2025年12月31日水曜日

令和7年が終わる。


今年もいろいろあった。

前半は、子ども食堂で受験戦争にアタフタ。
でも、とりあえず目標は達成できたし。

中盤では、母を亡くした。享年98歳。

後半では、懐かしい母校へ行ってみたり、四国巡りしてみたり、、、
終活っぽいな。

日本の政治は、元気を取り戻したみたいだけれど、
世界の情勢は、全体的に軍拡モードになりつつあって、なんだかモヤモヤしている。

でもま、今は、無事一年過ごせたことを感謝しつつ。

来年もまたよろしくお願いいたします。


P.S

今年の紅白歌合戦は、なかなか楽しめたぞ。

例年は、録画をしながら、追っかけ再生して観る。
倍速にしたり、飛ばしたりして。

けど、今年は、紅白歌合戦放映中に追いつけなかった。
後半が、倍速したり、飛ばせなかったからだ。

いやぁ、懐メロを楽しむ世代にこっちもなってきちゃったのかなぁ。

# けど、懐メロの人たちは、見ていて痛々しい人もかなり居たぞ。

まぁ世ではいろいろ言われていそうだけれど、やっぱり年末は紅白歌合戦を観る爺であります。

# ってか、他に見るものないし。

しかし、昔の抒情的な唄に比べて、最近の唄のなんと哲学的なことか。

今の若者は、難しい世を生きているんだろうなぁ、、、とつくづく思います。





2025年12月30日火曜日

令和7年度 映画鑑賞総括

さて今年も令和7年度 映画鑑賞総括を。

いやこれをメモっておかないと、良かった映画も忘れちゃうからね。

今年もあえて5作品を選択。

基本的に、もう一回頭っからじっくり観てもいいかな、が基準であります。
また、最近はテレビドラマも観るようになって、あへてそれらも含めてです。

今年の傾向としては、ドンデン返し系の映画を選んで見ていたこともあり、
ホラー映画が多めになり、、、

面白いモノもいろいろあったけど、それらをも一回見たいかと言われると、、、ボツなっちゃうな。

で、以下をメモメモ、、、

陪審員2番

  終わり方スッキリしないけど、他人事としてなかなか片付けられない感で。

国宝

  ありきたりっちゃぁありきたりだけど、こういう人間の一生モノに私は弱い。

舟を編む(NHK版)

  いやぁ、楽しかった。何度も観返すシーンも多々。原作を読む気にさせてくれたしね。

50回目のファーストキス

  悲劇も楽しく過ごすことを忘れさせないためにも。

海に眠るダイヤモンド(TBS版)

  軍艦島に興味があったことも手伝って、その半生のドラマが逸脱してましたよ。
  最終話なんか、何度観ても泣かされるし。


今年は、映画のコラム数が53本。ちょっと少なめ。

でも、やっぱ映画楽しいなぁ。

来年もいっぱい観られますように。



P.S

いざ振り返ってみると、数本は、見なくてもよかったよね、そう思うものもある。

けれど、それって見てみなきゃわかんないわけだから、、、。

来年も下手な鉄砲を数討ちますわ、うん。





2025年12月29日月曜日

アンパンマン車輛

さて、帰路である。

JR琴平駅より、岡山で新幹線に乗り換え名古屋へ。

疲れもピークになっており、琴平から岡山までの特急は座っていきたいなぁ。
そう思って、指定席券を購入しようとしたら、横に居た駅員さんが私の代わりに手早く自動券売機を操作してくれた。

# いや、そのボタンを押す手さばきのスピードの速いこと速いこと、流石です。

そして、私に言う。

「なかなか空いてませんねぇ。でもアンパンマン車輛なら空いてますがどうしますか?」

「いや、もう座れれば何でも構いません。」

「本当に大丈夫ですか?」

「はい。」

妙に何回も確認されながら、とりあえず指定席をゲット。

さてアンパンマン車輛に搭乗。


もう車内のすべてにアンパンマンとそのキャラ達で埋め尽くされている。
こりゃ子供たちは喜ぶだろうな。

しかし、その数分後、わかったのである。
駅員さんが妙に私に“アンパンマン車輛”でいいのかを尋ねたわけが。

その理由は、、、

子どもの泣く声、ぐずる声、そして、親たちの叱る声。

とにかくうるさい。(笑)

