2025年12月12日金曜日

大原美術館

# はい、まだ本州です。

今回の最初の目的は、大原美術館。

観たい見たいと思いつつも、岡山までは仕事なんかでイヤってほど来ていたのに、仕事だとどうしてもトンボ帰りしてしまってなかなか来れなかった憧れの美術館。

毎週日曜朝に楽しみにしているNHK番組“日曜美術館”に何かとネタとして出てくるこの美術館。

私立美術館なので、国立ほどの展示数はありませんが、やはり見どころは多いですね。

常設展示を見ても「あ、この絵、ここのだったのか。」と今更ながら。

# ま、絵画それぞれへの想いは、キリがないので飛ばして、、、

今の目玉は、エル・グレコの「受胎告知」の修復後の初公開―プレ再展示―でしょうか。

企画展として“1925:ピカソ・フジタ・ヤクシジ―むすび100年前”もやってました。

点数はそんなにありませんでしたが、ピカソから影響を受けて描いたと思われるフジタの一枚が印象に残りました。

なんて言うかなー、キュビズム的でありながらもピカソほどに到っていない程良さが私には好みかも。

あとでネットで探して観直そうと思ったけど、見つからず。
あの絵とは一期一会だったのか?と思われると、ちょっと、いやかなり哀しい。

「工芸館」には、棟方志功や芹沢銈介の作品が並び、
「あ~日曜美術館に出てきてたあのシーンは、ここかぁ。」などとも。

今年全面改修が終わった「児島虎次郎記念館」も見学。

お腹いっぱいになりました。



P.S

やっぱちゃんと観ようとすると半日の予定組まなきゃダメだなぁ、とつくづく。

今回のプランでは90分しか取れなかったので、かなり“来ました記念”に近いですが、
でも、大原美術館が身近に感じられてよかったです。

だって、名古屋からだと東京の美術館に行くのと、距離的には大して変わりませんもんね。

「また来ればいいや。」

その感覚が得られたことが、今回の一番の収穫かもしれません。






2025年12月11日木曜日

倉敷美観地区

さて四国紀行、新幹線で岡山まで行き、普通列車で倉敷を目指します。

そして、目的は、倉敷美観地区へ。

# 四国じゃないじゃん。はい、その前に。

JRを倉敷で降りて、どーせ歩くなら車の少ない道がいいよね、と「えびす通り商店街」を歩きます。


すると、やがて白壁が見えてきて、角を右に折れて少し歩くと

「お~~~~っ!」と思わず声が出たぁ。

「こ、これが倉敷美観地区かぁ。」と
 

 
 
 
 
 
 




いや、まるで時代は、江戸?

# って言ったら私の偏見かもな。

白壁に、小さな舟が浮かぶ川面、そして、柳並木、、、

いやいやいや、時代劇に出てくる典型的な風景でしょ、ここどうみても。

そのシーン、チラチラとテレビで目にすることもありましたが、いざ本場に立ってみると、感動ひとしおであります。

# まるでタイムスリップしたような、、、。

ちょうど紅葉も真っ赤で。

いや、倉敷に行ったホントの目的は大原美術館だったのですが

その前にこんな場面に出会えるとは、、、うん、絶対におススメです。



P.S

金曜平日の為か、総理大臣のおかげか、人も少なめで良かったですわぁ。




2025年12月10日水曜日

四国紀行はじめます。

以前、九州をぐるっと回って帰ってきた時に、

「次は、四国だな」と思いつつも、もう2年も経ってしまった。

四国は、中学生の時の修学旅行で行ったはずなのですが、それが半世紀も前のことであれば、ほとんど記憶なく。

仕事で香川大学へ何度かと大塚美術館へ二度ほど行きましたが、それもう四国の端っこだけでしょ、ということで。

更には、四国には、一度は見てみたいものがいっぱいある。

サラッと羅列して見ても

・しまなみ海道
・道後温泉
・四万十川
・沈下橋
・海洋堂ホビー館
・詩とメルヘン絵本館
・モネの庭
・他、、、

今回は、それらを片っ端から観ようと試みます。

計画は、3泊4日。
今回は行きあたりばったりでなく、入念な計画を立てて。

# 最近は、行きあたりばったりだと高くつくんだよなぁ。

ということで、しばらくは、四国ネタが続きます。

四国の意外な一面が伝わればいいけどなぁ。



P.S

オフレコですが、、、

四国行きのもうひとつの大きな理由は、、、

「南海トラフ大地震の前の風景を、、、」

て言ったら不謹慎だっ、て叱られますかね。m(._.)m





2025年12月8日月曜日

たゆたえども沈まず

タイトルの「たゆたえども沈まず」は、フランス・パリ市の紋章に刻まれている言葉である。

ま、意味は、読んで字の如し。“決して負けないぞ”的な、かな。

作者は、原田マハ。

ゴッホの半生を題材にしたフィクションである。

時代は、1880年代のことであれば、ゴッホは、エコール・ド・パリ以前の人だったんですね。

# 読んでいると、ちょっと勘違いしてしまった。

物語は、日本人のパリ渡航の話から始まり、仕事の画商つながりから弟テオと知り合い、フィンセント・ゴッホとの物語へと繋がります。

が、どちらかと言えば、ネタとしては、弟のテオの方が多いかも。

ゴッホネタについては、弟テオとやりとりした手紙が多く残っているようなので、その二人の生活ぶりは、二人が離れている時の情報の方が多いとか。

なので、二人がパリで一緒に住んでいた時の方が不明な点が多く、フィクションで作り易かったというのがあるようで。

でもま、現実的にわからない部分は、よく調査してくれた小説家がフィクションでも作ってそれで埋めてくれればヨシッ派の私なので、

# いや、そうでなきゃ、大河ドラマや朝ドラなんて見てられないでしょ。

とても楽しく読めました。

まぁ長編物語なので細かい感想は書ききれませんが、やはり最後は涙なくしては読めませんでしたよ、ハイ。

あと、ちょっと嬉しかったのは、“タンギー爺さん”のイメージが持てたこと。

普段、ゴッホの“タンギー爺さん”を観ながら、ただのオヤジかぁ?と思っていたのが、何か小説からその雰囲気なり彼の優しさが感じられて、これからは、絵画の“タンギー爺さん”の観方が変わったかも、です。

# いや、ここも原田マハの創作なのでしょうが。

# “タンギー爺さん”の絵は、Wikiででも。

小説自体は、全体的に日本人の重吉とゴッホの弟テオの物語性が濃いですが、また、ゴッホに関する知識が幾らか増えたのと(私の勝手な)イメージが出来たような気がして、読んで良かったです。



P.S

私の机の上の未読の本の山には、これまた原田マハの“リボルバー”もあったりして。

あ~、ついでにこれいくかぁ、などと。





2025年12月6日土曜日

私の一歩


16歳の私が頑張ったから今の私がある。

逆もアリで今、58歳の私が頑張ったら16歳の私も報われるし、70歳の私にも感謝されると思うんです。

今の私が一歩前に出ると、過去の私も未来の私も一歩前に出る。

―――――

ネットで流れてきた一文、この考え方、とても素敵だ。

だから、今日はココにメモ。



P.S

今ダイエット中の方々へ、

今の瘦せたい体を作ってしまった過去は忘れて、
未来の自分に感謝されるように今を頑張りましょう。

ちょっとだけモチベ上がるような気がしません?

# って、低次元な話題に落とすなよ。→ すみません。










2025年12月4日木曜日

ペコロスの母に会いに行く

今度こそ、痴呆ネタ映画であります。

# 前回は、恥ずかしい間違いだったもんね。

「ペコロス」とは、「小さな玉ねぎ」という意味で中年男性の主人公のことである。
原作は、漫画で現在も新聞に連載中のようである。

母が痴呆症を患っており、映画では、最初同居して介護していたものの、やはり施設に入居。
それらの日々をユーモラスに描いている。

まぁ私も今年の7月に母を亡くすまでは、ある種似たような出来事の体験者ではある。

今もなお日々介護と闘っている人には申し訳ないけれど、今となっては、この映画の中のいくつかのシーンに懐かしさをも覚えた。

正直言って、痴呆の段階もいろいろあれば、その症状の重さにもいろいろある。

そういう意味では、この物語はかなりユーモラスに表現しているけれど、
介護する方もツラい時は本当にツラいこともあって、正直言って、この映画に介護表現の甘さを感じる人も多いと思う。

けれど、この中年男性ペコロスのように思い、考えれば、幾らか救われるような気もしないわけではない。

この映画を観て、
今、まさに介護真っ最中の人には、ゆったりとした気の持ち様を
いつか、これから介護に突入する人には、介護に対するその覚悟と思いやりの気持ちが
少しでも頭の中に残るといいな、と思った。



P.S

私は、まだ介護する側のことしか現実的に知らないので、こんな感想しか書けないけれど、

今ボケつつある時も、その本人の苦しさ、ツラさは、きっと想像に難い。

この映画から、その覚悟を感じなければいけないのだろうけれど、まだそこまでは行きつけなかった。







2025年12月2日火曜日

4分33秒

今日は、曲の紹介。

「4分33秒」とは曲名である。

作曲家は、ジョン・ケージ

ジャンルは、、、なんなの?

哲学的であり、宗教的でもある。

要は、曲と言っても4分33秒間、何もしないのであります。

ステージ上の演奏者も指揮者も何もしない。

その沈黙の4分33秒の間の静けさを何かノイズを鑑賞する曲(?)であります。

まぁ、詳しくは、Wikipediaででも。

ググれば、演奏の雰囲気の動画も見つけられますよ、

4分33秒を聞き通した時、あなたは何を感じることが出来るでしょうか?




