2008年9月30日火曜日

闇の子供たち

とにかく哀しい。

観ていてツライ。

# あえて、不謹慎とわかっていても書いてみる。

人間なんて、強欲な生き物だもの、

きっとこんなことは、なくならないに違いない。

強いものが、弱いものを苦しめるのも

人間であれば、有り得ないわけではない。

そして、その先に、弱き子供にしわ寄せが行くのも、

ある種、不自然な流れとは思えない。

もちろん、私は、それを肯定しているわけではない。

けれど、歴史の中でも戦争が起きれば、弱きものが負ける。

一人枠の環境で、二人の人間がどうしても生き延びようとすれば、

強きものが生き残るのは、自然の摂理だ。

ならば、少しでもそれを食い止めるにはどうしたらよいか?

この映画を観たら、例え1分でもそれを考えるべきだとも思う。

人間には、我慢も必要であろう。

自らが作ったルールや倫理のようなものを守るのも人間にしか出来ないことだ。

さて、貴方は、何を思い、自分がどんな行動に移すべきと考えられただろうか?


自分は何も出来ない、と、この映画を観流すには、

この映画は、あまりにも重過ぎる。



P.S

私は、例えば、こう思う。

年間3万人の自殺者、数千人の交通事故者、、、

健康な子供の臓器を海外に無理に求めてしまう前に

まず日本国内でまかなえる体制を整える方法だってあるはずだ。

例えば、日本に臓器移植の技術があるのなら、

日本人はみんな、いざという時には、提供する覚悟を持つべきであろう。

例えば、日本に骨髄移植を希望している人がいる以上、

日本人はみんな、骨髄バンクに登録するべきであろう。

そういったことが、きっと人類愛というのかもしれない。

そして、それ自体が、一見自分とは無関係とも思われる

どこかで起きている悲劇を食い止めることにつながっているはず、、、

そう思えたりするのである。

# けれど、、、

# それが出来るのが人間であり、それが出来ないのも人間であったりすのだろう。






2008年9月29日月曜日

ハンコック

私にとっては、

これは見逃せない映画であった。

なぜなら、、、

夢を見るためであります。

脳内構造が単純な私は、

こういう映画を観ると

すぐにその夢が見られる。

空を飛び、弾を跳ね返し

そのまんま自由な夢が見られるのである。

で、とにかくそのイメージを習得するために鑑賞。

まぁ、ストーリーは二の次だったりして。

しかし、すごいなぁ、、、この○人。

しかも、基本、○老○死なんだぁ。

やっぱ、夢の習得のためには、見て良かったです。

ストーリーですか?

ま、どんなんでもいいんじゃないでしょうか。

感想ですか?

何も残っていません。

やっぱ、この○人は、人類の夢の存在でしょう。



P.S

ネタバレを気にすると何も書けません。

けど、、、ほとんどネタバレですね、今日のコラム。

すみません。






2008年9月27日土曜日

カンボジア紀行 まとめ

カンボジアに行った、と言っても
実質は、火曜から土曜日までの5日間。

仕事だった為に、プノンペンの観光は出来なかったし、
カンボジアそのものをかじったどころか、ちょっと舐めてみたに過ぎない状態であろう。

# このブログにも、何だか全然書き尽くせなかったしなぁ。

けれど、結論から言うと、この国は、私にあっている。そう感じた。

いや、正確に言えば、時間が許されるならば、この国に溶け込みたいと思った。

# ちょっと誤解されるのがイヤだけれど、あえて無理して表現すれば、

今の日本人は、「三丁目の夕日」などの映画に泣かされたりするのだけれど、

そんな世界が、ここにはまだあるような気がするのだ。

正直言って、汚いと思う。貧富の差も厳しそうだ。

治安については、まだ、私の知識は皆無に等しい。

でも、なんだか、接したみんなが逞しく、自然だ。

カンボジアの残念な歴史の為に、まだ戦後10年ほどの国なのだけれど、

日本人が失ってしまった何かが、まだ活き活きと残っているような気がするんだな。

# なんかうまく書けなくて、誤解が生れそうで悔しい。

これから、この国も急速に発展してゆくのだろう。

でも、海外からの無理な投資やビル建設などに目を奪われずに、

ゆっくりと美しく発展していって欲しいと思う。

決して、50年後に自殺者が年間3万人にも達するような国にならないように。

心から切に、今私は、そう願っている。



P.S

何年かした時に、私は、きっともう一度この国を訪ねるだろう。

もっと長期で。

観光? やっぱり仕事で? 海外シニア協力隊だったりして?

でも、そのわずかな確信が、今、私の体の中でくすぶっているのがわかる。






2008年9月26日金曜日

帰路 台湾上空

さて、帰路である。

窓側に座れたけれど、深夜移動なので、窓の外は真っ暗であります。

当然、することもなく、残った作業は、ただ寝るだけ。

ところが、フト目を覚ました。

# なんでだろう?

まだ、夜? それともそろそろ夜明け?

イマイチ、時差も日の出時間もわからぬ私が、窓を開けてみると、

眼下に広がる真っ暗な空間に無数のランプの列?