ただ、ま、他人事だからね。
それでもこちらは、疲れも手伝ってウトウトできましたよ、無問題です。

岡山に着くころ、スマホで新幹線の指定席をゲット。
岡山から名古屋へは、夕飯用に買った駅弁も食べずに爆睡でワープの如きでありました。

これで今回の四国紀行は、終わります。

# 後日、お土産について追記するかも。

いやぁ、ひとりでのんびり旅行、やっぱいいです。

楽しかったぁ。



P.S

国内旅行でも、海外旅行でも、帰ってきた途端に思うこと。

「今度は、どこに行こうかな。」

なかなか行けないのですけどね。

でもせっかく、この歳になって暇があるのだから、またどっか行きます、うん。先もなくなってきそうだし、、、ね。

とりあえずカラダ鍛えておこう。
次の旅行の為の日々の鍛錬はそこにあります。

うん、頑張ろう。





2025年12月28日日曜日

地元産のコンビニ食

今日は観光ネタではないけれど、、、

今回の旅行は、基本鉄道での移動なので、乗車前に何かと駅中をうろつくことになる。

で、駅中のコンビニやお土産もの売り場を徘徊。
ただ、バッグパックなので、かさばるお土産はなかなか買えず。

そんな時にいろいろ目に入る地元の食べ物。
それが、地元産と表記されていると、やっぱここでなきゃ食べられないものじゃね、とつい買ってしまう。

で例えば、下。

高知県産茶葉100%「土佐の番茶」とか
「愛媛県産温州みかん」のサンドイッチ


まぁ感想としては、
番茶は、ちょっと風味が珍しかったかも。
温州みかんの方は、ジューシーで美味しかったけれど、、、そのまま食べたかったかも。

いやいや車中のリッチなデザート食でした。



P.S

私の地元でも、地元産のコンビニ食がある。

けれどいつも思うのは、こう表記するのは、
観光者ウケ狙い?地元愛ウケ狙い?

まぁメーカーはどちらでも売れれば構わないのでしょうが、
こういった地元限定商品を食することが出来るのが旅行の楽しさでもありますね。




 
 

