ネットで読んだことがある。
イギリス人の学者たちが言ったそうだ。
「日本人はいいよね、シェイクスピアが翻訳できて」と。
英語で書かれたシェイクスピアは一種類しかないけれど、
日本人は無限にバージョンを持てるということになるのだそうだ。
そうなると、翻訳された本を読むには、やはり翻訳者の選択も重要な要素なんだなぁ。
とつくづく思ったりも。
P.S
しかし、、、
桜は『散る』
梅は『こぼれる』
菊は『舞う』
牡丹は『崩れる』
椿は『落ちる』。
花の終わりはそれぞれ違うんです。
#日本語を愛したくなるコピー、より引用。
と書かれていても、自分がそれを使い分けているか?
というと、自分のかなり次元の低さを実感。
けれど、読めば、なんとなくその情緒は判りそうな気がするんだが、、、
このうぬぼれオヤジは。