2013年4月26日金曜日

心臓カテーテルの日


4/24より続く

さて、心臓カテーテルの日である。

朝、9時に病院へ。

予定では、2~3日。基本的には、1泊2日のはずである。

一応、2日分の着替えを持って、出張気分で入院。

事前にもらった“入院に用意するものリスト”を見ながら

歯ブラシ歯磨き → 某ホテルから持ち帰ったものを
石鹸、シャンプー、洗面器 → 一泊でしょ?パス。
はし、スプーン → コンビニ弁当に付いていた割り箸とプラスチックのスプーン
湯のみ、コップ、きゅうす → スタバのマグカップでなんとかなるべ。

バッグに詰めながら、ちょっと恥ずかしい気もしないわけじゃないけれど、

でも、一泊二日じゃんさ。なんとかなるべ。そんな気分で。

病室に行くと「予定では、お昼前ぐらいになります。」と言われて。

その間、

血圧を測り、体温を測り、

足に名札を付けられ、

右手首の毛を剃られ、

パジャマをレンタルしたら、寝巻きを渡され、

「パジャマお願いしたんですけど。」とナースステーションで言ったら

「今日のカテーテルは、どこからと聞いていますか?」

「手首。(きっぱりと)」

「じゃ、パジャマでいいですね。」とパジャマを渡されて。

「先生に伝えておくことがありますか」と聞かれて

「眠くなるような薬があるって聞いてますので、一番強いのをお願いします。」

後は、ただ呼ばれるのを待つだけの約2時間。長かったな。

持ち込んだ小説を読み始めて、ウダウダ、、、と。

でも、かなりの緊張。AKBのオーディションを待つ感じか?

11時半頃、看護士からお呼びがかかり、手術室へ移動。

看護士さんが、ちょっと待っててください、と移動ベッドを持ち出してきたので、

一緒にゴロゴロと運ぶ。

長い廊下を、エレベーターにも乗って。

「へ? 帰りはコレに乗って帰ってくるんですか?」

「そうですよ。」

「自分で歩いて帰ってこれないの?」

「しばらくは、絶対安静ですから。」

一瞬、めまいがした。会話が途切れた。

「先生に伝えて欲しいことをひとつ忘れていました。」

「なんですか?」

「イビキがうるさかったらすみません。って」

「伝えておきます。」

手術室に入る。

手術慣れしていない私には、まるで近未来の宇宙船の中のようである。

「はい、まずは、手術台の上に腰掛けてください。」と言われ、とりあえず腰掛ける。

年齢不肖な小柄な一見小生意気そうな女性医師が現れて私に尋ねる。助手っぽい。

「はい、名前をフルネームで言ってください。」

「はい、今日は、どこからのカテーテルって聞いていますか?」

「右手首って聞いています。(きっぱり)」

「はい、脱いで台の上に寝て。」

上半身裸になって、手術台の上に寝た。

私が人間扱いされたのはそこまでだった。

そして、着々と準備が進む。

と、突然、その医師が回りの人に言う。

「今日は、検査じゃないから、緊急時は、太ももからのカテーテルに切換えますので、

 その準備もしておいてください。」

(オイオイオイオイオイオイオイオイっ、そんなこと聞いてないし。)

二人の女性が近づいてきて、言う。

「腰上げてくださぁ~い、パジャマとパンツ一緒に脱がせまぁ~っす。」

(うっそぉ!!! 陰謀だぁっ!!!)

「毛、半分剃りまぁ~っす!」

(ま、まじぃ!!!!)

電気カミソリの音がして、太ももから上を見事に剃られた。

突然、今もって経験したことのない、下半身に涼しさを感じた。

きっと私のイチモツは、恐怖に縮込まっていたに違いない。

その後も、消毒液を塗られ、もちろん、手首も股も。

もう、私は、恥を世間体を人間性を捨てるしかなかった。

右腕は固定され、左腕は点滴だ。全身が動かせない。

「眠くなる薬注射しますね。」「お願いします。」

モノになりきろうと思った。


やがて、「手首麻酔注射しまぁ~す。」

チクっ、チクチクチクっ、とした直後、

いきなり手首にズ~ンと押し込まれる感が。

痛いけれど、それよりも何か重い感じ。

きっとカテーテルを押し込んでいるんだ。そんな感じがした。

けれど、その先がどこに到達しているのかの実感は、まるでない。

たまに胸がゴソゴソしないわけではないけれど、そこに痛みはない。

あとは、重苦しい状態のみだ。

眠り薬?全然効いてこないし。

全身緊張で力が抜けない。

苦しくても、カラダが動かせない。

いつもの主治医の声は聞こえる。何をしゃべっているかがわからない。

しかし、まだ、何か処置をしてくれている間は、まだ気が紛れる。

目の前を撮影機が移動してくれているだけでも気が紛れる。

このままじゃ耐えられない、何か気を紛らわさねば、と思い、

手術室内に流れているピッピッという私の脈を数えたりする。

100辺りまで数えると、わからなくなってしまい、また数え直す。

けれど、、、100まで数えても、2分も経っていないことが哀しくなる。

あと、どのくらいかかるの?