2025年12月27日土曜日

金刀比羅宮・書院


さて、かねてから金刀比羅宮に来たら、絶対行かなきゃね、と思っていた書院。
丸山応挙の障壁画や伊藤若冲などココでしか見られないものがあるわけで。

ところが現在、それらは三井記念美術館へ貸し出し中で不在、ガックリだよね。

# ま、事前には知っていたけれど。

しかし、三井記念美術館での展示は、11月24日まで。
今日は、12月8日であれば、受付の人に聞いてみた。

「今頃、移動中でしょうかねぇ?」と私。
「まだ梱包中だと思いますよ、丁寧に。」

二人で大笑いで。

ただ、そのおかげで本日の入場料は無料。
写真はどこで撮っても良いということでいたる所でパシャパシャ。

その後、庭園眺めながらゆったりと過ごせました。
だって、他に誰も居ないんだもん。
次の観覧者が来るまで居ようと思って、ボ~っと。

# こういう時間、とても大切だよね。

とても優雅な大切な時間が過ごせました。
















P.S

いつも美術展の度に私は宣っている。

襖絵や銅像は、本来の場所で観なきゃダメでしょ。
当時の人間と同じ気持ちになって観るべきでしょ。

けど、、、今回、、、わざわざ来ているのに、、、

ちょっと悔しい。いや、大いに悔しい。









2025年12月26日金曜日

金比羅山登頂

さて、四国観光名所って言ったら、やっぱココが代表格でしょう。

で、今回やっぱり階段に挑戦です。

# 中学校の修学旅行でも来ているはずなんですが、、、記憶皆無。

日頃、ウォーキングで鍛えている成果が問われます。

かと言っても、背中にバッグを背負いながらは、ハンディキャップ大きいよなぁ、と
駅構内にあるコインロッカーにバッグの中身を置いて。

# メチャ空いてました。

 
さて登頂口から上がります。
両側に並ぶお店を気にしながらも、帰りも通るから後でね、と。

お店のおばあちゃんが声をかける。

「ここは、60段目だよー。」

すると後ろからおじいちゃんおばあちゃん達の声が。

「階段が大変だと聞いてきたけれど、こんな緩やかな階段なら平気だよね。」

あの後、どうなったのかなぁ、あのおじいちゃんおばあちゃん。
こっちは、一人なので、マイペースで登れたのが良かったです。

で、御本宮到着。ここまでが785段。
 

今回は、奥社も目指します。

奥社までの道のりは、グッと人数が減って、
すれ違う下りの人に声をかけられながらも、彼らの余裕な雰囲気に対して汗だくの私は

「やっぱ日々の運動不足か、、、。」などと思いながら。

で、奥社到着。ここまでが1368段。
まぁ着いてしまえば、疲れが吹き飛びます。
 

で、拝んで、朱印紙を一枚買って。
オヤツのパンを食べて、ちょっとユッタリ。

さて帰路は、下り。休んだおかげでスッキリ下山。
すれ違う汗だくの上りの人々に余裕で声かけたり。

# そういうことだったのかー、すべてを理解。

いや、これで金比羅山、一応踏破です。


P.S

帰りは、お土産屋さんを見ながら讃岐うどんを。
ついでに金陵の郷で“酒粕ジェラート”を食べて。

これで、四国名所観光は、終わりです。


 
 

2025年12月25日木曜日

ひろめ市場

高知での夕飯は、お知り合いおススメのひろめ市場で。

広い市場のようにいろいろな店が立ち並び、
中央には、基本4~6人掛けぐらいのテーブルがたくさん並んだ大広場。

いろいろな店で好き勝手買ってきて、そのスペースでみんなで盛り上がるってスタイル。

で、混んでくれば、誰もが相席が前提で。

全体の写真を撮ろうと思ったけれど、どう頑張ったって酔っぱらいの個人情報(顔)が写りこんでしまうので、あまり撮れませんでした。

さて、何食べる?
やはり高知でしょ、カツオのタタキでしょ。

ということで、そこで大々的に藁焼きしているお店を選んで購入。

塩とタレがありましたが、迷って選べなかったので、両方で。

それにハイボール。

まぁ基本的に刺身好きな私、ちょっと多いかなと思ったけれど、美味しかったので難なく完食。

次は何を?と思っても、とにかくいろいろなジャンルなものがあって、なかなか選べない。

するとこんなのぼりが目に入った。

いやま、そういうんだったら、と餃子をチューハイとセットで。

まぁ一人だといろいろ食べられないのが残念でありました。

その後、無性にラーメンが食べたくなって、商店街の居酒屋で〆のラーメン(だけ)を食す。

アルコールもちょっと足りない感があって、冷酒船中八策と。

いやぁなんとなくグルメな夕飯でした。
 


P.S

ひろめ市場では、やはり相席に。

こちとら一人なので、どこの席にもぐり込もうかなー、と。
あまり若者と同席してもなー、と自分と同年代のジジババ席へ。

まぁお互い酔っ払いであれば、ひと言声かければスムーズに混じられるのだけれど、
延々とオヤジの自慢話を聞かされたぁ、カックン。

どーせなら「このテーブルは、今〇〇の話題で盛り上がってます。」

なんてのぼりでも立ててもらいたいなぁ、うん。





2025年12月24日水曜日

北川村 モネの庭 マルモッタン


かつてパリに行った時に、ジヴェルニーのモネの家も観光の候補にあがったものの
やっぱ、イチ芸術家の家でしょ、あの睡蓮の画の風景でしょ、
ついつい美術館巡りが優先されて行けなかったんだな。

# パリ素人なモノで。

ところが日本に帰ってきて、四国に町おこしでモネの庭をまねて作った場所がある。
そこは、本家フランスのモネの庭の管理者の力を借りて真似て作り、公式的にも認められている。