P.S

時間のムダと感じたあなたは、、、

私と同類のきっと凡人です。(^_^!)






2025年11月30日日曜日

国宝 源氏物語絵巻

地元でもありますので行ってきました

「国宝 源氏物語絵巻」

徳川美術館開館90周年記念の特別展で

全巻一挙公開 ということに惹かれて。

# ただ、やっぱり素人はダメですね。
# 全巻と聞いて、ん?ま、まさか源氏物語54帖分?なんて思ってしまうわけですから。

全巻ということは、現存しているもの全部ということで、源氏物語54帖すべてについての絵巻が現存しているわけでなく。

# いやそもそも54帖全部あったりしたのか?

ただ、今回は、徳川美術館や五島美術館や他から現存しているモノをすべて集めてきたということでした。

それにしても平安時代末期に描かれたものを我が目で見られることへのある種の感動は確かにある。

けれど、やはり年月による風化はまぬがれない。
かすれて消えてしまっていて、この部分はどうなってんの?と思わされる部分も多々あるのは残念である。

けれど、きっと専門家たちから見れば、よくここまで修復したな、と思われるに違いないのだろうな。

しかし、フト思うのは、なぜこの場面を選んだの?という素朴な疑問。

個人的には、もっと印象的なシーンがあるでしょ、なんて。
まぁ、源氏物語に対する時代を超えての個々の想いの違いを感じた絵巻たちでありました。

かなり混んでいました。行かれる方は、その覚悟で。

急いで!12月7日までです。

# 短っ!



P.S

しかしなぁ、、、源氏物語って、日本的には平安時代に既にこんな小説が!てな重要なものであることは認めるけれど、

かなりドロドロの世界の物語なのに教科書にも載っていて。

例えば、上の写真の光源氏が我が子を抱いているシーンも、

可愛いけど自分の子じゃないもんなぁ、似てないよなぁ、なんて思いながら抱いている情景は見ていてツラいっすよ、私は。







2025年11月28日金曜日

HEAT

1995年、アメリカ映画。
ジャンルは、アクション映画(なの?)

主演は、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ。

いわゆる犯罪グループとそれを追い詰める警察の物語。

# けど、、、2時間51分って、長いよぉ。

ま主演が重厚な二人なので、面白いって言えばそうなんだけど、
二人の雰囲気が似通っているので、最初混乱が続いた。

そもそも、アル・パチーノってゴッドファーザー役だったでしょ。
私の頭の中で今さら警官のイメージに置換するのが難しかった。

なので、二人とも悪役に見えてしまって、区別が出来ない瞬間が多かったな。

で、ただ犯罪グループのリーダーも警察側のリーダーも
どちらもある種人間臭さに絡まれつつ話は進む。

# だから長くなるんだよね。

まぁ、その人間臭さが面白かった、と思わなきゃこの映画は味わえません。

それにしてもロスの市街地での派手な銃撃戦は、見どころのひとつでありましょうが、
やっぱ主役たちは、これで生き残れちゃうんだぁ、というのは、私の素朴な疑問。

# ま、主役だからね。

で、その後も逃走と仲間内の復讐をしながら、(恋愛モドキもしながら)、
結果、警察側も多数の死者を出しながらも、悪役は一掃。
メデタシメデタシ。

# になったのか?

面白かったけれど、なにか後味スッキリしないストーリーでありました。




P.S

それにしても、今となっては30年も前の映画だけれど、楽しめるには楽しめるのですが
やっぱ30年前の映画っぽく感じるのはなぜなんでしょう。

やっぱりなにか現代的スマートさに欠ける感が残った気がするのはなぜ?

やっぱ古いオヤジ達の物語だからなのかな。

# マイ・インターンのロバート・デ・ニーロおじいちゃんが私は好きです。





2025年11月26日水曜日

盛田昭夫塾

盛田昭夫、、、そうあの世界のソニーを作り上げた人です。

「盛田昭夫塾」は、ソニー創業者となった盛田昭夫とその妻良子の人となりを紹介する記念館です。(HPより抜粋。)

そこには、膨大な資料が展示されており、歴史の資料から様々な賞、客人を招いた際の食器や客人たちが残した色紙、社内外での講演内容から、もうありとあらゆるものが展示されています。

ソニーに関係した人にとってはとても懐かしいものがいっぱいあるのではないでしょうか。

それにしてもあらためてスゴさを感じてしまう。

盛田家15代当主ということであれば、盛田家の歴史はかなり古い。
1665年、清酒醸造を開始し、約300年の酒屋の歴史を持つ家に生まれた。
そして、本家の酒造業は弟和昭氏に託し、ひたすらソニー設立に向けて邁進した。

しかし、言い換えれば、盛田昭夫氏は一代にして、歴史のある本家の酒屋ブランドをはるかに凌ぐ世界のソニーブランドを作り上げたわけで。

その一生たるや、想像できないほどの活動量が圧縮されているのは間違いない。
そして、そのきっと一部が、この盛田昭夫塾で垣間見ることが出来るでありましょう。

入館は、予約制です。
アクセスについては、ググってくださいませ。

ちょっと遠いところでありますが、一度は行ってみる価値を私は感じました。



P.S

実を言うと、弟の和昭氏と私の父は同級生であり、我が家も盛田家の近くだったせいもあって、父はよく盛田家に遊びに行っていたようです。

「まだ戦前なのにレコードがあってな」「模型の電気機関車が走ってた」など私もよく聞かされました。

更には、ソニー(昔は東京通信工業株式会社)創業時の苦労話も父から耳にしたこともあります。

ソニーの歴史の長さは、まだまだ本家盛田酒造には及びませんが、日本発のソニーが300年後にどうなっているのか、、、

大きな期待を持たざるを得ませんね。






2025年11月24日月曜日

むき出しクーラー

いやなに東京の地下鉄のホームでパシャっ。

何の為に稼働してる?

ホーム内の空気の撹拌目的?
いやいや車両が来れば充分撹拌されるでしょ。

夏場は、一瞬でもヒヤッとした感触が得られるから?
いや、今は秋のちょうどよい気候だし、このホーム暑くもなく寒くもないし。

ひょっとしてメーカーの耐久試験?
まさか余剰電気の消化?

東京は、未知に溢れています。


P.S

ひょっとして、空気清浄機? 加湿器?






2025年11月22日土曜日

ストーカー

1979年、ロシア映画であります。

「死ぬまでに観たい映画1001本」

# 詳しくはググってね。

に含まれているということで、つい手にしてしまった一本。
いやいやいや哲学的な内容と見れば、面白いと思う人と難解と感じる人に大きく分かれてしまいそう。

私は、あえて難解と感じる側。
会話や行動に内包されていることをすべて把握できているかというと、全く自信がない。

それにしても登場人物は、3人+α。
場所も廃墟を使った撮影であれば、予算少なくて済んでいそうだけれど、

表現したいことは、シーンを作りこむことではなくて、彼らの思いを言葉でぶつけあうことであれば、それはそれで目的は達成されているかも。

# 廃墟好きマニアには好まれるかも?

しかし、この映画も2時間44分。
長回しのシーンが多くて、眠気に負ける可能性大。

監督のアンドレイ・タルコフスキーが「映像の詩人」と呼ばれるのがわからぬものではないけれど、やっぱ難解で美しさを期待してはいけません。



P.S

こういった映画は、体力のコンディッションを整えて挑戦しましょう。





2025年11月20日木曜日

国立西洋美術館 常設展示ガイド

先日、アプリで「ポケット学芸員 Pocket Curator」なるものを紹介しましたが

国立西洋美術館も常設展示向けのスマホ向け音声ガイドがありますのでその紹介。

こちらは、アプリではありませんが、ブックマークに入れておくと便利です。

サイトにアクセスして、そのまま「ホーム画面に追加」で専用アイコンも設定されますので、アプリライクで使えます。
 
サイトはこちら
# 私のは、iPhone。Androidも同じかな?)
 
数は、30作品ほどしかありませんが、画と一緒に楽しめますので、自宅でも鑑賞可能です。
 
国立西洋美術館の常設展示を鑑賞する方は、是非事前に建物外で一度アクセスしてダウンロードしておきましょう。
 
 
P.S
 
私は、絵画を前にして、さて聞いてみようと思ったら、電波が入らなくてダウンロードできなくて泣きました。
 
# 私のは、ahamo。他のキャリアは建物内でも電波入るのかなぁ?





2025年11月18日火曜日

SNS禁止マーク

いやなに21世紀を感じるマークについて。

美術館では、最近撮影可の作品が多くなってきた感がある。
古い絵画であれば、基本的に著作権なんて、、、てな大きな心のノリだろうか。

ただ、今までは、撮影禁止マークか撮影可マークのどちらかに対して

なんとSNS禁止マークが現れた。

要は、“この絵画は撮影はしてもいいけどSNSに上げるなよ”マークであります。

なるほどなぁと思ってしまったけれど、気になるのは、それで撮影者は激減したりしたのかな。
いや逆に、それでも撮影する人は、その写真をどうしてるんだろう?

