだと必死で主張するであろう。
やっぱり負けたくないし、やっぱり選ばれたいから。
 
けれど、どうにもその主張が通らなくて、やっぱり選択者を悩ませる結果が続くとしたら、、、
そして、その選択者を苦しませることになってしまって、見ていられなくなってきたら、、、
 
きっと私は、自ら諦めるであろう。
やはり、私の世界観と選択者の世界観はきっと微妙に違うのだ。
きっとどちらを選んでも同じならば、私は諦めるから、もう苦しむのは、お辞めなさい。
そんな気持ちが湧いてくるような気がする。
 
今も私を二者の選択の余地に入れてくれていることを感謝しながら、、、
それは、私のやさしさだろうか?それとも単なる気弱さ?自信のなさ?
きっと私の愛が試されている瞬間に違いない。
 
 
PM 11:43:57

2007年1月18日木曜日

未熟なオヤジのさよならの仕方

Jさんがオーストラリアへ帰るということで、
今日が最後の日だそうです。

一緒にモンゴル行って、飲んで騒いで仕事して。
とてもいい人なので、悪い思い出がまったくなくて
今日が最後と言われても、、、困ってしまいます。

ちょっと、寄せ書き書いていってよ、と同僚の人に言われても
そ、そんな突然にぃ、、、
気の利いたことが思いつかずに悔しかった。

けれど、いつも思います。
私だっていつも「さよなら」は苦手です。
ならば、立派な挨拶もなく、いつものように普通に別れるのが
いちばんすばらしい「さよなら」だと思って、、、
じゃ、またね、って別れました。

だって、同じ地球に住んでいるんだもん。
別れって言ったって、会う気になればいつでも会えるのですから。
またね、っていう言葉で、私は充分。
どんな人との別れもいつもそう信じて、、、。

じゃ、またね、ジャスティンさん。
 

P.S
未熟なオヤジでごめんなさい。
 

PM 08:20:32