ということをテレビで知って、いつかは、、、と思い続けていた場所でもありました。

場所は、高知県安芸郡北川村。
車でも高知から1時間弱ほどかかる、ちょっと難易度が高めの場所であります。
そこを今回もレンタカーで。

まぁぶっちゃけて言えば、有料の庭園の公園であります。

水の庭、ボルディゲラの庭、花の庭の3つのエリアがあります。

# もうデートコースには、最高かもね。

が、園内を歩き回ると、確かに本家を真似て作ったであろうことはよくわかります。

# すみません、あくまでも様々な情報との比較です。

「なるほど~、モネはこんな風景を作って描いていたのかぁ。」

確かに実感できました。
で、写真撮りまくり。

が、如何せん季節が悪い。
もう冬、どちらかと言えば花の季節ではない。

# 木々の紅葉は、きれいでしたが。

睡蓮の花は、咲いていないですし、

# ん?けど二つ咲いているのを見つけたぞ。
 
花の庭エリアも来年に向けての造園準備中。
春夏の季節なら、すごい眺めなんだろうなぁ。

通りすがりのお爺ちゃんたちからは
「今来てもしょうがなかったな。」
などと耳に入ってきましたが、

まぁ私としては、モネの庭のイメージが持てれば充分。

今日は、夜間照明でナイトイベントもありましたが、
残念ながら、レンタカーの返却時間に間に合わなさそうで諦めました。

「いや、それ、モネの見ていたシーンじゃないでしょ。」

そう自分に言い聞かせて。

# でも、ちょっと残念だったかも。

いや、でもマジ来て良かったでした。


P.S

ちなみにここの入場チケットの半券で、本家フランスのモネの庭に入園できるとか。

「いやいやいや、そっちに簡単に行けないから、こっち来てんでしょ。」

ったくぅ。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

2025年12月23日火曜日

詩とメルヘン絵本館


今回の旅行で一番来たかったところかもしれない。

私が雑誌“詩とメルヘン”を初めて見つけたのは、学校の購買部だった。
高校生には、決して安くはなかったけれど、買わずにはいられなかった。

きれいな表紙と中は選ばれた美しいイラストと詩。
眺めているだけで癒されたものだ。

当時高校生の私は、とても小説家にはなれそうもないと思っていたけれど、
詩ぐらいなら、と大学ノートに書き綴っていたものだ。

だから、“詩とメルヘン”は、憧れの一冊だった。

# ちなみに詩をハガキで投稿したこともある。
# 当然、“ボツ”ですが。

大学から社会人になっても買っていたけれど、いつの間にか買わなくなった。

たまに実家に帰ると、それらが山になっているのを眺めながら、たまにペラペラ見ながら詩を書く気持ちを維持してたような気がする。

そして、いつの日か、、、捨てられてた。

それから何十年、たまにどうにも見たくなることがある。身近に感じたくなる時がある。
だから、ここでせめてあの頃の表紙だけでも、とやってきたわけであります。

期待通りに、創刊号から全刊が壁に並べられていた。

いつの間にか廃刊になってしまっていたことは知っていたけれど、その刊数に驚いた。
そして、自分が買っていたのは、まだまだほんの前半の一部であったことを思い知らされた。

なんで廃刊になってしまったんだろうなぁ。
世がすさんできたのかなぁ。
自分を棚に上げて、そんなことを想う。

自分へのおみやげに「やなせたかしの世界」を一冊買ってきた。
中に懐かしい表紙の絵があったから、買わずにいられず。


いつまでも無くしたくないな、詩を書く心。

切に思う。




P.S

30年以上前、絵や写真と自分の詩で詩集を作りたくてMACを買った。
初めて自分で買ったPCだった。

ハイパーカードで書いていたものが、
Ditroff、Doc、PDFといろいろ移り変わりながら、やがてHTMLになり、

今は、ブログ形式になってしまって、詩とは程遠い文面になってしまっているけれど、
元は、詩だったんだけどな。

きっと今も私のホームページのディレクトリのどこかに昔書いた詩が残っているはずなんだけどな。





2025年12月22日月曜日

アンパンマンミュージアム

ついこの間まで、朝ドラ“あんぱん”を見ていて、アンパンマンが懐かしかった。

私は、雑誌“詩とメルヘン”を創刊号から持っていたので、
今と全然違う初期の頃のアンパンマン時代からリアルタイムで知っている人間である。

更には、以前東京で私の部署がフォンテーヌビル(いずみたく氏のビルね)の2階に入っていたので、やなせたかし氏と廊下ですれ違うこともあった。

そんなこんなでいろいろ馴染みが深い。

で、やはり来てみたかったアンパンマンミュージアム。

いやぁ子ども達も多いけれど、若い人、中年もかなり居たのは、やっぱ私と同じノリかもしれない。

しかし、子ども達が遊びまくっている風景は、やっぱいいなぁ。
親子が一緒になって遊んでいるシーンもなんとなく懐かしい。

私にもそんな時あったよな。

子ども達にとっては、遊びに夢中になれるところだけれど、
大人にとっては、少なくとも私にとっては、もういろんな意味でただただ懐かしさでいっぱいのアンパンマンミュージアムでありました。