企画展などで撮影可の絵画の写真を撮影する人をよく見かけるけれど、
今どき、ネットでググれば自分で撮影するよりも高品質な画像が手に入ると思うんだけどな。

もっとも“観ました記念”の為であれば、充分理解できますが。
ちなみに、このマークをこのブログに載せようと思ったら、Bloggerくんに拒否られました。
したがって、SNS禁止マークがお見せできなくて残念です。

# けど、アップロード時点で拒否、、、さすがGoogleです。




P.S

しかし、フト思うのは、このブログもSNSになるのだろうか?

広告も載せず、いいねボタンもコメント欄もないこのブログは、単に私のひとり言のメモである。
情報を拡散してるという意味では、たとえ一方通行とはいえ、SNS扱いされるのかなぁ。

であれば、幾らか人を避けてる私としてはちょっと不本意であるな。





2025年11月16日日曜日

アンダー・ニンジャ

冒頭1分、おおおっ面白そうだっ!と思ったものの、、、

全編が、、、くっだらねぇ~っ!(ていうのはちょっとヒドいか?)

エンタテインメントと言えば聞こえがいいけれど、なんとも、、、ねぇ。

山﨑賢人、浜辺美波、間宮祥太朗、白石麻衣(とわかるまでかなりかかったぞ)、、、他は略。

であれば、ちったぁクールなカッコいい忍者(いやまぁカッコいいんですけどね。)を期待していたワケですが、なんともストーリーも脚本も演技も、、、冒頭のシーンからしたら、ちょっと裏切られた感。

いやつくづく思うのは、俳優というのは、(恥も外聞も捨てて)なんでもこなすところがすごいなぁ。

どこまでアドリブを採用したのかもわからないけど、ギャグに自分たちが笑いをこらえながら演じているのを許してしまっている監督の狙う先は、、、いったい?

ちょっと従来の映画性の進む先を混乱させる映画でありました。

役者さんのファン以外は、見てもしゃぁ~ないと思いますよ、はい。


P.S

でも、、、早送りもせずに見ました。

見終わって、レンタルショップでの選択を間違えたと思いました。

でも、、、カッコいい若者達は、見ていても苦にならないから困りますわ。

けどぉごめんなさい、私のおススメ度は、0(ゼロ)。






2025年11月14日金曜日

ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢

また?って気がしないわけではないけれど、やっぱ日本人は好きなのかな?ゴッホ。

今回は、家族絡みでのテーマでの企画展でした。@東京都美術館

まぁ兄のフィンセント・ファン・ゴッホの描く絵をただひたすら信じて援助する弟テオの兄弟愛には、ただただ眩しいものがありますね。

しかし、弟のテオ夫婦がいなかったら、兄はここまで有名になったであろうか?

そのテオ夫婦のマネージング能力と言うべきものは、単なる兄弟愛からくるものだけではないのだろうな。

いろいろ不思議でなりません。

いやもっと言えば、マネージャーが見つからずに埋もれていった天才画家も歴史上にはいっぱいいるんじゃないか?

そんなことも思います。

とまぁ不粋な思いは、とりあえず伏せて。

実は、この企画展を観る気になったきっかけは、机の上にある次に読む小説、

「たゆたえども沈まず」原田マハ

の予習になるかなー、と思って。

ちょっと楽しみな一冊です。



P.S

私の寝室には、ゴッホの絵が飾ってあります。

「アルルの寝室」

ゴーギャンを待ってゴッホが幸せに(?)激しく(?)暮らしていた時の絵。

幸せと部屋の広さは関係ないんだよ。

大学生だった頃の四畳半一間で過ごしていた時の自分を想い出しながら、そんなことを思います。

# でも、ゴーギャン出ていっちゃって、、、

やっぱ近すぎるのは良くなかったんだろうなぁ。ってネタはまたいつか。





2025年11月12日水曜日

物語る黒線たち デューラー

“物語る黒線たち”

デューラー「三大書物」の木版画展@国立西洋美術館

# いやいやこの展示はすごかったぞ。

デューラーは、15世紀末から16世紀初頭に活躍したルネサンス芸術家。

これからの版画技術を信じて、絵画を黒線だけで表現した。

今回は、「三大書物」の『黙示録』『大受難伝』『聖母伝』の連作シリーズを一挙公開

その画の主題の表現をはじめ、その緻密さ、そして、ある種の美しささえも感じることが出来る作品群でありました。

いやもう一枚一枚に見とれてしまって、、、。

常設展示室内ですので、お安く見られます。
 
# オルセーの印象派の企画展だけで帰っちゃダメだよー!
# 企画展チケットで常設展示エリアも見られるんだし。

私としては、絶対におススメです。
 
  

P.S 

ちょっと部屋に飾るには、おどろおどろしいかもしれませんが、

その圧倒的な描画力にはアッパレです。








2025年11月10日月曜日

ラスト・ダイ・ハード

なんかひどいなぁタイトルの付け方が。

DVDのパッケージを見たら、「ラスト・ダイ・ハード」って書いてあるから、
お、ダイ・ハードのシリーズの最終話か?と手に取ってしまったものの

映画が始まってみたら、原題は「ASSASSIN」。

でもって邦題は、「ラスト・ブラッド 不死身の男」ってなんだよ。

もっともブルース・ウィリス最後の作品ということであれば、“ラスト”って単語を使いたいのはわからなくもないけれど、「ラスト・ダイ・ハード」をDVDタイトルにするか?ふつー。

しかも、ブルース・ウィリスはほとんど動かない。

# そりゃ仕方がないか、お歳だもんね。

そして、早々に撃たれて退場。
ん?生き返るゾンビ映画?って最後まで信じてたぞ。

# と、DVDパッケージのタイトルへの不満をこんなにも書いてしまったな。

さて物語は、SFである。

小さなクモ(?)を体内にもぐり込ませて

# うっ、キモッ。

脳にまで到達させて、その人間を外部からコントロールするというとんでもないハイテク物語。

脳からして乗っ取っとちゃうわけなので、誰が誰を乗っ取ってコントロールしているかがわからないと、
誰と誰が闘っているのかさえもわからなくなるというある種低質な複雑物語。

ある意味、オールマイティ的な憑依兵器なので
もっと簡単に敵をやっつけられるんじゃないの?

# と言ったら、ミモフタもないか。

で、最後のオチは、

「このまま乗っ取った体でいた方が、良くね?」
「いや、私は私でいたいっ!」ってズドン。

と、観た人には完全なネタバレで今日は終わります。

ふぅ。


P.S

ブルース・ウィリスは、、、

こんな映画のこんな出演が最後でよかったのだろうか、、、

そんな思いが残ります。






2025年11月8日土曜日

フランドル聖人伝板絵


「100年越しの“再会”」

とは、粋なタイトルを付けたものです。

というのも、

日本の国立西洋美術館所蔵の板絵と
ベルギーのフルーニング美術館で所蔵されている板絵が
同一な祭壇装飾であろうと確認されたとかで。

で、この度、それらを同時に展示しているわけです。
@国立西洋美術館



作者は不詳。
制作時期は、1525年とみなされているようです。

しかし、聖ヤコブの主題の2枚であれば、これらを繋ぐ主題の画が他にも地球上のどこかにありそうだよなぁ、などと。

それにしても、二枚の間で赤外線を使って下書きの様子の類似性を見つけたり、蛍光X線で絵具が同じであることを確認したり、あの手この手で二枚の共通性を見つけるんですね。

たった2枚の板絵の展示でしたが、そんな技術的なことも知ることが出来た貴重な展示でした。

中世美術に興味のある方には、必見かも、、、ですよ。(^o^!)



P.S

これも松方コレクションだった、、、とのことですが、、、

松方コレクション、、、やっぱスゲーっ。





2025年11月6日木曜日

印象派 室内をめぐる物語

オルセー美術館所蔵

印象派 室内をめぐる物語

@国立西洋美術館

もう20年近く前のことですが、一応、オルセー美術館に行ったことがある身としましては、なんとなく懐かしさを感じられるかな的な気分で。

# ただ、まぁ何を見たかまで覚えているわけでもなく、当然。

マネ、ドガ、モネ、セザンヌ、ルノワール、、、

# 途中から、国内所蔵作品もパラパラ混じり始めましたが

基本的に“印象派”なるものは嫌いではないので、観ていて楽しい。

# 一見は、難解じゃないからね。

本当は、背景まで知って観尽くすと、印象もかなり変わってくるのかもしれないけれど、こちとら音声ガイドで流れてくる程度の情報でしか見られなければ

全体として優しい画ばかりなので、明るい画であれば、
どれも部屋に飾っておきたい作品ばかりでありました。

やっぱ屋外の画も雄大だけれど、室内の画も緻密でいいよね。

基本的にほとんどが油彩なので、自分で描いてみようと思えず、純粋に鑑賞者側に徹しられてよかったです。

# パステル画に挑戦し始めているジジイとしましては。(^_^!)



P.S

上白石萌音さんの音声ガイドが、画に合っていて良かったです。

# と感じたのは、極めて個人的な思いかな。






2025年11月4日火曜日

Winny

観なきゃ観なきゃと思いながら経った年月の長いこと。
やっと鑑賞。

Winnyの製作者は、どんな人だったのか?
Winnyのあの裁判沙汰はどんなだったのか?

