あるひとつの事象に遭遇した時、
それにある種のリスクが含まれている場合、
その道をそのまま進むべきか、回避するべきか、迷う時がある。
自分としては、回避するべきと判断しても
周りは、進みたいという希望がある状況になったりすると、
非常にツラい状況に立たされたりする。
そして、話が煮詰まってくると、どこからともなく、この一声が上がる。
「でも、やってみなきゃ、わかんないよ。」
ま、確かにね。と、自分でも思う。
けれど、この「やってみなきゃ、わかんない。」の言葉が暗示するものは、
自分の経験の無意味さにつながる。
この歳になって、自分の人生・経験したことから判断することの無意味さにつながる。
そして、この言葉は、経験の少ない若者に許された、
ある種の青い思考である気さえする。
そして、本来この言葉は、ギャンブルまでをも包括する。
まぁ、ギャンブルは、ギャンブルで構わない。
そのギャンブルの負けが、受け止められるかどうかの課題に話は移行する。
しかし、そのギャンブルを実行するにあたって、結果としては、
ただ単に、そのリスクさえも感じずに、何も考えずに
実行してしまう人間との差異がないのが悔しいよね。
そんなことを思う今日この頃。
まぁ結局は、そんな若者思考に付き合って、無鉄砲に突き進みながらも
裏方で一生懸命リスク回避しながら、日々それを仕事にするのも
まぁ、生き方のひとつではあるのだけれど。
P.S
ただ、その事象を仮にギャンブルとしてでも、実行できるかどうかが
自分の精神年齢の判断になろう。
そう意味では、私は、もうかなり歳を取ってしまった実感がある。
この世がカオスの世界であるのなら、私が、ステージを下りる日も近そうだ。