孫たちを連れてきたかったな。



P.S

作ったキャラクターの数でやなせ氏はギネスに載っているとか。 
で、記念にこんなハガキを記念に購入。

写真を撮るとどうしても子供たちが写ってしまっているのでココには上げないけれど、
絵ハガキはいいですよね?

けど、この何倍になるんだろうか、作られたキャラクターの数は。




2025年12月21日日曜日

高知 桂浜

三日目。

四万十町(窪川)から朝イチの電車で高知へ移動。
今度は、高知駅前でレンタカーを借りて。

やっぱ高知へ来たら、桂浜は必須でしょ。

ということで、やってきました桂浜。

# 修学旅行できっと来ているはずなんだがなぁ。記憶皆無。

海の音が懐かしい。いつぶり?

坂本龍馬の像(デカっ)を見て、浜辺を歩いて、龍王岬にも。

何年か前に、大学の先生と話をしたことがある。

“なぜ、高知からの偉人が多いのか”について。

やっぱ外様で徳川の影響を受けにくかったんじゃない?
あと、高知がきっと田舎過ぎた、ってのもある。
なんていろいろ話が面白かった。

ここは、月見の名所とも言われてるけれど、ダメダメ今日はそんな時間がない、と

次は、アンパンマンミュージアムを目指すのでありました。



P.S

波の音、お楽しみください。
久しぶりの方は、きっと癒されるはず。

# と思うんだがな。

と思ったら、このBloggerは、MP3のアップロードが出来なかった。
チッ。




2025年12月20日土曜日

お遍路さんと

二泊目は、四万十で宿泊しようと思いながらもどこにしようか迷いました。
四万十には、四万十市と四万十町(窪川)と二つあって。

JRの都合上、また、小さな町の方が風情があるかと思って四万十町(窪川)に宿泊。

# レンタカーを借りられるところも一軒あったからね。

で、小さな旅館を選択。

# けど、結構、部屋数あったぞ。

部屋は、和室で綺麗だったし、お風呂も久しぶりの木風呂だったし、


夕飯・朝食も付けてもらって、普通の家庭料理っぽかったけれど、美味しかったし良かったぁ。
ひとりでお櫃のごはん全部食べました。

食堂での相席は、やはりお遍路さん。
東京から来て、現在、室戸岬から足摺岬へと進行中だとか。

いろいろお話を聞きながらも、自分もやってみたい気持ちもあるけれど、やっぱツラそうだよなぁ。

# この思考段階で、お遍路さん失格である。

明日の朝の予定は、7時41分の電車。

「あ~、明日の朝早いなぁ。」

と思ってたけれど、お遍路さんたちは、朝7時前には出発されました。
自分の甘さを実感する一泊でありました。




P.S

部屋には、ヘルメットが。

やっぱ大型地震を想定してのものなんだろうな。
忘れていたことを思い出しました。

でも、こんなものでも用意してくれている旅館側の危機管理にちょっと嬉しくもありました。







2025年12月19日金曜日

四万十川と沈下橋

半日レンタカーを借りているので、海洋堂から四万十川に沿って下流へドライブ。

道中、たまに沈下橋が目に入る。

沈下橋は、川の水量が増えると、そのまま水面下になってしまう橋のことであります。


生活道路としては、それでもいいじゃんね、費用も少なくて済むだろうし、なんて思うけれど、

川の増水時には、緊急車両は大回りしなきゃいけないのも考えものだよね。

けど、最初は、橋梁技術が未熟であったために、増水時には、橋が水面下になることによって
流れてきた流木を橋の上を通過させるのが目的だったとも。

なるほど~。

下流に向かってドライブすると、だんだん川幅が拡がってゆくのがわかる。
けど、今日は水量が少なすぎて、よくポスターで見かけるようなシーンは見られなかったのが残念。
 
一応、いくつかの名もない(いやきっと名はあるはずだけど)沈下橋を眺めたり、車で渡ってみたり。

# 橋の幅が狭くて、ちょっとドキドキ。

人気のある岩間沈下橋、佐田沈下橋も見て、あこがれの四万十川と沈下橋を制覇です。