やっぱとりあえずは知っておきたいという思いの私。

というのも一時ユーザーでもあったからね。

Winnyを知った時に、なんてインターネットの世界にピッタリなソフトだろうとつくづく思った。

それまでのサーバーによるデータの一か所管理ではなく、
参加者がそれが断片的であろうともデータを共有していれば済むシステム。

サーバーのバックアップなどとる必要もなく
サーバーが壊れてしまったら、すべてオジャンになることもなく、
みんながデータを共有しあって、お互いに交換して、、、。

会社内でうまく使えば、サーバーも不要なこんな効率のいいシステムってないよね。
そう思ったものである。

が、そんなソフトもパブリックにさらせば、
当然、その使い方も人によっては乱れてくる。
そもそも管理者っぽい人もいないわけだし。

更には、公私の区別がつけられない人が利用し、
本来公共性があってはならないデータが、
パブリックに流出してゆくことになる。
著作権を無視したデータもWinny上に溢れかえった。

そして、その流出が警察署内だったりして、、、裁判になった。
確かに警察が原告ってのも珍しい。

被告は、Winnyの製作者。
容疑は、著作権法違反。

著作権法を犯す人間が現れたからと言って、その責任は製作者のプログラマにあるのか?が問われた。

裁判は、7年にも及び、結局、最高裁で無罪を勝ち取ったものの
その1年半後に製作者は、急性心筋梗塞で亡くなった。

# さぞストレスな10年を過ごしたのだろうか、とつくづく。

それにしてもなんだかなー、と思わずにはいられない。




P.S

良いモノも悪用されれば悪いモノになるのは、世の常だとしても

年に多数の死者が出てもなくならない車のようになるには
いったいこのWinnyはどのように育てばよかったのだろう?

インターネットが匿名でマナーも気にしない人間で溢れかえっている世界であれば、
いいモノをマナーを守ってうまく使おう、ということはやっぱり出来ないのだろうか。

なんだかなー。






2025年11月2日日曜日

ホームカミングデー


かつて卒業した大学でホームカミングデーがあるということで行ってきまして。

基本的に同窓会やOB会というのは苦手なので、大学へ行くのは、約40年ぶりです。

大学そのものもそうですが、駅から大学までの経路も含めて思いっきり懐かしがってこようと思っての参加でしたが、見事に思惑が外れました。

何故かって、その変容ぶりに。

大学なんて、ほとんどの建物は建て直され、学内の配置さえ変わっている。

室内の設備も一掃され、昔の面影なんか微塵もない。
そこで懐かしむことが出来るものは何ひとつなかったです。

いやぁ、40年という時の流れをつくづく感じました。

でも、ま、それが当然なのでしょうね。
40年も変わらない部分があったとしたら、それこそお化け屋敷になっているはずで。

しかしなぁ、つくづく思うのは、その財力はどこから?
いや、あへて追及しないことにしましょう。



P.S

私を知る人の中には、同窓会嫌いな私がなぜ?と思われる方もいらっしゃいましょう。

もちろん終活の一環ですよ。

どんなになってるかなぁ?
人生の最後にもう一回懐かしく見ておこうという興味本位からでしたが、、、

いや逆に気持ちいいほど懐かしむものがなくなっていたので
あとくされなくて良かったです。
 
ありがとう、そして、さようなら我が母校。





2025年10月31日金曜日

超短編アンソロジー

ふとタイトルを見つけて

超短編って、どのくらいの文字量なの?

と読んでみたら、1行から長くても1ページ半ぐらいで。

バス停なんかで読むのにいいんじゃない?と思いつつも、、、短すぎてとても長編を読み終えた時の感想や満足なんて得られそうもない。

ジャンルもとにかく広い。
小説、詩、神話、歌詞、童話、エッセイ、日記、、、が95編。

アンソロジーと言っても、とにかく短いモノを集めましたっていう内容で、もう寄せ集めのゴチャゴチャ状態。

集められた作家には、芥川龍之介、夏目漱石、筒井康隆や村上春樹なんかも含まれていたためについ買ってしまったけれど、、、

ま、確かにふとペラって読むにはいいのでしょうが、、、んー。

まぁ誰が選んで集めたかによって、全体のイメージは大きく変わるのでしょうが、
ちょっと私の趣向には、合わなかったみたい。

あっという間に全部読めてしまいましたが、なんだか何も残りそうもない一冊でした。

おススメ度:低。



P.S

正直言うと、、、

そんな超短編なら自分でも書けるんじゃないか?

などと思ったりもして読み始めましたが

私が書くとすれば、日々書いているこのブログと大して変わらんだろうな、
という思いに達したわけで、、、

でも、こんな程度じゃ、やっぱ自分は作家にはなれそうにないことを実感してチャンチャン。





2025年10月29日水曜日

罪の声

脚本が野木亜紀子モノで選んだ一本。
原作は、サスペンス小説。

グリコ・森永事件の脅迫電話が子供の声だったことからヒントを得たフィクションであります。

映画の物語では、犯罪の声が使われた子どもは3人。

小さかった子どものひとりは、訳もわからずそのまま生活を続けていかれたものの
ちょっと大きかった姉弟の家族は、悲惨な人生を歩むことになる。

事件から、30年も経った今、なぜまたこの事件にかかわるのか。

だんだんわかってくることは、

犯罪には、学生運動も絡んでいたり、株操作目的なのか現金目的かどうかもモヤモヤだったり
わからないことだらけでの未解決事件だったけれど、

少なくとも、犯罪に使われた罪のない子供の声のその後遺症は
きっと私たちには想像が及ばない部分があるのだろう。

物語としては、名作だったとは思う。

けれど現実的には、想像も出来ないような事態が裏で子供たちに起こっていたとすれば、
それは、あまりにも哀しい。

せめて、現実はこの物語のようではなかったであろうことを願わずにいられない。


P.S

しかし、、、思う。

殺人未遂事件としての時効があった時代、
犯罪者側の時効はあっても、巻き込まれて人生が狂ってしまった人たちには時効など無意味だろう。

実際の「グリコ・森永事件」でも、
警察関係者が自殺に追い込まれたり、それに関係した死者も出ていれば
犯罪による直接的な死者は出ていなくとも、
ただの脅迫事件で終わるわけにはいかないことは間違いない。




2025年10月27日月曜日

公衆電話

夕方、バス停でバスを待ちながら、フトその横にあった電話ボックスに目が留まり
妙に懐かしさを感じてしまった。

しかし、最盛期からしたらどのくらい減ったんだろう?
相当減ってるはずだよね。

けど、災害などの非常時の為には、無くすわけにもいかないんだろう。

有事の為に、ひっそりと立ち続ける公衆電話に哀愁を感じざるを得ない、、、な。

遥か昔、半世紀も前、大学生だった頃、実家に電話をする為に
10円玉や100円玉硬貨を電話機の上に積み上げて電話をしたものだ。

携帯電話のなかった頃は、親から子供への通信手段は基本的には確保されておらず
親にとって、息子からの電話は、とても貴重だったはずで。

# 下宿の自室に固定電話を契約している学生も確かに居ましたが。

社会人になっても、仕事先の種子島から本土へ向けての電話なんかは
ピンク電話を使ったりしたのが懐かしい。

今の若者たちには、想像できないんだろうなぁ。
ピンク電話なんて知ってんのかなぁ。

世が急速に変わりつつあっても、こうやって残っているものも密かにあって
そんなものを懐かしむようになっちゃぁ、、、正真正銘のジジイだな。


P.S

そう言えば、どうにも思い出せないことがひとつ。

確かピンク電話でだったと思う。

通話が終わってから、折り返し通話料金が教えてもらえるサービスがあった。

# と思う。

種子島なんかのスナックでピンク電話を使って長距離電話をかけて、
通話が終わると、折り返しかかってきて通話料金が告げられ、

その金額をお店に置いてきた記憶がある。

あれは、どんなやり方だったのか、、、もうさっぱり思い出せません。
憶えてらっしゃる方、、、教えてくださいませ。

# 記憶違いかなぁ。





2025年10月25日土曜日

ジャングルジム


いやぁ何故かつい見とれてしまって。

公園のジャングルジムであります。

子ども達が何人もそこで遊んでいる。

フト思うワケです。

宇宙人がコレを見たらなんて思うか。

この子ども達は、何をしているのだろう?ときっと思う。

エサに群がっているわけでもなさそうだ。

お互いに戦っているわけでもない。

しかも動きは、昇ったり降りたり、もう殆どランダムだ。

宇宙人は、きっと不思議がる。

けれど、きっと人間だって、蟻をはじめ虫たちだって、そんな動きはあろう。

魚だって、動物だって、他から見たら意味不明なことだらけだったりしない?

いや、そういう一見無意味なものが、生き物には必要なんだよ。

理由なんかなくったって、楽しめるものがあっていいんじゃない?



P.S

と、ブログを書く意味を見失いそうな時に

背中を押してくれる一枚の写真だったりする。





2025年10月23日木曜日

65/シックスティ・ファイブ

レンタルショップで、たまにはSF宇宙モノを、と思って、

なんとなく時空を超えていそうなタイトルで手に取ってしまった一本。

2023年公開のアメリカ映画。
ジャンルは、SFスリラー、、、なの?