「ワァ~!きれい。」

思わず声が漏れた。

ちょっと調べて、その航路・時刻から想像するに、どうも台湾上空である。

みなさん寝て通り過ぎてしまおうとするところですけれど、

なかなか美観な景色のお勧めスポットでした。

台湾上空は、そんなに長くは続かないので、

日頃の行いの善い方だけが見られるのでしょう。

# 自分で書くか?ふつー。

是非、そこを通り過ぎる時には、ご覧くださいませ。



P.S

撮影にも挑戦してみましたが、、、暗くてダメですわ、やっぱ。

無念です。






2008年9月25日木曜日

オマケ・アンコールワット


アンコールワットで歩いていたら、こんな立て看板を見つけた。

思わず、パシャっ。

# ホントは、私のデジカメは、シャッター音がしませんが。

この立て看板には、こう書かれていました。

「アンコール時代の心と技に学び、安全・正確・迅速・協力・整理整頓の精神で頑張ろう!」

見た瞬間、なんのこっちゃ?って思いましたが、

観光客は、この世界遺産にロマンチックなことを思い浮かべていますが、

ここで作業する人たちには、ビルの建設現場のような

単なる作業現場にしか過ぎないのかもしれませんね。

ちょっと、目が覚める立て看板でした。




P.S

ちなみにこの立て看の製作は、その脇に記されていた内容からすると

「アプサラ/アンコールワット修復委員会」だそうであります。

今後もケガなどしないように頑張ってくださいね。





2008年9月24日水曜日

続・アンコールワット

アンコールワットの特色の大きいものは、

やはり、その建造物と、彫刻でありましょう。

そして、妙に私の感覚にフィットするのは、

建造物は、一目でわかるようにその石の積み重ねとデザイン。

四角四方に何かと対称的配置が、偶数好きの私にはうれしい。

# なんのこっちゃ?と、思われるかもね。また、いつかね。

彫刻も実に細かく大きい、というか、長い。

先日、ちょっとだけ触れた乳海攪拌の図柄(写真下)や

生々しいほどの地獄図なども実に詳細だ。

で、地獄図を観るにつけ、やはり思うのだけれど、

イタリア・フィレンツェの洗礼堂内部のモザイク壁画や、

システィーナ礼拝堂に観る最後の審判の地獄図などを見るに

実にその表現が似ている。

ちなみにイタリアの地獄図は、1400~1500年代製作で

アンコールワットは、1300年代とすれば、

地獄図が描かれたのは、アンコールワットの方が100年も早い。

でもって、私のいつも思う課題は、

アジアの仏教の地獄の表現が、シルクロードにでものって、

ヨーロッパに伝わってキリスト教に交わったのであろうか?

それとも、宗教というものを追求すると、

人類の思考は、自動的に、地獄の概念にたどり着き、

そこで思い描く地獄図というものは、世界のどこの人類であろうとも、

同じような情景を思い描くものであろうか?

ということだったりする。

ま、単に私が勉強不足なだけで、そんなことは、もう解明されているのかな?

是非知りたい課題がここでも彷彿されたアンコールワットでありました。



P.S

なんか、、、やっぱ、状況説明ベタなので、

アンコールワットの詳細は、Wikiででも。






2008年9月23日火曜日

アンコールワット

遥か昔、そう40年ほど前になろうか。

私の小学生の頃、「アンコールワットの謎」という本を読んだ記憶がしっかり残っている。

が、もはや詳しい内容を覚えているわけではなく、

興味を持って読んだ1冊という記憶でしかない。

が、同時に読んだ後に頭をよぎったことが根深く残っている。

それは、「たぶん、生きているうちに、このアンコールワットに行けることは無いだろう。」

それほど、密林の中の神秘の場所として、また、

そこに行くには、とてつもなく大変なイメージを子供ながらに持った記憶がある。

もちろん、40年も前のことだから、実際にもそうだったであろう。

けれど、、、それから40年後に、まさかそこに行くチャンスに恵まれるとは思わなかった。

そして、今回のチャンスである。

胸いっぱいのアンコール遺跡である。

私は、いつも西洋美術画の勉強を少々していたりするのであるが、

本来は、絵画系よりも遺跡系の方が体感的に好きである。

その理由は、明快である。「触れるから。」

# 単純な理由ですみません。

あえて、正直な感想を書くと

どこの遺跡に行っても、それを見た瞬間に大きな感動は得られない。

フィレンツェにしても、グランドキャニオンにしてもである。

それは、どこの遺跡も、それ以前に写真などで見たことがあろうから。

いや、むしろ、それまでに見ていた写真のイメージの方が、雄大だったりするので

そのギャップが埋まるまでに時間がかかったりもする。

# なんとなくわかっていただけるでしょ?

が、そこに立ち、そこで時間を過ごすうちに、不思議な感覚になるのが不思議だ。

その遺跡に触ってみる、腰掛けてみる。

そしてその風景は、当時の実際の眺めこそ違うだろうけれど、

何百年前にもきっとここで同じようにした人が居て、

何を見て、何を考えていたのだろう?