P.S

「日本最後の清流」と言われる四万十川。

ふと休憩に入った道の駅でこんなものを見つけたら、味わってみないわけにいかないでしょ。







2025年12月18日木曜日

海洋堂ホビー館四万十


いやぁ一度は来てみたかった場所であります。
海洋堂については、説明しきれないのでググってね。

いやなに、私も小さな頃から模型好きで。

で、ミニチュア好きでもあるから
当然、ガチャポン好きでもあったりもする。

実にその中身が、所狭しと展示されている。

いやもう見ているだけで楽しい。

「こんなものもあったんだぁ」なんて新発見もあれば、

# 写真下は、ミュシャのシリーズ

やがて、「あっ、コレ持ってたっ。」という一品に遭遇する。

「あ~欲しかったんだよね、このシリーズ」と、もうキリがない。

「このシリーズは、他のはこんなだったのかぁ」

憧れていたシリーズの他の作品の写真ではなく現物が見られてうれしくなったりもする。

しかし、30分も経つと胸がいっぱいで苦しくなってきた。

この数、この種類、好きだからと言って、集めようなんて、無理だ。
いや、それよりも、私がこんなにも好きだったものをどこかで熱中して作っている人たちが居て。
小さな頃から自分も模型好きだったのに、なぜその道に進まなかったのか、なんて気分に。

自分の人生、それでよかったのか?
いやいや、そもそもフィギュア職人の才能ないでしょ。
けどトライしてみたのか?

いやもう自分の人生の振り返りが始まってしまって、なんだか見てて辛くなってきた次第。

なんだかあらゆることにキリの無さを感じてしまったひと時でありました。




P.S

最後に、ショップで珍しそうなガチャをと選んで買った一個。
歌川広重シリーズ。

旅行から帰ったら地元の駅のガチャコーナーにもあって、、、外れたな。



2025年12月17日水曜日

しまんトロッコ

二日目です。

松山発8時11分発の特急宇和海5号で宇和島へ。
宇和島では、乗り継ぎ時間3分で予土線に乗り換え。

# グーグル先生の立てるプラン、きわどすぎるよ。

ここで、しまんトロッコに乗車。

この予土線、普通列車しかなく、四万十川や沈下橋を眺めながら進みます。
中は、カメラを構えた人多し。

# けど、窓イマイチ綺麗じゃないし、電車の中から四万十のきれいな写真はなかなかね。

今日の泊りは、窪川。
ん?もうすぐ着いちゃうじゃん、予定到着時刻より早くね?って思ったら、

「土佐大正駅で20分停車しまぁ~っす。」と。まじか。

線路は、単線。
反対側路線の待ち合わせ時間が結構あったり。

ついでにトイレ行って、駅舎の写真撮って、せっかくの想い出にと待合室のガチャポンも。

# 無駄にお金落したな。

ガチャの中身は、懐かしい紙キップ風おみくじ、もちろん大吉でした。

ちなみに反対路線には、新幹線タイプの車輛も。
 
電車走行中、たまに沈下橋を見かけましたが、「ま、いいっか、あとで近くで見るし。」で基本スルーでした。




P.S

意外に思ったのは、四国ってほとんどどこも単線でしたよ。
そこを特急も走る。

何かと時間遅れも発生してあせったりもしたこともありましたが、
逆に、全体が遅れてしまうので、あまり問題にならないのかなぁ。

きっとその辺りに生活のノウハウを感じます。




2025年12月16日火曜日

鯛めし

さて道後温泉で身を清め、夕飯はやっぱ“鯛めし”でも食べるかぁ、と。

道後温泉の温泉街では、鯛めしを扱っているところがいっぱい目に入って。

宇和島名物の鯛めしを松山で食べるのもどうよ、という思いが一瞬浮かんだけれど、
いや浜松のウナギを名古屋で食べるようなものでしょ、と居直って。

ただ、鯛めしも二種類あるのですね。
ご飯に鯛を炊き込んで食べるパターンと、
鯛の刺身をしょうゆダレと生卵、きざみネギなど薬味と一緒に混ぜて、ご飯にかけて食べるパターンと。

