2008年9月18日木曜日

イタリアからカンボジアへ渡ったプー達

久しぶりのプーネタである。

開所式を間近に控えしも

建築現場は、あいかわらず建築中であったりもする。

まぁ、建物が新規にもかかわらず、

とりあえずこの日本の研究センターの部屋を最優先で作り上げる、

という課題を現場は与えられていたようなので、

部屋こそ出来ているものの、上の階や外周は、殆ど未だ製作中だったりする。

ただ、到着日には、「まだ、こんな状態なの?」と思ったりもしたのだけれど、

いざとなると大量のマンパワーで作業してくれるので、

あれよあれよと出来上がっていくのに、意外性を感じたり。

# 最初っからそのペースでやってくれれば、、、と思うのは、
# 日本人の勝手な言い分であったりするんだろうな。


さて、建築現場の脇には、飯場がある。

トタン板で作られたような、ほんとにみすぼらしい建物であるが、

その狭い中で、たくさんの家族が生活している。

現場で作業しているのは、男性だけではない。女性もかなり多い。

工事材料を運び、掃除をし、床を磨いているのは、殆どが女性である。

きっとお母さんがここで働いているんだろうな、

夕方、人が少なくなってくると、子供達が、現場にやってくる。

お母さんが帰ってくるのが待ちきれないのかもしれない。

子供達が回りにやってきても、お母さんは決して手を止めることなく床を磨いている。

それを見ながら、子供が、ふとモップを取って、手伝い始めたり。

その自然の成り行きが、孟母三遷を現実に見たようで、

とてもうれしくなって、思わず写真を撮った。

ところが、そこに居合わせた男性の作業員は、それを見るなり、

子供を家に帰るように叱って追い払った。

まぁ、現場に子供がいたり、子供が中途半端な作業をしていたり、

そもそも危ないし、、、いろいろな意味で追い払ったのは、理解できる。

でも、なんだかとても淋しい思いにとらわれた。

結果的に私が追い払ったようにも思われた。


でも、彼らは、次の日も来た!

言葉は、まったく通じない彼らではあるけれど、

前日の申し訳なさを、何とか拭い去りたかった。

だから今日はちょっとだけ、彼らと遊ぼうと思った。

彼らと目が合った時、私が手品を見せる。そういつもの親指切りの。

その瞬間の彼らのビックリした顔。

そして、お母さんにも見せようとする彼ら。

子供がはしゃぐ姿に、ニッコリしているお母さん。

でも、お母さんの作業の手は、一瞬たりとも止まることはなかったのが、ちょっと沁みる。

やがて、そのやり方を教えてやると、一生懸命練習して、

お母さんのところに駆けて行っては、その手品を見せるしぐさ。

私にとって、彼らが天使ではなく、なんであろう?


そんな瞬間を、私は、とにかく記憶に残したかった。

彼らの写真をいっぱい撮った。

回りの人に、私と彼らの写真をいっぱい撮ってもらった。

次の瞬間、思った。

彼らの中にも何かを残せないだろうか?

こんなひとときがあったことを彼らに残せないだろうか?

押付けでも自己満足でもいい、何かを彼らに残したかった。

そんな時、ふと思い出した。

いつも私に連れ添っているプーのこと。

迷いもなく、彼らにプーを進呈した。

実にその時の彼らの喜びようったら、、、きっと私は忘れない。

どちらもイタリアからやってきたプーである。私と日本で過ごし、

長い旅の後に、カンボジアに落ち着くとは、思いもよらなかったんだろうな。

でも、頼むよ、プー。ボクらのために。

ガチャポンプーでも別れが辛いことがあるけれど、

私は、2匹のプーに、ここでの思い出の全てを託した。




P.S

この国が、貧富の差が激しい国であるということは、

それとなく私は知っている。

けれど、このプーを見て、日本人と接した想い出から、日本という国に興味を覚えて、

何かを目指し、何かを勉強し、それが、彼らの未来を明るくしてくれたら、とてもうれしい。

きっとその可能性は、ゼロではありませんよね?


フト手放してしまった私だけれども、

この小さなマスコットにかけた、私の想いのその大きさを、

この2匹のプーには、知っていてもらいたかった。