各家庭にクーラーなどもなさそうなので、
家族の憩いは、自然と家の前になるのであろうか?
プノンペンの人々の娯楽はいかに?ふとそんなことを思う。
夜、ただの部屋にゲーム機が並んでいる家を見た。
たぶんゲームセンターであろう。
けれど、ゲームをしている人はいなかった。
この街の憩いは、きっと語らいだ。
夕刻、メコン川沿岸は、人々でいっぱいだ。
家族もいれば、カップルもいる。
スポーツを楽しむ人もいれば、凧揚げをしている人もいる。
けれど、その多くの人の憩いは、きっと語らいだ。
ただただ風景を眺め、語らう。
なんだか忘れてしまったものを思い出させてくれる素敵なシーンだ。
P.S
メコン川のほとりの広場のその人々を見た時、
ふと、ここで映画を上映したいな。
そんな思いに取られた。
言葉の問題?そんなの気にしなくていいはずだ。
チャップリンの名画は、トーキーだし、
今どきのアクション映画なんぞは、きっと言葉は要らない。
けれど、次の瞬間、ちょっと反省した。
それは、彼らの憩いをジャマする事にならないか?
もはや、その私の思考が、日本的じゃないのか?
正直言って、そこまで考えると、
私は、何が良いのか、何もかもがわからなくなってしまったりする。
