2013年9月25日水曜日

花の終わりはそれぞれ違うんです。


ネットで読んだことがある。

イギリス人の学者たちが言ったそうだ。

「日本人はいいよね、シェイクスピアが翻訳できて」と。

英語で書かれたシェイクスピアは一種類しかないけれど、

日本人は無限にバージョンを持てるということになるのだそうだ。

そうなると、翻訳された本を読むには、やはり翻訳者の選択も重要な要素なんだなぁ。

とつくづく思ったりも。




P.S

しかし、、、

桜は『散る』

 梅は『こぼれる』

  菊は『舞う』

   牡丹は『崩れる』

    椿は『落ちる』。

         花の終わりはそれぞれ違うんです。

#日本語を愛したくなるコピー、より引用。

と書かれていても、自分がそれを使い分けているか?

というと、自分のかなり次元の低さを実感。

けれど、読めば、なんとなくその情緒は判りそうな気がするんだが、、、

このうぬぼれオヤジは。