タイトルの“65”は6500万年前の出来事であるからして,だろーな。

# もうネタバレしても書いてしまう。

要は6500万年前、遥か宇宙の文明の進んだ生物が宇宙航行中、
隕石群に遭遇し宇宙船が破壊、故障し、最寄りの星に不時着してしまう。

その不時着先が、なんと“地球”。で恐竜時代なわけだ。

パイロットは、孤独で自死も選ぼうともするけれど
もうひとり生きている少女が見つかって、生き延びようと考えなおす。

ところが、恐竜絶滅の隕石が落ちてくるのが間近。
もうほとんど隕石と入れ替わりに、非常用ロケットで地球を脱出するのでありました。

ただ、ま、いろいろ流さないとね。

とにかく、その地球外生命体の生物が人間そっくりで、
しかも英語をしゃべっていたりするんだもん。

で、全編を貫くスリラー要素は、いわゆるジュラシックパーク的な。

# 恐竜好きには、面白いのかなぁ。
# いや恐竜好きには、もの足りないでしょ、たぶん。

子ども(って程でもないのだけれど)を連れての冒険モノは、
やっぱイラつく部分があって苦手です。

しかし、いろいろ力が込められていそうな映画なのに
イマイチB級映画っぽいのはなんでかなー。

時間が93分と短いので、サラっと観れますが
今さら感があっておススメ度は、残念ながら“低”です。



P.S

もっとちゃんとパッケージを見て読んで選ばないとな。

今回の反省点です。





2025年10月21日火曜日

人生はゲーム

Tumblrに流れてきたひと言

―――――

人生は正解を選ぶゲームではなく、

  選んだものを正解に変えていくゲーム


―――――

いや深いなぁ、と思うワケで。

最近は、仕事選びにしても、結婚相手選びにしても

正解を選ぼうとするから、ハードルが高くなる。

それよりも、ある程度のものを選んで、
それを正解に変えてゆくのも一理あると思うんだがな。



P.S

もちろん正解に変えられなかったとしても自己責任ですが。m(._.)m




2025年10月19日日曜日

一番お金のかかる趣味


先日、何かの記事で読んだ。

“一番お金のかかる趣味は、、、「貯金」”

なるほどな、と思った次第。
だって、キリないでしょ、きっと。

けれどもこうも思うんだな。

人類が狩猟から農耕に移行した時、食は安定したはずだ。
そもそも蓄えられるからね、

“蓄える”ということは、いつか来るであろう不足に備えるということでもあるわけだ。

ただ、その不足は、いつ、どんな規模でやってくるかわからない。
であれば、少しでも多めに蓄えたくなるのもわからぬものでもない。

ましてや現代、たまに〇〇不況がやってくる。
その度にひどい目に遭えば、その時に備えようとするのは個人でも企業でも同じだろう。

そして、問題はどのくらいため込んでおけば大丈夫かが今ひとつわからなかったりするのも悩みの種だ。
個人は貯金に走りモノを買い渋り、企業もため込み賃金も上がらず、経済は悪循環に陥る。

タチが悪いのは、きっと国もそうだろう。税を上げ、貯めこむのを良しとしてないか?

ただ、誰もがその状態から脱却するのは、難しいだろうなぁ。

でもそれは、未来を危惧するからであって、未来の少ない老人なんかが
終末医療の延命措置を諦めて、パぁ~っとお金を使いまくることが社会の為になるかもしれないなぁ。

であれば、これからはもっと遊ぶかぁ、、、

と、自分の背中を押してみる。



P.S

子ども達よ、、、スマンな。





2025年10月17日金曜日

アス

原題は、“Us”

2019年公開で、ジャンルは、ホラーであります。

# 最終的にはちょっとSF的かも。

なんでホラーなんか?と言われるでしょうが、ドンデン返しでも評判なわけで。

いやいやいやホント最後のドンデン返しは、すごかった、怖かった。

# ま、ネタバレを避けるとなんも書けないわぁなぁ。

残念ながら、やはりホラーなので、血なまぐさいシーンも多めですが、
ホラー映画としては甘めのような気もしないでもないです。

前半(ってか大部分)は、単なるホラーかと思いましたが、
最後のオチが、、、。

# やっぱ書けないわなぁ。

物語はイマイチ感がありましたが、最後のドンデン返しで私のこの映画の評価が変わりました。

深い読みをすれば、いろいろなコトが含まれていそうな気もしますが、
ドンデン返しだけで、私は満足です。


P.S

この手のドンデン返し映画をホラー抜きでお願いしたいです。




2025年10月15日水曜日

ポケット学芸員 Pocket Curator

スマホアプリのご紹介、その名も

「ポケット学芸員 Pocket Curator」

全国のたくさんの美術館・博物館の常設展示品(たぶん)の音声ガイドが聞けます。

美術館へ赴いてのその場で鑑賞中に展示品を見ながらの音声ガイドととしての役割がメインでしょうが、
対象の作品もサムネイル画像で表示されますので、家に居ながらも結構楽しめるかも。

# 残念ながら、全作品の画像は出てきませんが。

ま、そんなアプリもある、というご紹介でした。



P.S

私にとっては、いつのまにこんなモノがっ!って感じですが、

21世紀ですもんねぇ、いろいろなものが少しずつ進化しているのを実感します。







2025年10月13日月曜日

近代名古屋の日本画界


名古屋市美術館 常設企画展

「近代名古屋の日本画界」

# ホントはこれを無料で観ようと思って行ったんだけどな。(詫)

“近代”と言っても、画家たちはみんな鬼籍に入ってしまっている人ばかりではありますが。

けど、あ、いや、こういう絵が好きなんだよねぇ、このジジイ。

日本画の静けさを感じさせながらも凛とした絵画たち。

その一枚一枚が丁寧に描きこまれ、色彩鮮やかに。

日本画については全く無知なので、
その画壇の派閥や門下とか何も気にせず楽しんでしまっていてよいのかどうかもわかりませんが、

どの絵も自分の部屋に飾りたいものばかりでありました。

残念ながら、出展数は少な目でしたが、私としては、見ごたえありましたです、はい。



P.S

他のいつもの常設展示作品たちは、もう見慣れてしまっているのでパスしますが、

やっぱ現代美術は、、、正直よ~わからん作品が多いですわ。m(._.)m





2025年10月11日土曜日

8番出口

いやぁ観てきましたよ“8番出口”

私は、出た時に早めに買ってやってみたので、既にゲームは楽しんでいる人間であります。

# 安かったからね。

しかし、こんな単調なゲームから、どんな映画が出来るの?というのが最大の関心事で。

それも、主演は二宮くんで。

けど、、、ちょっと途中眠かったです。やはりあまりにも単調で。

で、ゲームの単純さに対して、物語がちょっとドロドロ感があったのが個人的には残念。

無意味な設定やシーンが多かった気もするし。

ま、所詮元ネタがシンプルだから、何をやってもギャップ感は取り払えなさそうだよなぁ、などとも。

まぁある意味挑戦的だった映画ではありますがちょっと残念でした。

向こうから歩いてくるオヤジのキャスティングは、個人的にはバッチシだと思いました。


P.S

実を言うと、、、私はまだ7番出口までしか行ったことがなく、、、

だって、途中で飽きちゃうんだもん。

ゲーマーになり切れないジジイですみません。




2025年10月9日木曜日

藤田嗣治 絵画と写真

今、名古屋では、“アクティブシニアキャンペーン”なるものが開催されており、“敬老パス”を持っていると、市中で様々な特典が得られます。

そのひとつに“名古屋市美術館に期間中何度でも無料で入場できる”っていうのがあって

# ただし、特別展は、別途観覧料が必要。

ウォーキングがてら行ってみるか、と名古屋市美へ。

そしたら、そうだった、今、特別展「藤田嗣治 絵画と写真」を開催中だった。

何となく藤田嗣治については、満腹感を感じているけれど、ま、ここまで来たのなら見ていくか、と1800円投入。

今回は、タイトル通り、写真が目立ってた。
藤田の撮った写真や、藤田の作画風景や何気ない姿が写真でたくさん見られたのは珍しかったかもです。

中でも特に面白かったのは、藤田が世界各地を回って様々な民族を何枚も撮影してきて
後で絵画を描く時に、その何枚もの写真から、人物などを部分々々に抜き出して組み合わせて描いていたりして。

そのパーツが、写真のまんまだったりする、、、まるでフォトショ作業のような。
いや正確に描こうとすればそうなるよな、と納得もするわけですが。

# しかし、本人がこの世からいなくなってしまうと、
# 研究者たちは、そんなことも大々的にバラしてしまうんだな、とも。

あとそうそう、気になった展示が。
藤田の作画風景のステレオ写真が展示されていた。

当時に既にこんな撮影方法を思いついていたのかぁ、と感心したのですが、
展示している場所に何も説明がなかったのですが、
ステレオ撮影されている二枚一組の写真は、右目と左目で同時に別々の画を見ると立体的に見えるのですが、そんな見方を説明しておいてほしかったな。

# けど、写真の大きさと配置の距離からはちょっとツラいかも。

でも何セットかは、視線を交差させて、右目で左の画を、左目で右の画を見ると立体的に見えましたよ。

1~2セットは、うまく見えなかったけれど左右の展示が逆だったり?
そもそも展示する側が配置を意識してなかったりするかも、、、ってか。

# いや私の見方に根性がなかったのかも。

まぁ、いろいろと意外に楽しめました。
どの会場もとにかく空いていて、ゆっくりと楽しめて良かったです。



P.S

無料につられて、1800円の出費。

撒き餌に食いついて釣られたジジイです。





2025年10月8日水曜日

68th 誕生日


68th誕生日を越える。

100%とは言えないけれど、健康である。
基本的に仕事はしていないけれど、一日の経つことのはやいことはやいこと。

知らないうちにこのブログのPVが30,000を超えてた。
皆様に感謝です。

けど、相変わらず過去の移植は進んでいないのが無念である。
昔の方がアクセス数多かったもんなぁ。

名古屋市営バス路線を歩ききり、最近は近郊バス巡りをし始めたけれど、
夏の暑さに周囲から止められて以降、サボり気味である。

ウォーキングし始めて、胸の筋肉が落ちてきたから、また腹筋ローラー始めっかな。

しかし、基本的に終活モードであります。
身の回りのものを捨て、やり残したモノを片付け、、、
けど、これがなかなか進まない。困ったものである。

まぁ慌てることないさ、やり残しても別にいいさ、、、
そんな気分じゃ、進みませんわな。

いつまで健康でいられるかなー。

本歳もよろしくお願い申し上げます。


P.S

今は、男性の平均寿命が約81歳。

平均ということであれば、半分の男性が到達できない年齢ということであれば
人生において、1/2の確率に負け気味の私としては、その前に終わりが来るのだろうな感。

孫の成人式を見るのは難しそうだな。


たまに年齢の欄がどうして47+21なの?などと尋ねられますが
ブログを47歳の時から始めて、21年経過しているという意味です。
 
確かに自分でもよく続いているとは思いますが、
ま、内容が薄いからねー。

# すみません。(^_^!)
 
 
 
