2024年10月30日水曜日

WindowsXPのデスクトップに入ってみた。

VRchatでWindowsXPのデスクトップに入ることが出来るということでちょっと行ってきた。

いやま、、、ただの草原だった。



P.S

ちなみにあの草原は、実在して写真家が撮ったものってのはご存じ?

興味があったらググってみてくださいね。


2024年10月28日月曜日

シビル・ウォー アメリカ最後の日

いやま、はっきり言ってどうしようもない映画だったな。

アメリカで内戦が起きたら、、、という前提であれば、
どうしてそんなことになってしまったの?がまず最初に気になるものでしょうが。

ところがそんなことはわからないまま。

で、銃自由のアメリカであれば、そりゃもう映画は単なるディストピアを描いたものでしかなくなるわけで。

その中でこれまた報道記者の好き勝手な行動が見ていてイタイ。
大統領暗殺をもくろむ部隊と、それまでにひと言インタビューを取ろうとする記者。

まぁ米国で内戦が勃発したら、こんな風になってしまうの?
アメリカ人は、いざとなるとこんな風になってしまうの?
同じアメリカ人同士こんなにも真剣に派手に戦えるものなの?

近代兵器でドンパチ戦っているのが壮絶であればあるほど見ていてツラい。

そんなこんなを100分も見せつけられてうんざりだった。

まぁきっと風刺映画なんだよね?きっと。

暗殺対象が“憲法で禁じられているはずの3期目の大統領”なんてのは
どこぞの国たちへの猛烈なメッセージにしか思えないから、そんなところは面白かったですが。



P.S

映画館へ行くタイミングが出来たので、どの映画にしようか迷いながらも
やっぱり映画館で観るならスケールの大きい内容の方がいいよな、と思ってこの映画にしたのだけれど、

もっと地味に頑張っている日本映画にお金落した方が良かったな、と反省中。

米国でヒットしているってホントなの?





2024年10月26日土曜日

まんがで読破 神曲

イタリアのルネッサンス期の美術を勉強していたことがあって、
ルネッサンスについて調べることも何回もあったけれど、

必ず行きあたるのがこのダンテの「神曲」。

どんな内容か知りたいと思いつつも読む気にならなかったけれど
古本屋さんでこの「まんがで読破 神曲」を見つけてサクッと知ろうと購入。

いや、とりあえず「神曲」がどんなものだったかを知って大満足であります。

で、「神曲」で語られるのは、生きた人間のいわゆるあの世巡りであります。

地獄篇、煉獄篇、天国篇からなり、地獄と天国については想像がつきましょう。
ちなみに「煉獄」というのは、罪をあがなって天国に行ける世界であります。

その3ステージが細かく表現され、そこにいる人たちと話も出来たりして。

そして最後に天国に至り、世界は神の愛で包まれていることを悟るのでありました。

って書きながら、思い出すのは、私が小さな頃に読んでいてトラウマになった「地獄と極楽」

あれと一緒やん、という感想ですみません。


P.S

以前、美術の先生に質問したことがある

絵画を観ている限り、“天国と地獄”の表現が東洋の仏教界でも
キリスト教界での審判の先に落ちる先としての地獄や天国の表現がある。

これらは、どちらが先なのでしょう?
それとも人間の思いつく結果として、別々に発生した概念なのでしょうか?