そんなことをフト思う時、とても長い雄大な時の流れと、

今、自分の生きている奇跡と必然性、そして、

それを感じさせてくれるに至ったその偶然の連鎖の結果に

とても感謝する気になれるのだ。

いやぁ、今回も例に漏れずそんな気持ちにドップリ浸かれた。

何だか幸せな気分になれた。

行けてよかったぁ。

# メチャクチャ暑かったけれど、、、。



P.S

で、アンコールワットは、どうだったのよ?

あ、次のコマでも。

# 写真は、自分で撮った写真です、一応。






2008年9月22日月曜日

タ・プローム

解説は、やはりWikiででも。

# すごい手抜きコラムだな。


それにしてもすごい。

古い遺跡を破壊する植物の力。

植物は、水を得て、育つ。

そして、そこに何があろうとも、そこで育とうとする。

そこに遠慮も、容赦もない。

いやいや、自然とは、本来そんなものなのだ。

# これも弱肉強食っていうの?

ま、ある意味、人間の行いも似たようなところもあるけれど、

優しそうな、ある意味、自然の象徴のような、植物のこの行いは、

人間に自然の力強さを再認識させてくれるものであろう。

あらためて『一粒の麦もし死なば』を噛みしめたり。




P.S

ちょっとだけ美術を勉強している私は、

いつも、修復か、復元かの議論に興味がある。

けれど、この植物は、今も尚、育ち続けているわけで、

ある意味、この遺跡を破壊し続けているわけでしょ?

このまま遺跡を破壊し続けるのを許すのか?

それとも植物を取り去り、植物が破壊した事実さえも消し去るのか?

現在を生きる人類は、果たしてその結論を出せるのだろうか?






2008年9月21日日曜日

シェムリアップの街

街の解説は、やっぱりWikiででも。

# やはり写真は、放棄。

いやぁ、実に驚いた。

アンコール遺跡は、極めて自然な中に存在するのに、

その観光者のために、一大産業が出来ている。

安宿から、多くの超豪華なホテル、ブランドショップ、

そしてゴルフ場(2ヶ所)まで出来ていると聞いた。

その街は、もはやジャングルのオアシスと呼ぶ程度のものではない。

# その雰囲気がお伝えできないのが残念である。

写真は、昼食をとったレストランの中庭。

ちなみにランチは、フレンチだったり。

なんていうか、、、アンコール遺跡を侵食するモノ達をバカに出来ない人間である。

ま、もっとも、観光客のおかげでシェムリアップの収入源につながり

遺跡保存へとつながるのであれば、それも否定できないのではあるけれど、

ちょっと極端すぎない?

それが、素直な感想である。



P.S

1000年も経った頃、きっとこのホテル街も遺跡になろう。

この地を訪れた人間(宇宙人かも?)は、

遺跡に群がった人類の観光目的の為だけに作った街の遺跡を見ることになるんだろうな。

それを見た未来人は、どう思うんだろう?

そんなことをフト思った。






2008年9月20日土曜日

アンコール・トム

さて、アンコール遺跡巡り

まず、先に行ったのは、アンコール・トム

細かい解説は、もう放棄します。

Wikiででも。

また、ここらでの写真も諦めてください。

写真は、ここがお奨めかも。

その大きさ、積み上げられた実体などは、とても写真で切り出せるものではなく、

私のカメラは、キャノンのパワーショットなどという極めて民生な機械なので、

そのままムービーモードでの撮影が可能で、

これ以降は、ほとんどメモリーにもの言わせてムービーで撮影。

でもって、感想だけは、、、でありますが、

まず、そもそもこの建造物、ただ石を積み上げられたものである。

したがって、如何にここには地震が起きないかが容易に想像がつく。

数々の王が、この建造物を作ったものの、

やがて、末期の王は、アンコールを放棄する。

が、、、それがいけない。

放棄された建造物は、自然が容赦なく襲う。

雨、そして、植物、さらには、カビが容赦なく侵入する。

石は、侵食され、カビが、芸術物を変色させる。

ローマのように、誰かが住み、人間がそこに居れば、

きっと、掃除をし、そのまま残っていたのではないか?

などと甘い期待も持ってしまう。

# 逆に、戦いであっという間に破壊されちゃったかもね。

やがて、植物は、全てを包み、この遺跡をジャングルの中に追い込んだ結果が、

果たしてよかったのか、悪かったのか、大いに疑問である。

それにしてもこんな場所にこれだけの建造物をよく作ったものである。

確かにコンクリートが生まれたヨーロッパとは、全く異質な建造物ではあるけれど、

当時の王が、権力で、多大のマンパワーと材料で、

未開の地に一種の巨大な芸術品を製作したその事実は、

やはり、世界遺産に匹敵するものであることに、誰も疑わぬであろうことを実感した。



P.S

このアンコール遺跡、マニアな人は、1週間もかけて観光する。

けれど、残念ながら、あまりにも当方には、知識がなく。

ローマの遺跡と違って、どれも同じような遺跡に見える自分に哀しかった。