2025年10月5日日曜日

エレニの旅


哀しい。
哀し過ぎるでしょ。

2004年、フランス・ギリシャ・イタリア製作。

時代は、ロシア革命の頃。

オデッサ(今のウクライナね)を追われた人々がギリシャに戻ってきて築いた村でのこと

まだ少女のエレニが、双子を生み終えて村に帰ってくるシーンから始まる。

# ざっくりあらすじを書いてしまう。

生まれた双子は、そのまま養子に出され、
自分を育ててくれた養父からは結婚を迫られ恋人と逃避行。

養父に追われ、逃げながら旅芸人となり
途中罪をかぶせられ長い間投獄の身にもなる。

双子の息子たちと再会しながらも二人とも戦争で亡くし
寄り添い続けた恋人も戦地沖縄で亡くなる。

# ザックリ過ぎるな。

ある意味、様々なコトが悲劇でしかない。
ごくたまに訪れる幸せなシーンは、実に儚い。

ただ、その時代のことも地政学的なことも知識がほとんどない私は、
深く意味が分かってないんだろうな。

監督が表しかったこと、残したかったことがよくわからずにいる。

どのシーンも綺麗で抒情もあるけれど、とても間が長い。

# 映画は、170分。

ギリシャ悲劇の物語、、、心して鑑賞されたし。

ただし、おススメ度は低。


P.S

実に三部作の一作目で、二作目は「エレニの帰郷」へと続く。

ただ、三作目は製作中に監督が事故に遭い未完のままだそうで、、、

二作目の鑑賞は、やめときます。m<._.>m






2025年10月3日金曜日

WANTED!! 宗教画


私が通っていた幼稚園は「聖母幼稚園」という。

# 60年以上も前のことである。

教会が併設する幼稚園で、まいわゆるキリスト系である。

そんな幼稚園では、まず朝、教会でお祈りから始まり
その後、何らかの説教・講話を聴くことになる。

その中で、私に強烈に影響を与えてくれたものがひとつある。
今から思えば、60年程前。たぶん4,5歳の頃に聞いた説教である。

壁にかかった一枚の画を見ながらこう説明された。

「誰にもひとりづつ天使がついています。

 そして、いいこともわるいこともあなたのすることを見ています。」

私の強烈なトラウマとなった。

ひっそりといいことをして誰も褒めてくれなくても天使は見ていてくれる。

こっそりわるいことをしようとしても天使は見ている。

当時まだトイレに和式しかなかった頃、今も見られているか?と後ろを振り返った記憶もある。

# 当時は、純真でした。
# 今は、、、(略)

悔しいかな、オトナになってもこの言葉は頭から離れたことはなかった。

で、いつの頃からかあの宗教画をもう一回見てみたいと思うようになった。

教会に行っても、もう既になく、知る人もいなかった。
大きさも大きく見えたけれど、所詮幼児から見た画であれば、そんなに大きくなかったかもしれない。

その画の情景を言葉にすれば、以下のようになる。

「森の中で後ろで天使に見守られながら、岩に腰かけて横笛を吹いている少年」

イタリアに行った時も、フランスに行った時も、美術館に行けばこの画を探し続けた。

きっと有名な画ではなかろう。
未だ見つかっていない。

そして、この歳になり、もう諦めかけている時、

世の技術が追い付いてきて、ふと思いついてAIに描かせてみたのが以下の画であります。 
 
 
これはあくまでも構図の参考にしかなりませんが、
どなたかこういった構図の画をご存じでしたらご一報いただけると嬉しい。

天使は、もうちょっとキューピッド的な可愛い天使だったと思います。



P.S

もういいっか、このAIの画で、、、と思いかけている最近の私。

見ていると、元の記憶の画が上書きされてゆくような気もしますが

頭の中の記憶を気軽に出力してくれるAIくんにもある意味感謝です。







2025年10月1日水曜日

やって後悔、やらずに後悔


よく人間向上案件の中に

「“やらずに後悔”するよりも“やって後悔”した方がいい。」

てな文脈をよく見かけることがあるけれど、

本当にそうか?と思ったりもするシニア世代の私。

むろんやって失敗しても最終的にはなんとか(最悪時間が)解決してくれるようなことであれば無問題。

でもやったことによって取り返しがつかないことになって
それが人生を棒に振ってしまった内容であれば、

“やって後悔”で済まされるのか?そんな思い。

もっとも“やらずに後悔”の方がそれを味わう期間が“やって後悔”よりも長かろうことは確かだけれど、

常に“やった方がいい”とは思えないんだな。

まぁ所詮、この道筋は、相反するパラレルワールドであれば、
両方を経験できるわけでもない。

ならば、最終的には、まずは今の状態を肯定して、

“あの時はやってよかったな。”または“あの時はやらなくてよかったな”

と思うことが大切なんだと思うんだがな。

”xxxxxで後悔”よりも“xxxxxでよかった”

人生の末路に至っては、そんな思考が大切だと思います。



P.S

私自身も、“選んだ末に失敗”“選ばなかったからこそのやすらぎ”をいっぱい持っていれば

そんな思考で人生を締めくくりたいと思います。