今も明確な答えは得られていない。

けれど、シルクロードのようなものがあったのだから、そのどこかでその概念が生まれ、伝染していったのだろうな、と私は勝手に思ったりしている。





2024年10月24日木曜日

共に歩いた靴たち

いやなにちょっと恥ずかしいけれど、記憶をココにメモ。

共に歩いた靴たちである。

紐靴は、街を歩いた、山を歩いた、ヨーロッパを歩いた。

ローファーは、副業で夜な夜な学習塾で働いてた時の。

ボロボロになりながらも、修理して履き続けたものの

ここでお別れとします。

いつも長い間一緒にありがとうね。



P.S

仕事を辞めて、離れていく人間やモノたち。

こちらは、新しい世界に入っていくけれど、

一応、その想い出だけは、どこかにとどめておきたい。




2024年10月22日火曜日

せかいのおきく

「せかいのきおく」と読み間違えて、お、おもしろそうじゃん。と手に取ったものの
「せかいのおきく」だった。

2023年公開の作品なのだけれど、基本的に白黒である。

YOIHI PROJECT劇場映画初作品。
監督・脚本は、阪本順治。

時代は、江戸末期。
下肥買いの若者達が主人公であれば、全編がう〇こだらけの画面である。

# なのでせめて白黒で助かった感。
# まさかその為の白黒映画ではなかろう。
# いや、ちょっとはあるんだろうな。
# じゃなきゃ見ていられない。
# 白黒でもツラかった。

# それに臭いがあったら映画としてもう成立しないだろうな。

さて江戸時代、下水道もなかった時代であれば、人間の排せつ物を買い取り、
農村まで運んで行ってそれを売る仕事が存在したわけで。

循環型社会だったと言えば聞こえはいいが、そもそも誰かがやらねばならなかったわけで。

どうにも必要だったことなのに、その賃金は低い。
エッセンシャルワーカーなのに、何かと不遇なのは、現代も変わらない。

されど、彼らは日々をひたむきに生きているのである。

また、おきくは、武士の娘でありながら哀しい出来事に遭遇し喉に傷を負い声を失う。
一旦は落ち込むものの回りの人々に励まされ日常を取り戻してゆき、
下肥買いの若者と恋に落ちる。

ある意味で底辺で生きながらも、明るくまじめに生きる若者たちの物語である。

読み書きを覚えようと思い立つのもいい。
彼の名前を書いてみて、もだえる黒木華もとてもよかった。

まさに、忘れてしまっていた何かを思い出させてくれる作品である。



P.S

YOIHI PROJECTとは、、、

以下、YOIHI PROJECTのホームページから冒頭の一行を無断転載

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『YOIHI PROJECT』は気鋭の日本映画製作チームと世界の自然科学研究者が協力して、様々な時代の「良い日」に生きる人間の物語を創り、「映画」で伝えていくプロジェクトです。

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意義、よくわかります。

今後も楽しみなプロジェクト。

私は、応援します。

# 詳細は、“YOIHI PROJECT”でググってみてください。





2024年10月20日日曜日

高校生のプログラミング試験


高校生にとって「情報」という科目が必要になってきた。

その中でもプログラミングにひとつの山がある。
その山がなかなか越えられない学生がいる。

趣味でプログラミングに取り組んでいる生徒ならまだしも
普通の学生にとっては、色々な勉強の中での一教科だもの、専門に取り組むものでもない。

そこで、基本的な知識を基にして複雑なプログラミングに面することになる。

教科としてのプログラミングは、二つの要素を持っている。

・自分でプログラムを作る能力
・人のプログラムを読み解く能力

さて、エンジニアとして40年間、趣味の時期を加えればそれ以上プログラミングに接してきた私の体験としては、

まず若き日、マイコンを自作し、それに載せるプログラミングを覚えた。
そう、私は自分でプログラミングを作るところから始めた人間である。

そして、他人のプログラムを参考にしながら、そのテクニックを自分のプログラムに取り込みながらプログラミング内容を向上させてきた。

ちなみに、私は20代の頃、プログラミング講師の経験もある。
その時は、自分よりも年上の大学教授などにも教えていたものだ。

そうなると、「なんで動かないんでしょう?」「どうしてこんな結果になるのでしょう?」

そんな質問をぶつけられる。
他人の作ったプログラムのデバッグ作業が求められることになる。

経験者なら絶対に思うはずだ。
「他人のプログラムのデバッグなんて、、、やりたかね~よっ。」
他人のプログラムは、その人のクセのようなものがふんだんに盛り込まれている。

# 自分で作りなおしたい!っていう心の叫び

プログラミングは、絶対にこうでなければならない、というものでもないので
ある意味正しい結果が出れば、とりあえずは正解としていいものでもあると思う。

効率が悪くても、最近はマシンスピードがカバーしてくれるし、
必要に応じて改善していけばいい。

ところが、高校生の情報で取り扱うプログラミング能力とは、先程の後者の

・人のプログラムを読み解く能力

が試される。

そりゃ確かに内容は簡単かもしれないけれど、

# 専門にしてる人にとっては、、、さ。

プログラミングの経験が極めて少なく、机上での知識でその作業をさせるのは、あまりにも酷な気がしてならない。

世の求めているのは、プログラミング思考なの?
人のプログラムを読み解く技術なの?

より大切なのは、私はプログラミング思考の方だと思うんだがな。

いやなに、今日言いたかったこと、、、

プログラムは、“作る”より、“人のプログラミングの読み解く”方が簡単だろ、と思っている人は、大間違いだぞっ!

