私の小学生の頃、「アンコールワットの謎」という本を読んだ記憶がしっかり残っている。
が、もはや詳しい内容を覚えているわけではなく、
興味を持って読んだ1冊という記憶でしかない。
が、同時に読んだ後に頭をよぎったことが根深く残っている。
それは、「たぶん、生きているうちに、このアンコールワットに行けることは無いだろう。」
それほど、密林の中の神秘の場所として、また、
そこに行くには、とてつもなく大変なイメージを子供ながらに持った記憶がある。
もちろん、40年も前のことだから、実際にもそうだったであろう。
けれど、、、それから40年後に、まさかそこに行くチャンスに恵まれるとは思わなかった。
そして、今回のチャンスである。
胸いっぱいのアンコール遺跡である。
私は、いつも西洋美術画の勉強を少々していたりするのであるが、
本来は、絵画系よりも遺跡系の方が体感的に好きである。
その理由は、明快である。「触れるから。」
# 単純な理由ですみません。
あえて、正直な感想を書くと
どこの遺跡に行っても、それを見た瞬間に大きな感動は得られない。
フィレンツェにしても、グランドキャニオンにしてもである。
それは、どこの遺跡も、それ以前に写真などで見たことがあろうから。
いや、むしろ、それまでに見ていた写真のイメージの方が、雄大だったりするので
そのギャップが埋まるまでに時間がかかったりもする。
# なんとなくわかっていただけるでしょ?
が、そこに立ち、そこで時間を過ごすうちに、不思議な感覚になるのが不思議だ。
その遺跡に触ってみる、腰掛けてみる。
そしてその風景は、当時の実際の眺めこそ違うだろうけれど、
何百年前にもきっとここで同じようにした人が居て、
何を見て、何を考えていたのだろう?
そんなことをフト思う時、とても長い雄大な時の流れと、
今、自分の生きている奇跡と必然性、そして、
それを感じさせてくれるに至ったその偶然の連鎖の結果に
とても感謝する気になれるのだ。
いやぁ、今回も例に漏れずそんな気持ちにドップリ浸かれた。
何だか幸せな気分になれた。
行けてよかったぁ。
# メチャクチャ暑かったけれど、、、。
P.S
で、アンコールワットは、どうだったのよ?
あ、次のコマでも。
# 写真は、自分で撮った写真です、一応。
