2007年12月12日水曜日

今日は、高松主張であった。

名古屋からの日帰り。

新幹線のおかげで、高松日帰りも東京出張と大して変わらない感がある。
新幹線で岡山まで行き、そこでマリンライナーに乗り換えて瀬戸内海を渡る。

今年就職した息子は、岡山に住んでいる。
マリンライナーに乗り換えると、やがて息子の住んでいるであろうアパートの近くを通るはずだ。

以前に一度、立ち寄ったことがあるものの、場所も外観もしっかり覚えているわけではない。
けれど、その辺りを通過する時、何気に窓の外の風景の中に息子のアパートを探している自分があった。

まったくあてもなく、ただ、何かを探している自分に気がついた。
やがて、間違いなく通り過ぎたであろうことがわかると、
特に何もすることもなく、カバンから小説を取り出して読み始めた。

しばらくすると、次に到着する駅名がアナウンスで流れた。
「そうだ、息子の彼女は、ここに住んでいるんだっけな。」
そう思うと、小説を読みながら通り過ぎるわけにはいかない気がした。

ふと、本を膝に伏せて、窓の外に目をやる。
彼女の家が、車両のどちら側なのかも知らない。
そもそも、電車から見えるところにあるのかどうかも知らない。
けれど、精一杯車両の両側と、今、目に見えるすべてのものを見た。

彼女の家は、今、私の網膜に写っただろうか?

何か私は、とても人間関係の儚い人間であるような気がした。
相手が成人した人間であるならば、そんな関係で充分じゃないか、とも思った。


P.S

けれど、その時、私は、淋しくなんかなかった。

何か、とても幸せな気分に包まれていた。