 

2025年10月5日日曜日

エレニの旅


哀しい。
哀し過ぎるでしょ。

2004年、フランス・ギリシャ・イタリア製作。

時代は、ロシア革命の頃。

オデッサ(今のウクライナね)を追われた人々がギリシャに戻ってきて築いた村でのこと

まだ少女のエレニが、双子を生み終えて村に帰ってくるシーンから始まる。

# ざっくりあらすじを書いてしまう。

生まれた双子は、そのまま養子に出され、
自分を育ててくれた養父からは結婚を迫られ恋人と逃避行。

養父に追われ、逃げながら旅芸人となり
途中罪をかぶせられ長い間投獄の身にもなる。

双子の息子たちと再会しながらも二人とも戦争で亡くし
寄り添い続けた恋人も戦地沖縄で亡くなる。

# ザックリ過ぎるな。

ある意味、様々なコトが悲劇でしかない。
ごくたまに訪れる幸せなシーンは、実に儚い。

ただ、その時代のことも地政学的なことも知識がほとんどない私は、
深く意味が分かってないんだろうな。

監督が表しかったこと、残したかったことがよくわからずにいる。

どのシーンも綺麗で抒情もあるけれど、とても間が長い。

# 映画は、170分。

ギリシャ悲劇の物語、、、心して鑑賞されたし。

ただし、おススメ度は低。


P.S

実に三部作の一作目で、二作目は「エレニの帰郷」へと続く。

ただ、三作目は製作中に監督が事故に遭い未完のままだそうで、、、

二作目の鑑賞は、やめときます。m<._.>m






2025年10月3日金曜日

WANTED!! 宗教画


私が通っていた幼稚園は「聖母幼稚園」という。

# 60年以上も前のことである。

教会が併設する幼稚園で、まいわゆるキリスト系である。

そんな幼稚園では、まず朝、教会でお祈りから始まり
その後、何らかの説教・講話を聴くことになる。

その中で、私に強烈に影響を与えてくれたものがひとつある。
今から思えば、60年程前。たぶん4,5歳の頃に聞いた説教である。

壁にかかった一枚の画を見ながらこう説明された。

「誰にもひとりづつ天使がついています。

 そして、いいこともわるいこともあなたのすることを見ています。」

私の強烈なトラウマとなった。

ひっそりといいことをして誰も褒めてくれなくても天使は見ていてくれる。

こっそりわるいことをしようとしても天使は見ている。

当時まだトイレに和式しかなかった頃、今も見られているか?と後ろを振り返った記憶もある。

# 当時は、純真でした。
# 今は、、、(略)

悔しいかな、オトナになってもこの言葉は頭から離れたことはなかった。

で、いつの頃からかあの宗教画をもう一回見てみたいと思うようになった。

教会に行っても、もう既になく、知る人もいなかった。
大きさも大きく見えたけれど、所詮幼児から見た画であれば、そんなに大きくなかったかもしれない。

その画の情景を言葉にすれば、以下のようになる。

「森の中で後ろで天使に見守られながら、岩に腰かけて横笛を吹いている少年」

イタリアに行った時も、フランスに行った時も、美術館に行けばこの画を探し続けた。

きっと有名な画ではなかろう。
未だ見つかっていない。

そして、この歳になり、もう諦めかけている時、

世の技術が追い付いてきて、ふと思いついてAIに描かせてみたのが以下の画であります。 
 
 
これはあくまでも構図の参考にしかなりませんが、
どなたかこういった構図の画をご存じでしたらご一報いただけると嬉しい。

天使は、もうちょっとキューピッド的な可愛い天使だったと思います。



P.S

もういいっか、このAIの画で、、、と思いかけている最近の私。

見ていると、元の記憶の画が上書きされてゆくような気もしますが

頭の中の記憶を気軽に出力してくれるAIくんにもある意味感謝です。







2025年10月1日水曜日

やって後悔、やらずに後悔


よく人間向上案件の中に

「“やらずに後悔”するよりも“やって後悔”した方がいい。」

てな文脈をよく見かけることがあるけれど、

本当にそうか?と思ったりもするシニア世代の私。

むろんやって失敗しても最終的にはなんとか(最悪時間が)解決してくれるようなことであれば無問題。

でもやったことによって取り返しがつかないことになって
それが人生を棒に振ってしまった内容であれば、

“やって後悔”で済まされるのか?そんな思い。

もっとも“やらずに後悔”の方がそれを味わう期間が“やって後悔”よりも長かろうことは確かだけれど、

常に“やった方がいい”とは思えないんだな。

まぁ所詮、この道筋は、相反するパラレルワールドであれば、
両方を経験できるわけでもない。

ならば、最終的には、まずは今の状態を肯定して、

“あの時はやってよかったな。”または“あの時はやらなくてよかったな”

と思うことが大切なんだと思うんだがな。

”xxxxxで後悔”よりも“xxxxxでよかった”

人生の末路に至っては、そんな思考が大切だと思います。



P.S

私自身も、“選んだ末に失敗”“選ばなかったからこそのやすらぎ”をいっぱい持っていれば

そんな思考で人生を締めくくりたいと思います。





2025年9月29日月曜日

きのう何食べた?


いつもネットでレンタルしている私。

この映画のタイトルから、てっきり痴呆症ネタだと思ってレンタル。

私の母も最後の10年は痴呆で悩み、他の家庭や事例を垣間見たくて選んだなのに、、、

なんとゲイのカップルの物語だった。

# メチャクチャショック。(大笑)

で、テレビドラマの劇場版だったのね。

いやま、世の民放テレビに疎いとこういう狭間に落ちるのね。

けど、俳優陣がそれなりに有名人だし、

# そのギャップをたのしむべきだったりするんだろーな。

映画化されるぐらいに人気シリーズならば、、、と最後まで見切りましたよ。

# 私としては前代未聞ですが、、、途中から、再生速度を上げました。

役者さんたちのその変わり身にはアッパレですが
やはりゲイネタは苦手です。

原作は、マンガのようですが、こういうのが映画化されるんだなぁと
時代の変化をツクヅク感じます。

救われる点は、やはり調理シーン。
世の昭和の化石男たちも、自炊する気になるかな?

# すみません、あまり書くことないです。



P.S

しかし、、、ツラかった、、、な。

けど、、、西島秀俊ってサングラスかけるとほんとにトム・クルーズ感あったな。

そこは思わず感動(?)しました。(笑)






2025年9月27日土曜日

全員が偏差値60以上になれば、、、(笑)


SNSで流れてきて思わず笑ってしまった言葉

-----

日本国民全員が偏差値60以上になれば、この国はもっと変わると思う。

大切なのは義務教育段階での英才教育。

-----

イヤ確かに母集団の定義が書いてないから、まんざら間違いとは言いきれないのだろうけれど

文脈の流れからしたら、その母集団は日本国民全員っぽいから、、、

伝えたいことは雰囲気でわかるけれど、、、

なんだかイタいなぁ。
 
# 意味フな方、、、「統計」を勉強しましょう。



P.S

この手の間違いは、日常会話の中で知らない間に使っていたりして

それで言いたいことが伝えられて、終わってしまうパターンって

結構あるかもしれないな、私自身も。(笑)
 
他人のことは言えないかも、、、。






2025年9月25日木曜日

「教養」と「雑学」


フッと「教養」と「雑学」の違いはなんだっけ?と思いついたものの
いざ説明しようとしてもどうもスッキリうまくできない。

と、こういう時に思いつくのは、AIくんに聞いてみる。

すぐにいろいろ例を上げながら説明してくれて、
最後に“一言でまとめると”と題して

―――――

「雑学は知識のコレクション、教養は知識の消化」

雑学をたくさん知っていても、それを背景や意味まで考え、

自分の中で消化して生き方や判断にいかせるようになったとき、

それは「教養」になります。

―――――

なるほど、、、この文面は今後ちょっと使わせてもらおっと。

って、完全にAIくんから学んでいる爺である。

さらにこう続く、

―――――

希望があれば、「雑学を教養に変える方法」も紹介できます。興味ありますか?

―――――

“あります。”と応答したら、また即座にタラタラ出てくるのがすごいなぁ。

けど、それを読みながらつくづく思うのは、
つまらんネタでも一生懸命このブログを書いている作業が
教養を深める作業になっているかも、、、な。
 
そう期待して。



P.S

けど、自覚として、、、ちっとも教養は身に付いてません。




2025年9月23日火曜日

アイス・ロード

夏の暑い時期、寒い映画を観れば体感温度が下がるか?と選んだ一本。

確かに見ていて寒い風景は心地よかった。

しかし、タイトルやパッケージから察するに、危険な凍った道路を何か大切なモノを運ぶ映画と信じてたら、なに?人災との闘い?