宇和島は、後者のパターンということで下の写真。

そして、冷酒を付けて。

いやなに、、、幸せである。



P.S

帰りは、電車で松山駅前のビジネスホテルへ。

Suica使えました。210円。

ってわざわざ書いたのは、、、Suicaが使えるのはここまでだったのです。

今回の旅行、Suicaさえ持ってれば、乗車券に現金を使うことはなかろうと思っていたのは甘かったのでした。



2025年12月15日月曜日

道後温泉本館でまったり

さて、今日の入浴はやっぱり道後温泉本館で。

聖徳太子もご来浴されたという道後温泉。
お風呂が複数あって、お茶菓子付き、休憩個室など入浴コースがたくさんで迷ってしまう。


ただの銭湯代わりに使うなら700円。
せっかく来たからと、お茶菓子と貸タオル・バスタオル付の2000円コースを選択。

# 個室コースも空いていれば、ひとり使いでもOKとのこと。

休憩室に通されて、荷物を置いて、いざ入浴。
お風呂は、男女とも2種類(霊の湯、神の湯)ずつあって、2000円コースはどちらも入れます。

で、まずは、霊の湯へ。(写真が取れないのが残念っ)

外人が多かったような。ちょっと暗め。
けど、人が少なめで、ユッタリできました。

次は、浴衣に着替えて、神の湯へ。

こちらは、広い、明るい、人多い。
銭湯代わりの700円コースは、こちらのお風呂だけだからね。

「坊ちゃん泳ぐべからず」の文字確認。
けど泳ぐほど広いかぁ?

で、マッタリお湯で時間を過ごした後、休憩処でお茶と御菓子と。

# 本来、お風呂に入る前に食べるモノじゃないの?という思いはゴックンして。


一応、2000円コースは、滞在時間は60分以内ということでした。

ちなみに、人数制限もかかっているのでタイミングによっては入場券を買うのに並びます。



P.S

もうひとつ見どころとして「坊ちゃんの間」という部屋もあります。
こちらは、「見せてください」と言わないと紹介されないのでご注意を。

私は、坊ちゃんを完読していないので、いささか興味が薄かったのですが、
一応、写真をパシャッ。
















2025年12月14日日曜日

道後温泉本館 又新殿

四国旅行の計画を立てている時に、道後温泉本館に又新殿なるものがあると知って

そこの見学(拝観?)には予約が必要と分かって、しかも最終の受付が16時半。
松山駅からタクシー飛ばしました。

さて、道後温泉本館又新殿とは、皇室専用の浴室であります。

そもそも建物の入口から別にあって、
 


当然、休憩処、着替え処、湯釜、そして、トイレが備わっている。

写真撮影自体は、どこでも自由に撮って構わないのですが、なにせ部屋には入れず。
けど、一応尋ねてみました。

「天皇陛下の視線で湯釜の中からの写真は撮らせてもらえないでしょうか?」
「ダメです。」

無念です。

一応、撮ってきた写真を。
























1899年に作られたものの、今までに使われた回数が11回という。

これで元が取れたかどうかは不明ですが、拝観料でカバーできてるのかな?などと不謹慎な思いも。

「今後、また使うことはあるのでしょうか?」
「わかりません。」

私はたぶん、説明者からはきっとヤな見学者でありました。



P.S

しかし、天皇陛下は、広々とした温泉に浸ることはないのだろうか?
温泉に入る時は、いつもひとりボッチなのだろうか?