人から聞いたのは、早ければ15分、長くても1時間かからないって聞いていた。

(あ、そうか、あれは、カテーテルの検査の時間なんだっ。今日は検査じゃないんだっ!)

気が遠くなりたかった、気を失いたかった。

けれど、要所要所で突然声がかかる。

「はいっ、そこで息を止めてっ。」

(えっ?今? そんなん息が続かないよ。そう思いながらも必死で止める。)

結構、長い時間が。

(え? まだ? まだ、息を止めてるの?)

「はい、楽にして。」「ふぁ~。」

(って、楽なんかにならないよ。ただ、息出来るだけじゃんさ。)

何しろ残り時間がわからないのが、なによりもツラい。

今ここで、気を紛らわす為に何が出来るのか?そう考えて

ただただ自分の脈に合わせて、足の親指を動かし続けていたのでありました。

そして更に、私が祈り続けていたことは、

「どうか太ももからのカテーテルに切換わりませんように!」

太もも辺りの上に、何かゴソゴソ乗せられる度に(あ~、やだぁ~)と心で叫びながら

ただただ、祈り続けていたものでした。

やがて終盤、一本の注射器が何かを私に投入。

突然、鼓動が激しくなり、苦しくなり、じっとしていられなくなり

顔が左右に動き出した。

「大丈夫ですよぉ~、薬のせいですよぉ~」

辛かった。苦しかった。言葉が出そうだった。

「先生、く、苦しいです、た、助けてください。」

「助けて上げていますよ、今。」

笑い事じゃない。きっと、今の状態は、そのはずだ。

やがて、終わりの雰囲気が、、、確信はないけれど。

それでも、まだ時間がいくらか経って、、、、やがて、腕から何かを抜かれる感触が。ズルズルと。

「は~い、終りました。お疲れさまぁ~」 

痛みも苦しさもあまり変わらないのだけれど、とにかくホッした。

カラダから、異物が抜かれただけでも安堵した。

そして、思わず私は、応えた。

「疲れましたぁ!」

失礼だとは思った。けれど、本当の気持ちを伝えたかった。

ちなみに終った時、壁の時計を見た。

2時間半近く私は、苦しみと立ち向かっていたことになる。

2時間半という時間、、、映画を観ていても、長いなと思う。

そんな時間を過ごしたのか、、、ゾッとした。

回りの人たちも大変なことは想像がつく、

けれど、患者の苦しみをイチイチ感じていたら、何も出来ない、進まないこともわかる。

最後の最後に執刀医に「ありがとうございました。」って言えて良かった、と思った。

4月27日に続く


P.S

今日は、露骨に書いた。

私もいろいろな人に聞きまくった。やはり不安で。

何人かが応えてくれた。

「父親がやったけれど、簡単だったよ。」

「母親がやったけれど、あっという間だったよ。」

今、思う。それは、大うそだ。みんな傍観者側の意見に過ぎない。

もっとも、私も1年も経てば、そんな発言が出来るようになるかもしれないわけだけれど。

ネットで探しても、本当の体験談は実に少ない。

体験者の殆どが高年齢者で、ネットに載らないのか?

そもそも、私の体験談は、大袈裟か?

今からやろうとしている人の足を引張らないか?

書くにあたって、迷いもあるのだけれど、

でも、こんな人もいるんだ、というサンプルのつもりで書いた。

そして、簡単だという噂で、大変な思いをするよりも

大変だ、と思って臨んだ結果、そうでもなかった、そう思えたほうが良かろう。

# きっと、その人は、その後、簡単だったと触れ回るであろうけれど。
# 大いなる矛盾だな。


ただ、忘れてはならないことは、

自分が生きるためにやることなんだということ。

生きるために苦しさを越える試練であるということを。


大丈夫、心臓カテーテルでは、まず死なないから。


医師ではない一般人のきっと極めて臆病な施術体験者からの一言を

最後に付け加えておく。