と私は思うのである。



P.S

まぁ、試験の出題側もテーマを出して、その解答のプログラムを書かれても、きっとすぐに採点できまい。

そもそも採点者側も学生の作った机上のプログラムの中身なんか見たくもなかろう。

で、結局、出題者側のクセのこもったプログラムを読み取れるかどうかの試験となる。

なんだか、、、学生が不憫でならない。






2024年10月18日金曜日

灰のサイコロ


ネットでのヒロイモノです。

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死んだら灰を立方体に圧縮してサイコロに加工してもらって、

なにかに迷ったら、俺の意見だと思ってそれを振ってほしい。

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なるほどなぁ、面白い発想だなぁ。

そう思ったけれど、一方で、なんだかなぁ、という気持ちも私の頭の中では同居してたり。

どちらかというと、私は死んだら、現世とはキッパリ離れたい派で。

そもそもサイコロで決めることにも抵抗ある派ですし。

あなたが選ぶことに、それがどんな内容であっても私はいつも同感です。

私が死ぬ時には、そんな思いを伝えたい。




P.S

「あの人だったら、どっちを選んだろう?」

「大丈夫、あなたの選んだのとあの人も同じです。」

そんなんじゃダメですか?




2024年10月16日水曜日

いちごの唄

なぜこの映画を観る気になったのかが思い出せない。
きっと脚本が岡田惠和だったからなんだと思うんだがな。

# 地味に岡田惠和のファンなので。

だけど、、、なんだかツラかったな。
なにがって、まずは、主役のわずかに不自然な演技に。

# そこを狙っていたとしたら、私には合わなかった。

それに一番の本題なのだろうけれど、
人それぞれの不器用な生き方、、、
ある意味、誰もがそうなのだろうけれど、やはり見ていてツラい。
憧れの彼女との一年に一回のデート、それもツラい。

そして、自分を助けて、助けてくれた彼が目の前で車に潰されれば、やはり忘れられない記憶にもなろう。

最後は、とりあえずのハッピーエンド風に終わってくれてはいるものの大きな感動のようなものは得られずちょっと残念でありました。

そもそも制作の発想が“銀杏BOYZ”との絡みからきているので、そこら辺りが基本知識として備わっていれば、見応えのある映画なのかもしれませんが、、、。



P.S

清原果耶、蒔田彩珠、恒松祐里の3人が出てきてちょっと記憶が混乱してしまったけれど、
この映画は、2019年公開。

NHK朝ドラ「おかえりモネ」は、2021年。

キャスティングは、この映画の方が先だったんだなぁ、と。




2024年10月14日月曜日

AIに学ばせてはならないこと

以前、VRの為にグラボを買ったものの、
どーせならとAIで絵を描かせていたりもする。

それにしてもそのAIの能力には驚きを隠せない。

「いったい今までお前たちは何を学んできたの?」

つくづく思う。

所詮AIも人間が作ったもので、人間が教育してきたものの延長に過ぎないはずで。

# 今のところは。

だから、これからも彼らはどんどん学んでいくのだろう。

「人間よりも上回ったらどうなっちゃうの?」

なんてこともよく耳にする。
どうなるんだろうか?想像できないよね。

ただ、こんなことも耳にする。

「いざとなりゃ電源切ればいいんじゃない?」
「どうにもならなくなったら物理的に壊せばいいんじゃない?」

私は素朴に思う。AIがそれを学んだらどうするんだよ。

「気に入らなくなったら壊す」ってことを学んだら、それを人間に仕掛けてこない?

私はAIに学ばせていけないことはそれに尽きると思うんだがな。



P.S

もう学んじゃってるか。
今地球は戦争だらけだもんね。

戦争の無意味さもちゃんと学んでほしいところであります。

# 思い出します。映画「ウォーゲーム」





2024年10月12日土曜日

ビフテキ


45年間ビフテキはビーフステーキの略だと思っていた。

本当は「bifteck(ビフテック)」という「ステーキ」を意味するフランス語だ。

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ネットでのヒロイモノである。

一応、ココにメモ。

ただ、ちょっと微妙なのはね、

フランス語の「bifteck」は、英語の「beefsteak」からの造語ということらしいので、

日本人が「ビフテキ」という場合、

フランス語の「bifteck」なのか、
英語の「beefsteak」なのかは、

本人次第ということになる。

もっとも本人がそれを意識して使っているかどうかも微妙だろうけど、、、ね。




P.S

と、知識として知っていても、どーでもいい話題でした。