いろいろ庶民的な疑問が浮かびますが、、、所詮、庶民の戯言です、はい。







2025年12月13日土曜日

しまなみ海道


「しまなみ海道をサイクリングしてきましたっ。気持ち良かったですっ!」

昨年の夏休み明け、子ども食堂の子供3兄弟に言われた。

# もうかなり前、NHKの72時間でもやってたような。

「しまなみ海道」という言葉、遥か昔から知ってはいたけれど、見たこともなく、ちょっと自分の無知識に悔しい思いをした。

さて、その「しまなみ海道」を今日渡ります。(写真は、橋のひとつ)

倉敷から福山までJRで。
そこから今治までは、高速バス「しまなみライナー」を使います。

全然空いていたので、バスのどちら側に座るか迷ったけれど、とりあえず進行方向右側のシートに。

# けど、四国に向かう時は、左側に座った方がいい景色が観られたような気がします。
# いや、人のものがよく見えてしまっただけかもなぁ。

バスは、普通の車よりもちょっと高めの視界が嬉しい。

やがて見えてくる尾道の街並みを下界に見て、やがて瀬戸内海に入ります。

大きな島としては、向島、因島、生口島、大三島、伯方島、大島、渡り抜き、そして、四国に渡ります。

しかし、思うには、ひとつひとつの島の間隔は、比較的に短いものの、一気に7つの大きな橋を作らなきゃ本州と四国は繋がらないわけで、よく思い切った計画を実行したものだなぁ、と。

# けど、かつてはやはり瀬戸内海を渡るのに沈没事故で多くの人が亡くなっているからね。

「しまなみ海道」は、西瀬戸自動車道(国道317号線)なんですね。

# 路線の長さは、59.4km

全ての橋が完成したのが1999年ということであれば、私からしたらそんな古い感じはない。

場所も瀬戸内海国立公園を突っ切っていれば、眺めも実に良い。

ただ、残念なのは、橋を渡っている時には、その橋が見えないこと。

# 氷河特急の時もほんと悔しかったわ。

渡り始める時に、窓から前方微かに見える橋げたのタワーを垣間見るのがやっとで。

景観を楽しむなら、やはりどこかで降りてひと息つかないとね。

けれど、今日は、時間がなく。

# 道後温泉の又神殿の拝観予約が取ってあったからね。

今治に着いたら、即JRに乗り換えて松山に向かいました。


P.S

「お~ここをヤツらは自転車で走ったのかぁ。」

とりあえずサイクリングロードの一部を確認できたので、これからはいくらか話についていけるかも。

しかし、体力的にロングサイクリングはもう無理だなぁ。
無念であります。





2025年12月12日金曜日

大原美術館

# はい、まだ本州です。

今回の最初の目的は、大原美術館。

観たい見たいと思いつつも、岡山までは仕事なんかでイヤってほど来ていたのに、仕事だとどうしてもトンボ帰りしてしまってなかなか来れなかった憧れの美術館。

毎週日曜朝に楽しみにしているNHK番組“日曜美術館”に何かとネタとして出てくるこの美術館。

私立美術館なので、国立ほどの展示数はありませんが、やはり見どころは多いですね。

常設展示を見ても「あ、この絵、ここのだったのか。」と今更ながら。

# ま、絵画それぞれへの想いは、キリがないので飛ばして、、、

今の目玉は、エル・グレコの「受胎告知」の修復後の初公開―プレ再展示―でしょうか。

企画展として“1925:ピカソ・フジタ・ヤクシジ―むすび100年前”もやってました。

点数はそんなにありませんでしたが、ピカソから影響を受けて描いたと思われるフジタの一枚が印象に残りました。

なんて言うかなー、キュビズム的でありながらもピカソほどに到っていない程良さが私には好みかも。

あとでネットで探して観直そうと思ったけど、見つからず。
あの絵とは一期一会だったのか?と思われると、ちょっと、いやかなり哀しい。

「工芸館」には、棟方志功や芹沢銈介の作品が並び、
「あ~日曜美術館に出てきてたあのシーンは、ここかぁ。」などとも。

今年全面改修が終わった「児島虎次郎記念館」も見学。

お腹いっぱいになりました。



P.S

やっぱちゃんと観ようとすると半日の予定組まなきゃダメだなぁ、とつくづく。

今回のプランでは90分しか取れなかったので、かなり“来ました記念”に近いですが、
でも、大原美術館が身近に感じられてよかったです。

だって、名古屋からだと東京の美術館に行くのと、距離的には大して変わりませんもんね。

「また来ればいいや。」

その感覚が得られたことが、今回の一番の収穫かもしれません。