結局は、自然との闘いというよりも、悪者が現れて、運搬の邪魔をする話だったのね、
という点にちょっとガッカリ。

なので、悪役が現れなければ、結構スルッと終われるミッションのはずが、妨害を受けてダラダラ2時間過ぎる映画でありました。

まぁ飽きることなく見られましたが、妙にイライラさせられました。

おススメ度、低。


P.S

人間、いつ死に接して命を落とすかわからないもんだよなぁ。

そのつもりも予兆もないのに突然死んでしまう人も少なくないであろうことをつくづく思い出しました。





2025年9月21日日曜日

自転しながら公転する

山本文緒 作

面白かった。

一応、主人公は、30歳過ぎた女性だろうか。

帯通り、恋愛、仕事、家族、、、いやいやそんな大きな分類ではなく、
結婚、相手選び、親の介護、職場でのトラブル、、、
いやもう盛りだくさん。

# 長編小説だからね。

そのすべてが、実に身近に感じられて、
彼女の思い、反応、行動、、、それらが実に誰もの等身大さを感じてしまう。

きっと読者はそれぞれに、「だよね」「わかるぅ」「いやいやちょっと、、、」
などとまるで自分のことのように感じてしまうだろう。

# イラっと感じるところもあるかも、、、ね。

しかし、どれからも逃げるわけにもいかず、、、
すべてに果敢に立ち向かうことができるものでもなく、、、

でも、決して、流されるわけでもなく、、、
主人公は、時を大きく過ごす。

「自転しながら公転する」とは上手にタイトルを付けたものです。

# まぁネタバレは避けて、、、

けど、それぞれは、軟着陸地点を見つけ、
物語は、収束に向かい、、、ハッピーエンドだよね。

私は、プロローグに見事に騙されました。
エピローグを読み始めた時に「ん?どーゆーこと?」の連発。

でも、実に納得が出来る上手な終わらせ方でした。

山本文緒、アッパレです。


P.S

最初、チマチマ読み始めたものの、
中間過ぎた辺りから止められなくなって
半分を半日で一気に読み終えた。

いやぁ、小説って本当に面白い。




2025年9月19日金曜日

電子工作入門以前

「電子工作以前」というタイトルにちょっと笑えた。

# すみません、未読です。

誰が対象なんだろう?
電子回路には興味があるけれど、何から勉強すればよいのかわからない人向けなんだろうな、と想像する。

もちろん小中学生が、この本を読んで電子回路に興味を持ってくれるようになればうれしい。
大人でも、興味の対象として電子回路があって、それを少しでもわかろうとするのであれば、それもまたうれしい。

けど、40年電子回路と向き合い、それで糧を得てきた私としては、ちょっとだけ複雑な思い。

私の場合は、きっと「電子ブロック」「電子ボード」のようなオモチャからの影響が大きい。

小学校3~4年の時にプラモデルが飽きてきて、そんなオモチャを手に入れた。
訳もわからず回路図通りに組み合わせると、ラジオが聞けた、アンプやインターホンが作れた。
スイッチをONにするとブザーがOFFになったりする回路は本当に不思議に思えた。

やがて、そのブロックを壊し、中の部品を取り出し、ハンダゴテで自作するようになった。
中から取り出した部品を部品屋に持って行って、その部品を買い求めて作るようになった。

そうやって、いろいろなモノを作り、回路原理を知り、作るものが拡がっていった。

しかし、最近は、そういったオモチャがない。
キットのようなパッケージは見かけるような気がするけれど、それもなかなかお金がかかりそう。

で、このような本が出現するのだろうな。
けれどちょっと残念なのは、文字を読んでの座学から始まる点だ。

文字で読んで、わかるかもしれないけれど、その後の実践に続くだろうか?そんな心配。
英語でも、教科書で勉強し始めるよりも、会話から始めた方が近道だろう、そんな思い。

この本が、今の世に必要な一冊であろうことは、とてもわかる。
ただ、読んで終わってしまったり、やっぱり電子回路って自分に合わない、なんてことにならないことを祈るばかりであります。


P.S

ちょっと調べてみたら、電子ブロックの類のオモチャは、いっぱいあるのですね。

# ちょっと高いけど。

むしろ、今風にアレンジされていて、面白そう。

問題は、親がそれを子供に買い与えるかどうか、
親がその後をうまくサポートできるかどうかにかかっているのかもしれません。

ただ、昔と違って、身近な電子機器の電子回路があまりにも遠い存在になってしまったことは事実。
素人が接するには、その中身が高度過ぎる世の中になってしまったことも現実にあれば、

逆に電子工作にそのつまらなさを実感することにならなければいいのだけれど、、、な。





2025年9月17日水曜日

京都人の密かな愉しみ Blue修行中

「京都人の密かな愉しみ」のいわゆるシーズン2であります。

# DVD5枚組

今回は(も?)京都で修業を積む5人の若者らを中心に物語(?)が進みます。

庭師、野菜作り、料理人、陶芸家、パンづくり、、、

それらに携わる若者達の悩みや成長を、京都に織り交ぜてドラマ化。

物語も楽しいし、四季に渡る京都の風物がまた嬉しい。

お料理コーナーもありますし。

そんな彼らは、最後には、皆それなりに自立し旅立ってゆく。

いや、面白かったです。

けど、何人かは東京へ、海外へ、、、

シーズン3は、全くちがう物語になってしまうなぁ、、、


P.S

って、シーズン3期待してますよ、NHKエンタープライズさん。





2025年9月15日月曜日

羊と鋼の森

宮下奈都 作。

ピアノの調律師を目指す若者の物語である。

ピアノの調律、という作業は知ってはいるけれど、
私自身がピアノを弾けるわけでもなく
そもそも調律ということを文字や言葉で表現できるものなのだろうか?

と、いつも本屋さんで横目に流していた一冊。

けれど、本屋大賞を取ってるもんな、、、と、一応トライしてみるかと読み始めた。

いやぁスラスラ読めてしまうのは、この作家の文体のせいか?感心してしまう。

高校生男子が体育館のピアノの調律に接し、一気に魅了されてしまう。
彼は、北海道から本州に渡り、調律師養成の専門学校に通い、
やがて、就職は故郷の楽器店を選び北海道に戻ってきた。

そして、先輩・上司に付き添い実際を学び、
挫折もしながらもやがて独りで客先に出向くようになる。

しかし、先輩たちの作業を見ながら、いつも自分の才能の無さを痛感するのだ。

調律自体は出来ている気がする。
でも先輩たちのように音を作るというその先へ進める気がしないのだ。

そんな彼の様々な出会い、出来事、かけられる言葉から、
少しずつ少しずつ成長してゆく姿が心地よい。

寡黙に努力し続けるということは、ある種「昭和的」と言われそうだけれど、
いや、とにかくやれることだけを頑張るしかないのだ。

やがて、技術もだんだん身に付いてきたのだろうか、
自信、というよりも、こうやりたいという思いが出てくる。

それが、彼の成長の証なのだろう。

決して華々しく成長する物語ではない。

けれど、日々の些細な出来事に翻弄されながらも、
ただ一生懸命頑張っているだけで人間は成長してゆける、
そんなことを感じさせてくれるお話である、

最後には、涙がチョチョぎれたりも。

いやぁ、読んで良かった一冊でありました。



P.S

仕事とは、自分の適性に合ったモノを探さなければいけないという最近の風潮。

そもそも自分の適性って、しっかりわかるものなの?

むしろ、何気に出会った仕事を好きになることの方が大切だと思うんだけどな。

すみません、ワタシも所詮、昭和の人間です。






2025年9月13日土曜日

手作りハンガー

私の母は手芸好きで、部屋は自作の作品でいっぱいである。

その中のひとつ、オシャレハンガー(?)

針金ハンガーに、薄いスチロール地を巻き付けて
リボンで装飾を施したもの。

このハンガー、セーターを干す時などには、
ハンガーの跡がセーターに付きにくくてグッドである。

あえて欠点を言えば、どうしても曲がりの部分が減ってしまうので、
掛けている状態で落ちやすいかも。

まぁ、こんなアイデア物もあります、とココにメモ。



P.S

あまりにも沢山あるので、、、

これは、燃えるもの?不燃物?
やはり、リボンをほどいて分別しました。

捨てる時に、、、ちょっと面倒かもです。

母よ、、、スマン。





2025年9月11日木曜日

坂道のアポロン

正直、高校生ネタは苦手なのだけれど、あへて挑戦。

でも、、、やっぱちょっと、、、苦手だな。

アポロンは、ギリシア神話の音楽の神からきているのだろう。

原作は、マンガで人気があったようだけれど、

ジャズを通して人とめぐり会わせていくというテーマに、
音のないマンガでどう表現されていたのかが気になるところ。

アニメ版から音が付け足されて、音楽ドラマとしても面白くなったのかも。

けど、やっぱ実写化の難しさをつくづく。

医師らしくない医師や
高校生らしくない高校生や、
やっぱ、そんなの見逃せやと言われそうな部分に引っかかってしまって。

もちろん、感動シーンは、それなりに感動できるのですが、、、

不自然な部分が多いところが残念です。

やっぱ高校生の青春物語の苦手さを克服できませんでした。



P.S

最後の瞬間のシーン、、、

鑑賞者は思いっきり軽く裏切られます。

ったくっ!、、、あなたもそう思うでしょ?

で、そのままサウンドオブミュージックのジャズで
クレジットに入っていってもいいんじゃない?

なんて。

けど、小田和正の声に、妙にホッとしたりした私。






2025年9月9日火曜日

ミケランジェロの作画風景

面白いマンガが流れてきたので、無断転載。

ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の天井画を描くシーンであります。

天井フレスコ画ってどうやって描いていたんだろうな。

ルネサンス期の美術を勉強しながらも、イマイチ現実感が得られなかったけれど、
こうやってマンガにしてもらうと、視覚化できてちょっと嬉しい。

絵具にまみれながら、やっぱ命がけだったよね、きっと。

次は、だれかフィレンツェの洗礼堂のモザイク画を作ってるシーンのマンガを描いてくれないかなぁ。



P.S

無断転載、すみません。








2025年9月7日日曜日

母の喉仏

仏さまが坐禅を組んで拝んでいる姿に似ているという喉仏の遺骨。

# わかりますかね。
# わからない方は、他をググってくださいませ。

母の喉仏を記録の為にココにメモ。

んなもんブログに載せるなよ、なんて言わないで。



P.S

せっかくだから、お骨のキーホルダーでも作るかな。

母も父のお骨をビニール袋に持っていたようで。
やっぱ親の骨は気持ち悪くないのが不思議です。

# 私だけかな。





2025年9月5日金曜日

パーフェクト・ワールド

観終わって、まず最初に思うことは、

この物語に“パーフェクトワールド”って題名を付けるかぁ?である。

相当の深読みがいるんじゃない?と思ったら、これもクリント・イーストウッドの映画だったのね。

囚人が父親のいない子供を人質に連れての逃避行。

# その囚人役がなんとケビン・コスナーなんだから、
# やっぱ普通じゃないんだろうなとは想像がついたわけですが。

やがて彼らは父子のように、、、ま、やっぱりね。

それを追う警官役がクリント・イーストウッドだったり。

けれど、実はその囚人もかつては不遇な目にあった人生を送った人間であったのだ。

そして、最後の最後には、、、あまりにも哀しい結末でありました。

しかしなぁ、、、

運命とは如何なるものか、つくづく考えさせられてしまう。

そして“パーフェクト・ワールド”というものは、
永遠に手に入らないものをいうものかもしれない。



P.S

私は、子ども食堂で勉強を教えていたりもする。

そこでもやはりどうにも不遇な子どもに出会うこともある。

私は運命論者ではないけれど、どうにも逃げられなくなってしまう運命も確かにある気がする。

まだ彼らは、この世に生まれて10年前後しか経ってはいないけれど、
既にその身に付いた不運を巻き返すことが難しくなっている子もいる。

なんだろうなぁその運命って。

もう祈るしかないところに人間の不完全さ、ひ弱さをつくづく思う。





2025年9月3日水曜日

舟を編む (原作)

かつて映画で“舟を編む”を観た。

で、先日、NHKドラマバージョン(10回)を観た。

いや実に完成度の高いドラマでとても楽しめました。

と、ここまでくると

「原作読まなくていいの?」

という思いに囚われて、今回ブックオフで手に取りました。

# 中古本ですみません、三浦しをん殿へ

ところが原作を読みながら、もう映像的イメージがテレビドラマのまんまで読んでしまったので
読み進むスピードが速い速い、あっという間に読めてしまって。

# ネタバレは、まずいかなぁ。
# けど、今さらだもんね、許されるよね。

映画もテレビドラマも原作も、言葉というものの大切さに重きを置きながらも
視点を変えて、それぞれが実にうまく構成されていたと思います。

ただ、原作を読んでのいろいろな違いの中で一番大きなショックは、

松本先生、、、間に合わなかったんだぁ、、、。

# 原作を後に読んだ人間の感想ですね。

あと、原作では、西岡のエピソードが結構あるんですね。
それも意外と面白かった。

あと、アルバイトは原作では圧倒的にもっと多かったんですね。
何となくそれも納得です。

と、細かいことまで書き出したらキリがなさそうですのでやめますが、
やっぱ原作読んで良かったです。

観る順番がいろいろ議論されそうですが、
個人的には、映画→テレビドラマ→原作 の順番が正解だったな、と自分でも感じていたりして。

「舟を編む」、、、それぞれをしっかり楽しめました。

私のおススメになりました。



P.S

アニメ版もあるようで、、、どうしよう、、、。





2025年9月1日月曜日

酔生夢死

SNSで「酔生夢死」なる言葉が流れてきて、
そんな言葉もあったな、と思い出したわけで。

字面からのイメージでは、

「酔って生きて夢みて死す」

まぁこれが無為な人生と思うか幸せな人生と思うかは
人によって違ったりもするんだろうな。

ただ、一般的には、“酒に酔って夢見がちで無為な人生を終わる”と読むのだろうけれど、

あえて私はこう解釈する。

自分の好きなことに酔い、一生懸命生きて、成功を夢みて死す。

そう考えると、極めて目指すべき人生の送り方のような気がするんだな。

人生の中で酔えることに出会うことはある意味とても大切である。

# いや、見つけられない人の方が多いような気も。

そして、それに酔い、成功を夢みて目指すのだけれど、
その夢がきっと大きければ、そこに到達することはない。

自分が夢に到達しても、そこで見るのは次の夢だったりするからね。

そして、残念ながらその最後の夢には到達できないけれど、

その生き方って、、、ある意味良くないですか?

# 私なんか、憧れてしまいますが。

と、「酔生夢死」という言葉に、そんなひねくれた解釈もしてみました。



P.S

「酔」と「夢」を入れ替えて

「夢生酔死」とした方が

“夢に生きて、それに酔って死す”感が出ると思うんだけどな。

すみません、所詮、言語素人の考えることですわ。








2025年8月30日土曜日

関心領域

アウシュビッツの収容所の塀の隣の豪邸に住む収容所の所長とその家族の物語である。

残酷なシーンは一切なく、あえて言えば、遥か向こうに立ち上がる煙と、
その壁の向こうから聞こえてくる音にその残虐性が表現されているのみである。

# 川に流れてくる、、、という表現もあったか。

所長の転籍の話が出て、それが栄転と分かっていても、
その居心地のいい家からの転居を拒む妻。

彼女の“関心領域”は、塀のこちらの家と庭園だけなのだ。

しかし、あのホロコーストも、その作業に従事している人たちも
それは、ある種従順に従っていただけに過ぎないのか?

いや、戦争というものは、そういうものなのかもしれない。
いざ始まってしまえば、そもそも人を殺すことが戦争の作業なのだから。

けど、他人を責められないのかもしれない。
そもそも関心領域は、自分の知らないうちに決められてしまうのかもしれないし。

さまざまな思いが溢れてくる実に示唆に富んだ映画であった。


P.S

今も地球上では、戦争が止まない。

関心領域が狭ければ、
結局、こういった映画も物語も、他山の石でしかないのかもしれない。



2025年8月28日木曜日

あなたは、誰かの大切な人

こんなタイトルの本を見つけたら、読まざるを得ないでしょ。

原田マハ作

中は、6編の短編からなる。

特徴としては、主人公がすべて独身のいわゆる大人の女性である。

そして普通のサラリーマンというよりは、もっと自由なフリーランス的な職業で。

もっともその為にみんなそれぞれの生活や過去を持っているわけですが、
ちょっと平均的よりも高めの人たちばかりであったりもする。

でもまぁ人は10人いれば10種の人生があるわけで、
そう思えば、彼女たちが特別な、、、というわけでもなかろう。

人は、きっと一人ではない。

# たとえ、今この瞬間が独りであっても。

そして、他者との関係がきっとある、
いろいろな関係があろう。いい関係とは限らないこともあろう。

けれど、自分はやはり優しくありたいな。

そんな気分にさせてくれた一冊でありました。


P.S

きっとこんなエピソードは、誰もが持っているわけで。

ただ、そんな放っておいたら埋もれてしまいそうな出来事、思いが

この本を読んだ人は思い出せたらいいな、、、そんなことを思ったりも。







2025年8月26日火曜日

木製ジャングルジム

私の行っている子ども食堂に突然現れた木製構造物。

「これなに?」

って尋ねたら、

「特に意味ないです。」

と言われた。

いわゆる小さな子供の遊び場のようなもので、
ジャングルジムのようなものなんだろうな。

結構、子ども達は上に上がったり下りたり楽しそうである。

いやなに思い出すのは、私が高校生の頃のこと。

当時は、超貧乏で3畳と4畳半二間の古いアパートに祖母と二人で住んでいた。

ちゃぶ台で勉強するにも落ち着かず、
この建造物のようなもの(ひと回り小さなもの)を押し入れの中に作って、
私は、そこで勉強していたものである。

上にはスピーカーをぶら下げて、音楽も聴けた。

秘密基地のようでもあったけれど、押し入れの外では祖母はテレビを見ていたし、
とにかくひとりになるための工夫であった。

けれど、今から思えば、押し入れの中とはいえ、平気で太い釘を使い
勝手にこんなものを作ったりして、今じゃ許されないよなぁ、、、。

50年も前のことでした。

写真でも撮っておけばよかったとツクヅク。


P.S

手作りジャングルジム、、、

子供が怪我したりして大きな問題が発生しないことを密かに祈ってます。